旅路
「北の影って、一体どこなんだろう……」
千尋は日記帳を握りしめながら呟いた。その視線は市場の雑踏から北の方角へと向けられている。
ツクモは冷静に地図を指さした。「この市場がある場所から北といえば、廃村になった地域が一つあるわ。地元では『影村』と呼ばれているらしいけど……正確な場所は曖昧みたい。」
「影村……?」千尋は眉をひそめた。「聞いたことがある。昔、この辺りで原因不明の疫病が流行った時、村全体が封鎖されたって……。」
ツクモは腕を組みながら考え込む。「それが事実なら、そこに何かが隠されている可能性は高いわね。」
千尋は再び地図を覗き込みながら、小さく息を吐いた。「でも、そんな場所に行って大丈夫なのかな。何か危険なことがあるかもしれない…。」
ツクモは微笑んで千尋の肩を軽く叩いた。「心配性ね、千尋。でも、私たちには時間がないの。行って確かめるしかないわ。」
そう言い切ると、ツクモは地図を折り畳み、足早に歩き出した。千尋も不安を抱えつつ、彼女の後を追った。
鬱蒼とした森を抜けると、目の前にひっそりとした村の跡地が広がっていた。影村は時間に取り残されたような場所で、苔むした鳥居が入口を塞ぐように立っている。崩れかけた小屋や、雑草に覆われた道があたり一面に広がり、薄暗い雰囲気が漂っていた。
「ここが……影村。」千尋は一歩を踏み出しながら、背筋に寒気を覚えた。
村の中央に進むと、奇妙な石碑が目に入った。石碑には古びた文字が刻まれており、その文言が不気味な印象を与える。
「影を越えるな。」
ツクモが低く呟く。「これは警告ね。何かがこの村の中で起こった……その影響がまだ残っているのかもしれない。」
千尋は石碑をじっと見つめた。「影を越えるな、か。どういう意味なんだろう。」
「それを知るために、ここに来たのよ。」ツクモが鋭い目で村を見渡す。「さあ、調べましょう。」
村を歩き回るうちに、二人は古い井戸を見つけた。その井戸は荒れ果てているにもかかわらず、異様な存在感を放っていた。
「これは……影の井戸?」
千尋が口にすると、ツクモは頷いた。「この村の伝説に出てくる場所ね。疫病が流行した時、この井戸を封じて呪いを閉じ込めたという話が残されている。」
「呪いを閉じ込めた?」千尋は井戸の周囲をじっと見つめる。「でも、その封印が破られてしまったとか?」
ツクモは井戸の縁に手を置き、蓋の状態を確かめた。「その可能性は高いわね。封印が破られたことで、村全体が呪いに飲み込まれた。それが影村の消滅につながったのかも。」
井戸の蓋には無数の爪痕が刻まれていた。それは何者かが必死に蓋を開けようとした痕跡のようだった。
「何かが、ここから出ようとした……」
千尋がつぶやいたその時、日記帳が急に震え始めた。
千尋が驚いて日記帳を開くと、ページが勝手にめくれ始める。そして、次の言葉が浮かび上がった。
「影を越えた者たちが残した記憶。それを解放せよ。」
「解放……?どういう意味だろう?」千尋が問いかける。
ツクモは周囲を見回しながら答えた。「たぶん、封印されている何かを暴き出せということね。ただ、それにはリスクが伴う。」
「リスク……。」千尋は不安げに井戸を見つめた。
ツクモが手を伸ばし、井戸の蓋に触れる。「この封印を解けば、何かが現れるはず。それが呪いの正体を解き明かす鍵になるかもしれない。」
千尋はためらいながらも、ツクモの行動を見守った。
ツクモが井戸の蓋を押し動かすと、突如として黒い霧が井戸から噴き出した。その霧は村全体を覆い尽くし、視界を遮った。霧の中から、ぼんやりとした人影が浮かび上がる。
「影を……返せ……」
低く響く声が霧の中から聞こえてきた。人影たちは、苦しそうな表情を浮かべながら二人に向かって手を伸ばしてくる。
「千尋、下がって。」
ツクモが冷静に言いながら、人影たちの間に立ちはだかった。「この村の呪いはまだ完全に解かれていない。彼らを沈めるためには、さらなる手がかりが必要よ。」
千尋はツクモの後ろに下がりながら、日記帳を握りしめた。「さらなる手がかりって……どこに?」
その時、霧の中に浮かび上がる幻影が日記帳のページを指し示すように動いた。新たな文章が現れる。
「影の主を見つけよ。それが真実への道だ。」
「影の主……?」千尋が顔をしかめる。
ツクモは微笑みを浮かべた。「どうやら次は、この村の呪いを支配している存在を見つけなきゃいけないみたいね。」
「でも、それを見つける方法は?」千尋が不安げに尋ねる。
「それを探すのが私たちの役目でしょ。」ツクモがそう言うと、再び歩き出した。「さあ、行きましょう。」




