青年の記憶
「なぜ……私を目覚めさせた?」
青年の幻影は千尋とツクモを鋭く見据えた。その顔は薄暗い闇の中でぼんやりと揺れている。
ツクモが静かに一歩前に出て言葉を紡いだ。「あなたが背負った呪い、その本質を知るためよ。この記憶が私たちに答えをくれるはず。」
「答えだと?」
青年の声はかすかに笑みを含んでいた。「答えなどない。この呪いは問いに応えないまま人を蝕むだけだ。」
千尋は負けじと声を張った。「でも、何かが始まった場所があるはずだ。それを見つければ……!」
「見るがいい。」
青年は手を伸ばし、空中に何かを描くように動かすと、闇の中にぼんやりとした光景が浮かび上がった。
映し出されたのは古びた市場。朽ちた木製の屋台に、不気味な商品が並べられている。
「ここは……」千尋が呟く。
「取引が行われた場所だ。」青年が低い声で続けた。「だが、すべてが曖昧で正確な記憶ではない。取引を交わした相手の顔さえ、思い出せない。」
記憶の中の青年は、不安げに何かを抱えながら市場をさまよっている。彼が手にしていたのは、今まさに千尋たちが手にしている日記帳と似たものであった。
「これが呪いの始まりなのか?」千尋が問いかける。
「それは分からない。」青年の幻影はかぶりを振った。「だが、この市場は俺の記憶に残る唯一の場所だ。そしてそこには、俺と同じように何かを探す者たちが集まっていた……」
千尋とツクモが視線を交わす間に、日記帳が再び震え始めた。突如、文字が浮かび上がると同時に、ページに黒い染みがじわじわと広がっていく。
「これは……?」ツクモが眉をひそめた。
文字が形作るのは暗号のような断片的な文章。「北の影に向かえ。答えはそこに隠されている。」
「北の影……?」千尋が呟いた。「この市場の中のどこかか、それとも……」
ツクモが冷静に続ける。「この場に留まるべきじゃないわ。呪いは進行している。ここから別の場所へ向かう必要がある。」