第一章7 文芸部3
真冬を見た瞬間、北斗の脳内に一人の女生徒がフラッシュバックした。
無意識に呼び起こされた幸せな記憶。
「あの……?」
声をかけられて現実世界へ引きずり戻される。
見た目だけでは無く、声もそっくりだ。
気持ちを立て直しながら、働かない頭に鞭打って、無理矢理口をこじ開ける。
「え、あ、わ、悪い! えっと、あの……文芸部に用、か?」
かなり不自然になった。
「四季さんがここにいるって聞いて」
「え……」
一瞬自分の名前を呼ばれたのではないかと錯覚した――だが、思い出す。
「あ、あー! 四季!? ――の、お客さんか! そりゃそうだよな! 四季のお客さん、だよな……」
そういえば、そんな事を――『四季』の名前を言っていた気がする。
そんな事ある筈無いと言い聞かせながらも、その考えを否定したい気持ちが勝る。
もしかして、自分目当てで来たのではないか――と。
「四季さんにそっくりですね?」
「え? ……まぁね」
彼女の何気無い言葉が心に刺さる。
期待等するものじゃない。もう何度も思い知らされてきた。
早くこの状況から解放されたいと、部室へ案内する事にした。
「あ、ここ入り辛いよな。ごめんな」
「本当にここが部室なんですね……」
まさかとは思っていたが、本当にここだったとは、と驚く真冬。
北斗は平静を装いながら説明する。
「ああ。うちの部ちょっと変わってて。生徒会に見付からない様にここを勝手に使ってるんだ。一緒に入ろうか。俺も文芸部だから」
真冬に背を向けてドアノブに手をかける。その手は明らかに震えていた。喉から生唾を飲みこむ音がする。
自分を落ち着かせようとすればする程、それを拒む様に昔の記憶が溢れてきて止まらない。
覚悟はしていた筈だった。四季に名前を聴いた時、その時はもう直ぐやってくると予測は出来た。
なのに、こうも動揺してしまうとは――『彼女』への想いの強さを再認識させられる。
だが、彼には魔法の呪文がある。何かあった時に、自分を落ち着かせる為の都合のいい言葉――。
旧校舎の掃除道具入れは殆ど使われておらず、錆び付いている為に開くと少し音がする。
「――大丈夫、別人だ」
その小さな独り言は他の誰かの耳に届く事無く、北斗の中にだけ響いて。
ドアを開ける時に鳴るギィという鈍い音にかき消された。
扉を開け、部員の皆と目が合った時、もう手の震えは止まっていた。