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始まりの季節  作者: 空猫
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第一章5  文芸部


 始業式も終わり、二時間しかない授業も終わった――いつもより早めの放課後。

 部長から招集がかかり、部活動をする事になった。

 四季はホッとした。これで真冬にも来て貰える、と。

 始業式後といえば、体を鈍らせてはいけない運動部や、大会を控えた吹奏楽部――余程熱心な部活動しかやらない筈だ。

 では、文芸部は熱心なのか?


――否。


 この文芸部に関しては熱心なんて言葉の『ね』の字もありはしない。


「こんにちは~」


 部室の扉を開けて中に入ると、扉の一番近くに文庫本を静かに読んでいる千秋がおり、その向かいの椅子にスマホをいじっている四季の妹西塔小夏(さいとうこなつ)が座っていた。


「こんにちは、四季」

「お兄ちゃん!」


 千秋が本を閉じて視線を向けてくる。小夏はスマホから目を離し、嬉しそうに立ち上がった。

 小夏は名前の通り身長が低く小柄。目もくりくりしていてセミロングのボブヘアが良く似合う。お人形の様な愛らしい容姿をしている。西塔家は猫を飼っている為に全員が猫好き。小夏ももちろん猫が大好きなので、猫モチーフの物を好んで良く使っている。その中でも猫型のバレッタがお気に入りで毎日つけている。ちなみに手に持っているスマホカバーも猫柄。

 そして、一番奥の席に両足を組み、机の上に投げ出すというお行儀が悪い体勢で座りながら、ゲームをしながら、コーラを飲みながら、ヘッドホンで音楽を聴きながら、ポテチを頬張っているのが我等が部長である東條美春(とうじょうみはる)

 明るい髪色のボサボサショートヘアで中性的なボーイッシュの少女。髪を伸ばすと色々と面倒らしく、ロングヘアは見た事が無い。スカートが苦手で普段は下に体操ズボンを穿いているが、本当はジャージが良いらしい。だが、それだと先生や天敵である生徒会から怒られてしまうので、仕方無く体操ズボンで落ち着いた。見た目は綺麗だが、中身は少し変わっていて、興味のある事が無い時は今の様に適当なゲームをしているのだが、これが何かに目覚めてしまった時だけは本当に面倒。

 過去には宇宙と交信するとか言い出して屋上で叫んだり、ダウジングで宝石を探し当てて大金持ちになると言い始め、針金を手に校庭中を走り回ったり――実際ダウジングで見付けられるのは金属であって宝石では無い。

 大体はネットの情報に踊らされているだけに過ぎず、四季以外はほとほと呆れてしまっている。

 この様な奇行が目立つのでずっと生徒会から目を付けられているのだが、本人はあまり気にしていない。

 見た目がいいので一年生の最初はモテていたのだが、この奇行を知った男子生徒は全員もれなくドン引きしていった、残念美人の模範。

 もう一つダメ押しで、文芸部に入ったのは、美春が一年生の時点で他の新入部員がおらず、先輩が卒業してしまえば自分で好き勝手に謳歌出来ると考えたから――もうこの時点で色々と企んでいたようだ。

 一年生の美春は部員の前では猫を被っていたので、まさか先代の部長も現状がこんな事になっているとは思っておるまい。

 部長が部長なので、文芸部は文芸部らしい活動をした事が無い。生徒会にも廃部を何度か促されているが、美春は逃げ続けている。

 そんな美春は四季が来た事を知ってか知らずか、ゲームに没頭。そんな光景も日常と化しているので、三人は美春を放っておいてそれぞれに話す。


「会いたかったよ~!」


 四季に抱き着き、頬ずりして甘える可愛い妹に四季は冷たかった。


「あ、今朝裏切った我が妹じゃないか! HAHAHA♪」


 幾ら真冬と友達になれたからといって、小夏の朝の態度は悲しかったので根に持っていた。


「裏切ったって……たまにはバスで登校したっていいでしょ? 明日からはまたちゃんと歩いて行くから!」

「HAHAHA♪」


 文字だけなら陽気な外国人だが、四季の目には感情が宿っていなかった。そこそこ怒っている。


「そんなに拗ねないでよ!」


 四季を見上げて頬を膨らませる。


「こなちゃん、放れて」


 いつの間にか背後にいた千秋が小夏の制服を引っ張り、四季から引っぺがす。


「ちょ、ちー先輩! 何するの!?」

「四季が迷惑してる」

「何でちー先輩にそんな事が分かるんですか!!」

「貴女より長く一緒にいるからよ」

「私だって四六時中一緒にいるんだから、時間で換算したら殆ど変わりませんよ!」


 火花を散らす二人。これも日常。

 妹よりも幼馴染みが『長く一緒にいる』と言うのには理由がある。それは四季と小夏が――義理の兄妹だから。

 小夏が西塔家にやって来たのは、彼女が六歳の時。両親が交通事故で亡くなった事が原因だった。

 四季と千秋は家が元々隣同士で両親も仲が良い。その為、生まれた時から一緒におり、小夏よりも兄妹に近いと言える。

 六年のブランクがある分千秋が余裕に見える小夏と、後からやって来たのに自分よりも四季の身近にいる小夏に嫉妬している千秋は犬猿の仲。顔を合わせる度に喧嘩になっていた。


「部長! 何のゲームやってるんですか?」

「「あっ!」」


 二人が睨み合っている間に、四季は美春の元へ。ゲームの画面を覗き込みながら話しかける。

 やっと四季に気付いた美春はヘッドホンを首元までずらして顔を上げた。


「おお、西塔じゃないか」

「こんにちは! あ、部長、ギャルゲーやるんですね?」


 手元のゲームを覗き込むと、女の子のキャラがニコニコしていた。


「ああ、面白いゲームならジャンルは問わない。これはネットでの評判も高かったから買ってみたんだ」


 美春の十八番――ネット。ゲームの情報収集もネットで行っているらしい。


「で、はまったんですね?」

「そうだ。ギャルゲーぐらいなら一日あれば全ルート攻略出来る自信があったのだが、このゲームは隠しルートが多くてな」

「部長が手こずるなんて、珍しいですね」

「僕もそう思っている。だが、久々にこういうゲームが出来るのはとても楽しい」

「良かったですね!」

「ああ」


 美春に関してもう一つ、一人称が僕の僕少女だった。

 四季はちらちらと美春の様子を伺う。

 今日の美春は機嫌が良さそうだ。多少の事なら話しても怒る事は無いだろう。美春が怒りっぽいという訳では無いが気分屋ではある。その時の気分によって、部員達は振り回されてしまうのだ。部活動に関しても美春がやらないと言えば活動は無い。だから、真冬に曖昧な返答をした――曖昧な返答しか出来無かったのだった。

 四季は緊張しながらも聞いてみる事にした。


「ところで、部長。ちょっとお話があるんですけど……」

「何だ?」


 視線は画面に向いたままだが、ヘッドホンを付け直さない所を見ると、聞いてくれる気はあるらしい。


「今朝、部員を一人勧誘しまして」


――真冬の事だ。


 真冬に文芸部の話をした後で、美春に許可を貰っていない事を思い出した。部長の許可無く部員を勧誘するのは如何なものかと思い、話をする事にした。どっちみち、部長である美春には話さなければならない。

 美春の顔色を伺いながら、下手に出る。子犬の様な可愛らしい目を作りつつ――見られていないが念の為――彼女の気に触れ無い様に勤める。


「そうか。どんな奴だ?」

「名前だけなら部長も聞いた事があるかもしれないんですけど……」


 煮え切らない言い方に、ゲームをセーブして机に置き、口の中のポテチをコーラで一気飲みして流し込み、口元を制服の袖で拭ってから、やっと四季に向き直る。


「何? 誰か来るの?」


 そこへ、千秋と小夏も喧嘩を切り上げて近寄って来た。


「そうらしいな。で、誰なんだ?」


 四季は、息を整えてから意を決した。


――ええい! ままよ!


「北瀬真冬ちゃんです!」


 三人とも目を丸くして絶句する。


「え――」


 沈黙を破ったのは小夏。


「ええええええええええええええ!!!!????」


 急いで四季に詰め寄る。


「嘘でしょ、お兄ちゃん!! あの悪女と何かあったの!?」


 小夏は一年生で真冬と同級生の為、真冬の噂はダイレクトに知っている。この反応は当然と言えた。


「僕も聞いた事がある。あまり良くない噂が多いみたいだな」


 三年生の美春でも知っているのだから、四季が思っている以上に真冬は有名人らしい。


「私もその子の噂知ってる……四季、知り合いなの?」


 千秋はちょっと心配そうな顔で四季を見る。そんな千秋に笑顔を返した。


「今朝知り合ったんだ! でも、小夏が言う様な悪女? じゃなかったよ?」


「でも――!」と小夏が苦言を呈するところだったが、美春が口を挟む。


「そうか。まぁ、噂は噂だしな。僕は構わない」

「ありがとうございます! 部長!」


 ホッとしていると、美春が続きを話す。


「――が、僕が言うのも何だが、こんな部でいいのか?」


 暫くの沈黙。


「全然いいに決まっているじゃないですか!」

「何だ、さっきの間は」


 四季はハッとして肯定したが、確かにこの部は自由過ぎる。部として成立しているとも言い難い。真冬が気に入ってくれるのか不安に思った。

 そんな二人に納得のいかない視線を向けていたのは小夏。


「お兄ちゃん! 部長!」

「部長がいいなら、私もいい」

「ちー先輩まで!」


 追い打ちをかけるように千秋が肯定の挙手。


「ありがとう、千秋!」


 四季に満面の笑みでお礼を言われると、千秋の頬がほんのり染まった。

 味方のいなくなった小夏は焦って更に声を張り上げる。


「皆、あの女の事知らなさ過ぎ! タバコ吸ってるところを見たって人もいるし、男なら見境無く手を出すんだよ!? 暴力団との繋がりがあるとか、大麻吸ってるとか――悪い噂なんて上げだしたらキリが無いんだから! その子を部に招待するなんて……どうかしてるよ!」


 真冬がどれだけ悪女なのか熱弁する。自分が知っている中でも特に印象が強い噂を探してアピールするが、思っていた反応では無かった。


「そこまで詳しくは知らなかったが、学生の噂話にしてはいき過ぎているな。で、西塔妹はそれを事実だと思うのか?」


 美春に問われて、小夏は二の句が継げなかった。

 確かに一般の学校に通う一人の女生徒がそれ程大きな犯罪を幾つもやっていると言われても信じ難い。


「ひ、火のない所に煙は立たないって言うじゃないですか!? そんな噂が立つくらいヤバい人って事ですよ!」


 美春の疑問にも必死に返す。


「小夏は、真冬ちゃんと話した事あるの?」


 それは四季の純粋な疑問だったが、小夏はまた言葉に詰まる。


「それは……だ、だって、そんな噂がある人と関わりたいって思わないもん!」

「噂で人を判断するのは違うんじゃないか? 西塔妹」


 言っている事は正しいが美春の切れ長の目は、時に人に威圧感を与えてしまう。

 四季の疑問に続き、美春――この状況では、小夏は責められていると思わざるを得ない。


「だ、だって! 一年生の間では、話しかけちゃダメっていう、暗黙の了解があるっていうか……」


 本当の事を言えば、小夏だって真冬の事は良く知らない。唯、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。それを良しとは思っていないが、周りに合わせないと自分もどうなるか――それが怖かった。

 泣きそうになる小夏の頭を撫でながら、四季が優しく話しかける。


「話した事無いなら話してみればいいじゃん!」

「え……?」

「小夏も真冬ちゃんもいい子だから、絶対仲良くなれるよ!」


 そんな笑顔に救われた。小夏は四季のこういうところが好きなのだ。


「――うん」


 部室で話すのなら、同級生の目は無い。もしかしたら、普通に話せるかもしれない。少し緊張はするが、四季が言っている事も美春が言っている事も正しいと分かっている。本当の北瀬真冬がどんな人物なのか知りたいと思った。


 その時、北斗が部室の扉を開けて入って来た――。






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