轟音、強襲 終幕
「よし、…これで、賭けに出る。」
「何してるの、エレグラ。」
急に姿が見えなくなったエレグラを探していると、隅っこの方でごそごそと何かをしている彼の姿が見えた。近づいてみると、彼は近くの消火栓からホースを引っ張り出していた。
「これか?見ての通り消火栓のホースだ。この箱舟には、エントランスホールを囲うように各階に消火栓が配備されている。今ここにいる人員の一部を消火栓のもとに向かわせ、メガ・パルサーのできるだけ内部に届くよう関節部に向かって一斉に放水する。皇珠!あいつを倒すにはこれしかない。やってくれるか?」
「はっ、はい!よくわかりませんが、今はエレグラを信じます!…手の空いている者は消火栓に向かってください!」
皇珠の号令で隊員たちの一部は次々に各階の消火栓のもとに向かう。そして数分後、すべての消火栓に隊員の配置が整った。
「ねぇ、エレグラ、本当に良かったの?ただでさえ人手不足なのに、向こうに人を流しちゃって。」
「あれを倒すにはこれしかないと言っただろう。それに、あれではどちらにせよ必ず先に疲弊するのは俺たちだ。そしてそこを一気に突かれて全滅だ。せめてある程度の範囲と持続性のある攻撃があれば、まだ勝算はある。」
「つまり、エレグラは何をしたいの?」
「水をメガ・パルサーの内部基盤までしみこませ、そこに電気を通しショートさせる。所詮機械だ。見た感じ防水機能もなさそうだし、電流を流せば一発だろ。」
「そんな簡単にいくのかな…何言ってるのかわかんないけど…分かった、賭けるよ。」
下に残った隊員たちは私たち含めウーラの猛攻で疲労が頂点に達している。やるなら今すぐ、出来るだけ早くやらなければいけない。
「…準備は整ったようですね。皆さん、放水開始です!」
皇珠の号令と共に、四方八方からウーラのいる中央目掛けて強烈の水流が飛び交った。この一見地味な攻撃にウーラは戸惑いつつも気にも留めず攻撃を続けていたが、放水の影響は確かにメガ・パルサーの深部で響いていた。
「…何の真似だい?急に水をかけて来るなんて。悪あがきはほどほどにしておいた方がいいんじゃないかな。(…ん?…なんだ…?メガ・パルサーの挙動がおかしい…本来の動作よりも一%ほど動作が遅い。…まさか…この僕の最高傑作が、こんなしょうもない攻撃に出し抜かれたとでもいうのか!?)」
「その表情…どうやら確実に効果は出てきているみたいだな。畳みかけるぞ!」
隊員たちは畳みかけるように放水を続けた。続けるうちに少しずつではあるが確かにメガ・パルサーの動きは鈍くなっていっている。
「皇珠。…最後はお前に任せる。幕引きだ。」
「わかり…わかった!全員放水辞め!……紅雷!」
皇珠の紅雷はメガ・パルサーの足元に直撃し、それが一瞬にして全身を包み込み、とうとうメガ・パルサーはその機能を完全に停止したのだった。
「ばっ、馬鹿な…!この僕の最高傑作が…こんな策に…!機能性向上と軽量化のために防水機能をつけなかったのが仇となったか…!」
「もうここまでよ、ウーラ。観念して死になさい。」
刀を突きつける皇珠に対して、ウーラは不敵な笑みを浮かべた。
「ここまでだと…?冗談はよせ。本番はここからだろうが。」
「…!まさか!」
「そのまさかさ。…第二ラウンドだ。最後に笑うのは、崇高なる天虎にこそふさわしい!」
ウーラは懐から注射器を取り出す。虎の血だ。
「まずい…!あれを破壊しなくては!」
エレグラが飛び出したが、遅すぎた。ウーラが自身の腕に注射器を突き立てると、彼の姿は見る見るうちに巨大化していった。グレイやレバルディとは比べ物にならない大きさだ。ちょうどメガ・パルサーほどの背丈はあろうか。
「何…この大きさ…今まで見てきた血の効果とは比べ物にならない…!」
(…服が破けてすっぽんぽんになってます…ウーラさんできれば早く服を着てください…!)
「君たちは一つ図り間違えている。メガ・パルサーは本来自立型の機械獣ではない。勝手に動くのはついでなのさ。使うつもりはなかったけどね、こっちが本来の使い方…僕の、最強の装甲さ!」
ウーラがメガ・パルサーに手をかざすと、メガ・パルサーはバラバラに散らばり、ウーラの体へと吸い付くように装着されていった。今のウーラはもはや今までのウーラとはわけが違う。メガ・パルサーと融合したことで生物としての限界を超えた力を引き出している。これが天虎幹部第二位、ウーラの真の姿なのだ。
「…無理だ…こんなの勝てるわけがない…」
ふと周りを見ると、この圧倒的な存在感と威圧感に圧倒され、神器を落とし絶望する者が多くいた。実際私も平常心でいることはできていない。しかしそんな隊員たちを皇珠は必死で鼓舞し続けた。
「みんな!気をしっかり持って!あの注射の効果はせいぜい一分が限界よ!一分間耐えきれば、私たちは勝てる!」
「…!…そうだ、血の効果は一分。あいつが注射した量も今までの人と変わりない。いける、耐えれば勝ちだ!」
「ここにきて持久戦とはな。もちろん死なないよな。ナミカ。」
「当然でしょ、クルさん。てか今までどこ行ってたの。」
「そんなことはどうでもいいだろう。…!構えろ、来るぞ!」
ウーラはその体格では物理的に考えられないような凄まじい速さで拳を振り下ろしてきた。私たちは何とか身をねじってかわしたが、何人かは拳の下敷きになっていた。その後もミサイルや爆弾など、どこに格納しているのか謎な物が三十秒間ほど、雨のように絶えず降り注いできて、そのたびに爆音と共に同胞の悲鳴や、肉がつぶれる音が聞こえてきた。私は避け続けた。昔から力仕事をしてきただけあって体力には自信がある。
「ちょこまかと…残り二十秒ほどか…ここで畳みかける!行け、機械獣!」
ウーラは最後の追い込みに大量の中型機械獣を繰り出してきた。中型とはいえ私の背丈ほどはある。私は無謀にも雷玉のトリガーで応戦していた。すると突然、私の頭上に巨大な拳が現れた。機械獣が行く手を阻んでいる間にウーラは私を殺そうとしていたのだ。
「これでお前も終わりだ!」
「…!まず…死…!」
私が死を覚悟したその時だった。誰も予想だにしないことが起きたのだ。突如私の頭上に、ウーラの拳とは別の何かが現れた。それは大きな玉のような姿をしている。その玉は一瞬光ったかと思うと、私の頭上の腕をそぎ落とした。光の奥をよく見てみると、そこには一人の女性の陰が空中に浮遊していた。しかし妙なのだ。彼女の体にはどこにも体を浮かすようなものはない。見えない何かがあるわけでもない、あれは確実に浮いている。
「ぐあぁーーーーー!!…くそ、なんだ、お前!……!まさか、よりにもよってこのタイミングで!恐れていたことが起きてしまった…!」
「…これ以上、好きにさせてたまるか!あなたにはここで死んでもらう。」
(え…?これって…私?)
目の前には世にも奇妙な光景が映し出された。目の前にいる女性は確かに私なのだ。私に似ただれかではない。これは確かに私そのものなのだ。『私』は再び話し出す。その声から感じられることは一つ、絶対に他者を近づけない圧倒的威圧だ。そしてこの感覚に私は覚えがある。皇珠だ。ただし皇珠のように思わず頭を下げたくなるような威圧ではない。これはまるで恐怖、魂から震えるほどの恐怖的な威圧である。そしてその目は、赤く光っていた。
「それとナミカ。私はあなた。あなたは私。それだけ覚えておいてね。…さてウーラ、残り少ない時間で、私を倒してみなさい。」
「…!なにが倒してみなさいだ。所詮ナミカの分身。一撃で葬ってくれる!」
ウーラはどこからか突然生えてきたブレードで『私』を攻撃した。しかし、私が想像していたよりもずっと『私』は強かった。斬りかかるウーラを装甲ごと真っ二つにしてしまったのだ。あの装甲は中性子星の欠片でできており、皇珠の力があってようやく傷をつけることのできる代物だ。それをいとも容易く…
(…私強えー…)
「…みんな。特にナミカ。…今まで黙っていて悪かったわ。私は確かにあなたよ、ナミカ。あなたの前世、その前世からずっと、あなたの中にいたもう一人のあなた。あなたと私は太古より世界を監視し続ける運命を背負って生まれた存在なの。三億年に一度、この地球に接近する幻の彗星、『私たちの祖』はこれを鎮魂者彗星と呼んでいる。その一片の祝福を受けたもの、それこそが彗星の使徒なの。私たちの使命は一つ、この星の安寧を保つこと。今までこの星が滅びの危機に瀕した時、幾度となく我々が出向き、世界をさら地にすることで滅亡から救ってきた。」
『私』は突然私から視線を変えると、皇珠の方をとても悲しそうな目で見つめた。
「…そうか、あなただったの。私の使命を真っ向から否定する使徒は。」
(…皇珠?)
皇珠をみると、彼女はおびえた表情のままうつむいていた。目は泳ぎ、刀を握る手も心なしか震えている。
「わかっているのでしょう。何とか言ってみたらどう?」
「…あなたは…『原始』ですか。」
「そうだよ、…で、あなたは今私と対峙し、何を思っているの。」
「…皇珠!?どういうことなの!?」
「ナミカ…分かった、話す。ここにいる皆も聞いて。…少し長い話になるけど。…まず、謝らせて、私はみんなに隠していたことが二つあるの。一つは、私はもう人間ではなくなってしまったということ、もう一つは、この争いを続けることに、何の意味もないということ。順を追って説明するわ。」
数十年前、東京某所にて…
「×××!はやく!」
「ちょ、待ってよお姉ちゃん!花瓶を運んでいくように言われてたじゃない。」
「あ、そうだった!えっと、確か…あ、あったあった。あなたが先にもっていっていいわよ。」
「うん、わかった。…よいしょ…ってこの花瓶、思ったよりも重た…うわ!」
ガシャン!
「うわぁ、やっちゃったね…お父様が聞いたら起こるだろうな…本当に×××は非力ね。」
当時の私は、この国の上流階級の家の者というだけで、特別な力もなく、とても非力なただの女の子として、今とは違う名前で過ごしていたわ。私には一つ上の姉がいるんだけど、私なんかよりもずっと優秀で…ちなみにこのあと私はこっぴどく怒られることを覚悟していたんだけど、お父様は怒るばかりか、「非力なお前に無理をさせて悪かった」って謝ってきたんだよね。あの花瓶は他国の要人を迎える重要な会談の場に飾る花を入れるものだったのだけど…
そんなある日、お父様は私と姉に、お客様をお出迎えするようにとお言いつけになったので、門の前でお客様を待つことがあったの。
「…お客様、遅いね、お姉ちゃん。」
「そうね、約束の時間からもう三十分も経ってるっていうのに…何かあったのではないかしら…」
「私、ちょっと行ってくる。」
「待って、行くなら私が行く。本当は駄目だろうけど、心配なのは私も一緒だから。それにあんたは非力だから、何かあったらすぐにやられちゃうでしょ?…そんな目で見ないで。神器の力があるんだもの、心配ないわ。」
「えっ、でもあれってまだ…あっ、お姉ちゃん!」
姉は私の話も聞かずに、行くのを止めようとする使用人たちを押しのけ、当時まだ開発途中だった神器を持って走り出してしまった。この時私もすぐに追いかけていれば違う結末だったのかもしれないけれど、私はその場でしばらく姉の帰りを待っていたわ。
結局、姉は十分経とうが二十分経とうが帰ってくることはなかった。さすがに心配になった私は、姉を探しに屋敷を飛び出したの。
「お姉ちゃん、どこまで行ったんだろう…全然見当たらない…」
この日はあいにくの雨だったわね。姉を探すことに必死で傘もささずに走っていた私の服は雨と泥水でぐちゃぐちゃになって、きれいに結った髪の毛も乱れ、とてもお客様をお出迎え出来るような恰好ではなかったことを覚えているわ。…何分ほど走ったころだったか、遠くから大きな銃声のようなものが聞こえてきたの。違う武器の音もいくつか聞こえてきていたわ。私の頭にはふと嫌な考えがよぎって、銃声の聞こえた方向へと忍び寄った。
「お姉ちゃん?……!」
そこには複数の捕食者と戦っている姉の姿があった。奥の方には迎えるはずだったお客様が見るに堪えない姿で殺されていたわ。
「…!×××!逃げて!来ちゃだめ!」
(逃げれるわけないよ…!助けたい…でも、足が…動かない…!)
「ん?おい、あっちにもなんかいるぞ。」
「放っておけ。肉付きが悪い。それよりもこっちだ、こいつを生け捕りにする。もう少し育てば最高級の人肉になるだろうからな。」
「…!お姉ちゃん!」
「×××!」
こうして、私は何もできないまま、姉は捕食者に連れ去られてしまった。私はこの時自分の不甲斐なさと姉を連れ去った捕食者への怒りとで、産声を除けば初めて大声で泣いたわ。私は幼いころから大人しかったから、ここまで声をあげて泣くことはなかったのだけど。…そしてこの時思ったの、こいつらは生かしておいてはいけないと。…そしてこのときの強い殺意が、最初の隠し事につながります。先ほどもう一人のナミカが言っていた、鎮魂者彗星、三億年に一度この星に接近するあれは、その時の最も強い思いに反応します。そしてその思いの主に破片を落とし、対象の思いに応じた使命と共に人間離れした権能を授けるの。私はその時彗星の破片を受け、圧倒的な怪力と不老不死の権能、そして捕食者を滅ぼす使命を脳内に強制的に刷り込まれた。彗星のこと、使命のこと、すべて。でも私の使命は、とある使徒の使命と完全に相反するものであると、のちに知ることになった。それが彼女、原初の彗星の使徒であり、地球上で感情を持った最初の生命体、進化に進化を重ね、とうとう人間になってしまった虫、名も無き原初の感情生命、ある人は彼女をこう呼んだ。『眼外者』と。彼女の使命はただ一つ、世界の均衡を保つこと。この星が穢れてしまいそうになるたびに彼女はその原因となる種を滅ぼしてきた。そして私の使命は、戦わずして達成することはない。完全に彼の使命とすれ違っている。私と彼女が戦えば、間違いなく私は負けるでしょうね。どうせ達成できないもののために、あなたたちを巻き込んでしまった。無駄死にさせてしまった。
……
「…そんなことがあっただなんて…じゃあ、私たちは今まで、皇珠の使命のために利用されてたってことなの?その使命って、そこまでして、私情を挟まないとしても達成しないといけないことなの?」
「…彗星の使徒は、使命を授かった時から生き方を強制される。あの日から私は、理性の有無にかかわらず、こうするしかやることがない生き物になってしまったんだよ。」
「じゃあエレグラは?なんで殺さないの?」
「彼は捕食者じゃなくなったもの。」
「だったら、殺し合いなんてせずに、みんな被食者にしちゃえばいいじゃん。」
「…ナミカ…それ、本気で言ってる?行き止まりがあるなら壁を壊してしまえばいいって言ってるようなものだよ?それ。」
「皇珠ならできるでしょ?そのくらい。それに、諦めるなんてそんなこと、皇珠らしくないよ!皇珠が何者だからって、あの男が何者だからって関係ない!皇珠はいつだって、捕食者を倒すために諦めることなんてなかった。私たちを必死に鼓舞して、ウーラにだって立ち向かって、…あの言葉、『反逆の狼煙を揚げよ』って、これに込められた思いは、嘘偽りないはずでしょ!」
「…!」
皇珠ははっとしたような表情を浮かべた。そしてその瞬間、彼女の刀が握られている右手に、再び力がこもった。
「…はは、そうだね。私らしくないよね、こんなの。…そう、私は絶対に諦めたりなんかしない!捕食者撲滅は使命である以前に、私の夢だもの!そして世界に平和を取り戻す。」
(皇珠と『私』の使命が…一致した…?)
「…ブーラー!よく聞いておきなさい!私は捕食者を撲滅することを目標にしている、でも、ナミカに言われて気付いた。殺しなんてしなくてもいいんだって。それじゃただの侵略、あいつらと一緒だもの。ただし、行く手を阻むものはだれであろうと容赦はしない!…これは私のポリシーなんだけどね、犠牲無くして得られるものはないって。全員が全員馬鹿正直じゃないってことくらいわかってるから、私は全力で戦う。ゆくゆくは、世界が平和を取り戻すことになるって、約束する。日本だけじゃなくて、世界中の捕食者を天虎の呪縛から解放する。」
ブーラーは終始表情を変えずに皇珠の話を聞いていた。そして皇珠が話し終わったのを確認して、そっと目を閉じ言った。
「その目の輝き…本当に使命に囚われていないというの…人間とはこれほどまでに、変われるものなのか…皇珠、…争いの先にある星の平和、実現を約束できる?」
「…!ええ、もちろん!」
「…そう…ではこれからも、私は私の中で、あなたをずっと見ているわ。」
そう言い残し、ブーラーは光の粒子になって私の中に吸い込まれるように消えていった。正直なところ、突然の出来事に全く頭が付いて行っていない。混乱する頭を必死に働かせ、なんとか動かした首で辺りを見渡すと、そこにはブーラーが真っ二つにしたウーラの死体だけが転がっていた。
「…これって…もしかして、私たちの、勝ち?」
「ああ、間違いなくな。この屍がそれを表す何よりの証拠だ。」
エレグラが震える両手を握りしめながら言った。辺りには大歓声が沸き起こる。この瞬間、捕食者勢力による強襲が幕を下ろした。のちに聞いた話では、この戦いで箱舟隊員の実に八割が死亡したという。そしてその中には…
「…想一郎…」
「うそ…想一郎さん、なんで…」
とある隊員が言うには、想一郎さんはエントランスで周りにいた隊員をレバルディの轟音から守り、壮絶に散っていったそうだ。最後まで仲間を守り通していった彼の雄姿は、決して忘れられることなく語り継がれるだろう。こうして多大な犠牲を払いつつも想定外の乱入者によってこの戦いは終結した。そして私たちは、重大な決断を迫られることになる。箱舟を離れた後、どこで、何をするか。
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