料理上手な学校一の美少女をヤンデレにさせれば一生安泰
「俺の安泰のためにヤンデレになってくれ」
高校に入学して二度目の風が心地よい春、井上和樹は放課後になって学校の屋上に呼び出した少女に頭を下げてお願いをした。
彼女ーー星野宮夜空は学校一の美少女と言われており、男子生徒から圧倒的な人気を誇る。
腰まで伸びたサラサラな青みがかった黒髪、長いまつ毛に包まれた藍色の大きな瞳は宝石のように綺麗だし、シミ一つ見られないスベスベな白い肌、手足や腰などは細いのに服の上からでも分かる平均以上な胸という見た目だけでなく、当たり障りのない性格や丁寧な物腰、学年屈指の学力など、学校一の美少女と言われるに相応しいだろう。
「はあ……こんな告白されたのは初めてですよ」
本当にされたのは初めてなのか、明らかに戸惑ったような表情をしている。
いくら学校一の美少女と言われていようとも、呼び出されていきなりヤンデレになってくれと告白されるなんてほぼないだろう。
でも、ヤンデレになってくれと言ったのには、見た目や性格などとは別に理由があるのだ。
「何でこんなこと言ったのか不思議?」
「はい。普通は『好きです。付き合ってください』だと思いますよ」
確かに男子が女子にする一般的な告白はそうだろう。
「昨日クラスメイトの女子たちと話してたでしょ? その時にお弁当が美味しいって言われていた」
昨日クラスメイトの友達とお弁当のおかずを交換していた夜空は、クラスメイトからそんなことを言われていたのだ。
しかも本人が毎日使っているとも。
「そうですね。それがどうかしました?」
ヤンデレというのとお弁当が美味しい、というのが何の共通点があるか分からないのだろう。
「俺はずっと美味しい料理を食べたいって思っているんだよ」
「誰だって不味いより美味しい料理を食べたいものですよね」
食は人間の三大欲求でもあるし、長い人生で食事を楽しまないのは損と言える。
楽しみだと言っても太っているわけでもなく、ちゃんと体重などには気を付けているが。
「料理が得意な人がヤンデレになってくれればずっと美味しい料理を食べれると思わないか?」
ヤンデレになってくれと言った一番の理由だ。
外食をすれば気軽に美味しい料理を楽しめるし、母親が料理をするからもちろん毎日食べれるが、親は子より普通早くなくなってしまう。
そして高校生でバイトをしてないから毎日外食なんて出来るわけがない。
お小遣いが毎月決まっているのだから。
「だから料理上手な女の子をヤンデレにさせてずっと美味しいご飯を食べたい」
ヤンデレというのは好きな人中心であり、ご飯が食べたいと言えば喜んで作ってくれるだろう。
もちろんヤンデレにさせることだってデメリットはある。
好きな人中心になってしまうため、ベタ惚れにさせなければならないというのが一番の難関が。
ただ、ヤンデレにさせて惚れさせてしまえばこちらもものだ。
沢山美味しいご飯を食べられるし、沢山尽くしてくれるのだから。
「そんな理由で告白してきた人は井上くんが初めてですよ」
呆れを通り越して逆に尊敬しますね、と思っていそうな瞳がこちらに向けられる。
今年からクラスメイトになったのに名前は覚えてくれているらしい。
「でも、それはそれで良いかもしれませんね……」
口元に指を当てた夜空が何か小声で呟いている。
「ヤンデレになるかどうかは分かりませんが、ご飯を作ってあげても構いませんよ」
「本当に?」
「はい。でも、一つ条件があります」
右手の人差し指を立てた夜空は、何か考えがあって了承したようだ。
ヤンデレになっていない、さらには惚れられているわけでもないし、向こうにも何かしらのメリットがなければ承諾しないだろう。
「条件?」
「はい。私の彼氏役になってください」
「何故に?」
何で彼氏役にならないといけないんだ? と思いながら夜空を見つめる。
「今は誰とも付き合う気はないので告白を断るしかないんですよ。俺が付き合ってやるよとか、身体目的っぽい人のは何とも思わないんですが。私に彼氏が出来たと思わせれば告白する人は減ると思いますし」
つまりはラノベなどで良くある展開をしようと言うわけだ。
確かに好きじゃない人から告白されても断るしかないだろうし、彼氏役を作るのが夜空にとってのメリットなのだろう。
彼氏がいる人に告白するなんて答えが分かり切っているのだから。
「井上くんは美味しいご飯を食べたいだけで私のことを好きとか性的な目で見てるわけではないのでしょう?」
「そうだね。ヤンデレにさせたいから本当に嫌なことはする気ない」
ヤンデレにさせる前に嫌われたら元も子もない。
「だったら彼氏役にピッタリじゃないですか。お互いにメリットがあります」
和樹は美味しいご飯を食べることが出来る、夜空は告白されるのを減らせる、というのがメリットだ。
今は誰とも付き合う気はないというのは、見た目だけでよって来る人が多くて内心うんざりしているのかもしれない。
美女と野獣、と言われそうなカップルが現実にいるのだし、女性は男性より内面を好きになる傾向があるのだろう。
見た目だけじゃなくてない内面もしっかりと見てくれる人じゃないと嫌だ、と思っているのかもしれない。
タイツを履いているのは視線が気になるからだろう。
ずっと美味しいご飯を食べたいからという理由でヤンデレになってくれ、と言ったのが内面を見ているか分からないが、少なくとも見た目だけでよって来る人よりかは好意を持たれたようだ。
「井上くんにメリットがあると思わせるには私が美味しいご飯を作れるとしっかりと証明しないといけないですね。家で作ってあげますので行きましょう」
「え? 今から?」
はい、と頷いた夜空に手を繋がれて屋上を後にした。
「俺の家か」
学校から手を連れられて来た場所は自分の家だ。
早速手を繋いできたのは周りから彼氏がいると思わせるためだと帰っている時に耳元で小声で言われた。
他の人に聞こえないためだろうが、女の子に耳元で囁かれたのは初めてだったからかなり緊張してしまった。
自分の家に来たから手を連れられてというより案内したというのが正しいが。
「流石に私の家はまだ恥ずかしいです」
頬を赤く染めた夜空は、異性と触れ合うのにそこまで慣れていないらしい。
帰っている途中も赤くしてたため、今まで誰かと付き合ったことはないのだろう。
仲良くもない異性を自分の家に入れるほど安い女ではないようだ。
「ただいまー」
玄関を開けて自分の家に入る。
五階建ての家族向けマンションで間取りは4LDKという普通の分譲マンションだ。
鍵が空いているということは、既に妹が帰って来ているのだらう。
両親は有給を使って今朝から温泉旅行に行ったため、家にいるのは妹しか考えられない。
結婚当初は忙しくて行けなかった新婚旅行も兼ねているようだ。
「お兄ちゃん、おかえ、り……」
学生服から部屋着に着替えてリビングに向かう途中だったのか、ちょうど会った一つ下である妹のひよりがこちらを見て固まった。
同じ高校に通っているから登校は一緒だが、各々の予定があったりするから下校は別だったりする。
片耳だけにかけた黒でボブのストレートヘアー、茶色の大きな瞳、乳白色の綺麗な肌にスレンダーだから美少女だろう。
部屋着は水色のパーカーにショーパンというラフな格好だ。
「お兄ちゃんが、可愛い女の子を連れて来た……しかも仲良く手を繋いで……」
驚いている理由は兄の和樹が可愛い女の子を連れて来たかららしい。
今まで女っ気がなかったから驚くのは仕方ないだろう。
「しかも相手はあの星野宮先輩。私のクラスでも二年生でめちゃくちゃ可愛い子がいるって噂になってる」
「カズくんの妹さんですか? 私の名前は知ってるみたいですが、自己紹介させてください。カズくんの彼女の星野宮夜空です。よろしくお願いします」
歳下相手にも丁寧な自己紹介をした。
先ほどまで井上くんと言っていたのに愛称で呼んできたのは、ひよりにも彼氏役というのは内緒にしてほしいからなようだ。
一人でも知っている人がいるとひょんなことから周りにバレてしまう可能性があるため、絶対に内緒だという警告かもしれない。
つまりは和樹は彼女のことを夜空って言わないといけないわけだ。
「ご丁寧にどうも。私は妹のひよりです。よろしくお願いします」
普段から気軽に接するタイプのひよりが緊張した様子なのは、夜空の美しさに当てられてしまったからだろう。
「今日は料理作ってくれるというから連れて来た。母さんたちいないし丁度いいでしょ?」
「私たちは料理出来ないから有難いけど……お兄ちゃんが星野宮先輩と付き合ってるのが不思議過ぎる」
母親は料理が出来るが、その子供である和樹やひよりは料理が壊滅的と言っても過言じゃないくらいに下手だ。
だから両親が家にいない間は出前や惣菜になるだろうと思っていた。
「先輩、お兄ちゃんに何か弱味を握られてませんか?」
「そんなことないですよ。カズくんはとっても良い人です」
笑顔で答えた夜空は、今も恥ずかしいのを我慢しているだろう。
少しだったら付き合い始めと言い訳出来るが、凄い恥ずかしがっていたらバレる可能性があるのだから。
「なら、お兄ちゃんが先輩に貢いでいる?」
「兄に対して失礼すぎるだろ」
「だってモブっぽい見た目のお兄ちゃんがヒロインの星野宮先輩と付き合えるなんて信じられないよ」
確かにひよりの言うことも一理あるかもしれない。
決してイケメンではないため、可愛すぎる夜空を彼女に出来たなんてすぐに信じられるわけないだろう。
和樹だけが言ってるだけなら完全に信じていなかったかもだが、夜空本人が言ってるから困惑してる様子だ。
お互いにメリットがあるからこそこういう状態になっているだけであり、弱味を握っていたり貢いでいるわけではない。
(あれ? これって星野宮の料理が美味しくなくても彼氏役しないといけないパターンでは?)
既に帰りに学校の人たちには見られてしまっているし、さらにはひよりに彼女だと言ってしまっている。
本人の様子からしたら不味いということはないだろうが、これで好みの味じゃなかったら嫌だ。
「私たちラブラブ、ですので」
手を繋いでいるだけでは信じていないひよりを信じさせるためなのか、夜空が和樹の腕に抱きついてきた。
頬を赤くしてまで抱きついてきたのは、恥ずかしくても信じてほしいからだろう。
「流石にここまでしてくれたら信じるしかないですかね」
どうやら信じてくれたようだ。
「それじゃあ案内するよ」
これから料理をしてくれる夜空をキッチンまで案内した。
「キッチンや冷蔵庫を確認させてもらいましたけど、まさかほとんど食材がないとは思いませんでした」
先ほど和樹の家のキッチンや冷蔵庫を見た夜空は、あまりのも食材の無さにため息を吐いた。
なので今から近場のスーパーに行って買い物をしなければならない。
「今日から親が長めの旅行に行くからね」
兄妹揃って料理が出来ないのだし、食材があっても意味をなさないのだ。
だから母親が昨日の内にほぼ食材を空にしたのを和樹は完全に忘れていた。
「それなら家に着く前に言って欲しかったです」
「面目ない」
食材が家になかったのを忘れていたこちらのミスのため、言い訳など出来ない。
和樹自身、夜空に告白する前はしばらくお弁当のみ作ってきてもらおうと思っていたし、夜は出前や外食中心と考えていたから冷蔵庫の中身なんてどうでもいいと思っていた。
早速夕飯を作ってくれるため、和樹の内心はいつもよりテンションが高い。
実際にまだ食べたことないからどんな味付けになるか分からないが、お互いにメリットがあると言っていたから自信はあるのだろう。
今から楽しみだ。
「ところでさ、手を繋ぐ必要ある?」
スーパーに向かっている真っ最中なのだが、何故か夜空が指を絡め合う恋人繋ぎをしてくる。
「私に彼氏がいると思わせないといけないので、こうしてるだけですよ」
少しクールな話し方をしているものの、恥ずかしいのか少し顔が赤い。
確かにまだ日がくれていないし、家が学校から近いから同じ学校に通っている誰かに合う可能性がある。
告白を減らすには彼氏がいると周りに認知させないといけないため、外にいる間はこうして手を繋ぐことにしたのだろう。
誰が聞いているか分からないから耳元で小声で言ってくるから耳がくすぐったい。
「ちなみにアレルギーはないですよね?」
「大丈夫だよ」
アレルギーがあっては色々な物を食べれない可能性があるため、なくて本当に良かったと心から思った。
「私の料理がもし美味しくないって思ったら彼氏役断られてしまいますし、今日はカズくんの好きなの作りますよ」
「それは有難いけど、何で料理作ってくれるの? 自分で言うのもなんだけど、俺は変人だと思っているから。いくらメリットがあるとはいってもヤンデレになってくれって言う人の言葉を信じるの?」
自身でも自分勝手だと思っているし、メリットがあっても未だに不思議でしょうがない。
騙して襲いかかろうとしてもおかしくないのだから。
「私、人を見る目はあるんですよ。カズくんは料理にだけ興味津々って感じがして逆に信じられます」
異性として見ていないからこそ、襲われることがないと信じて料理を作ってくれるようだ。
ヤンデレになってくれるかまでは分からないものの、少なくともしばらくは美味しい料理を味わうことが出来る。
本当であれば生涯にわたって作ってほしいが。
「ご飯は食べないと生きていけないが、エロいことはしなくても生きていける。美味しい料理こそ正義」
どれだけ美味しい料理を食べたいか、と夜空に熱弁する。
確かに性欲も人間の三代欲求だし、子孫を残すうえで大切なことかもしれないが、身体を作っているのは食事と適度な運動と睡眠だ。
性欲は将来本当に彼女が出来たらぶつければいい。
「本当変わった性格してますね。私にとっては非常に有難いことですが」
ふふふ、と笑みを浮かべた夜空は、本当に信用してくれているようだ。
もしかしたら以前から彼氏役になってくれる人を探しており、色んな人の言動を観察していたかもしれない。
それでたまたまヤンデレなってくれと告白してきた和樹に目を付けたのだろう。
「俺も有難いね。ご飯作ってくれるし、一緒にいれる機会が増えるからヤンデレにさせやすくなる」
「ヤンデレって私にとってあまり良いイメージがないんですけど……」
自分がヤンデレになる未来が見えないらしいく、しかも悪いイメージすらあるようだ。
「一般の人はヤンデレとメンヘラの違いが分からないか」
「まるでカズくんが一般人じゃない言い方ですけど、違いはなんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。メンヘラは自分中心で自分を好きになってくれるなら比較的誰でも良いって思ってるし、かまってくれなきゃすぐ浮気する。でも、ヤンデレは好きな人中心で好きな人のためなら何でも尽くしてくれる。つまりは美味しいご飯がずっと食べられる」
何よりも優先すべきことは美味しいご飯をずっと食べることだ。
もちろんヤンデレにもデメリットがあり、他の女が好きな人に近づこうとすればどんな手を使ってでも排除しようとする。
でも、女っ気のない和樹にそんな心配は無用だ。
「ご飯目的でヤンデレにさせようとする人なんて他にいないでしょうね」
「それとも俺も他の人と同じように告白した方が良かった?」
「いえ。見た目だけで告白されても困りますし、ちゃんと心から愛し合ってから色々としたいと思っているので」
あくまで今は彼氏がいらないだけで、その内作る可能性はあるらしい。
「誰が好きな人作られたら困るね。てことで俺はずっと夜空の側にいることにする」
「もう……独占欲強い彼氏みたいですね」
「ずっと美味しいご飯を食べれるためなら独占欲も強くなる」
そんな話をしていたら丁度スーパーに着いたため、名前で呼ばれたのと独占されることを想像したっぽい頬を赤く染めた夜空と共に店に入った。
「お待たせしました」
買い物を終えて家に帰り、夜空が作ってくれた三人前の夜ご飯がテーブルに並んだ。
作ってくれている最中から部屋には良い匂いが充満しており、早く食べたい気持ちでいっぱいだった。
「お兄ちゃん好みのご飯だね」
今日は和樹が好きな料理というとこで、テーブルに並んでいるおかずは鶏の唐揚げにポテトサラダという、カロリーを無視したおかずだ。
本来であれば栄養面など考えて食べるが、今日だけは完全に無視させてもらった。
病気だったりアスリートというわけでもないし、1日くらいカロリーなど考えなくても問題ないだろう。
「その……こうやって男の人にご飯作ってあげるのは初めてなので、カズくんの好きなのを揃えてみました」
言ってて恥ずかしいのか、夜空は頬を赤く染めながら両手の人差し指をチョンチョン、と合わせている。
「惚気いただきましたー」
「何で彼氏のお兄ちゃんが言うのかな? 私の台詞だからね」
「美味しそうなご飯の前だからテンションが高い」
実際に食べる前から美味しいっていうのが分かり、口から涎が垂れそうなほどだ。
普段から料理をしているからだろう。
「まあ確かに凄く美味しそうではあるけどね」
「ひよりも俺と同じで食べるの好きなのに細いよなぁ。特に胸なんてまな板……」
「お兄ちゃん?」
「ごめんなさい」
壊滅的なほどに膨らみがないためか、ひよりに胸の話は厳禁である。
あまりの迫力により、つい謝ってしまうほどだ。
「お母さんは大きいんだからこれから育つもん。巨乳になるもん」
大きくなる自信があるなら涙目にならなくてもいいだろう。
「ダイエットしようとすると胸の脂肪から無くなっていき、大きくなりたくて食べるとお腹から脂肪がついていく悲しき現実があるんだよ」
「ないもん。私に脂肪なんてないもーん」
自ら貧乳だと認めたような台詞だが、確かにひよりは食べても太る様子は一切ない。
太らない体質であるのは間違いないものの、大きくなりたい胸まで脂肪が付かないのは悲しいようだ。
「いい加減認めろ。ひよりの胸はAAAカップだ」
「違うもん。AAだもん」
AAAとAAの違いなんて全く分からないが、本人からしたら微妙な違いがあるのだろう。
年頃の女の子の扱いは難しいものだ。
「先輩の胸はお兄ちゃんにいっぱい揉んでもらったから大きいんですか?」
「はい?」
いきなり飛び火をくらった夜空の目が驚いたように開かれた。
軽くくっついただけでも赤くしてしまうのに、胸の話なんてされたら恥ずかしいだろう。
「付き合いだしたばかりなので、揉んでもらったことはない、です。それに、彼氏出来たのも初めてなので」
恥ずかしそうにしながらもきちんと答えるあたり真面目な性格だ。
ご飯を作ってあげたの初めてだと言っていたのだし、少し考えれば揉まれたことがないと分かるだろう。
「つまりはこれからお兄ちゃんに揉んでもらうからさらに大きくなるというわけですね」
ゴクリ、とひよりが夜空の胸を見て息を飲んだ。
胸を揉まれたからって大きくなるという科学的根拠はない。
「てか皆ボケ始めるからせっかくの料理が冷めちゃうぞ」
「ボケたのはお兄ちゃんだけだからね」
「いや、兄妹漫才に私が巻き込まれただけです」
二人から呆れたような視線を向けられた。
「兄妹漫才だって。漫才師になって売れれば美味しい料理食べ放題」
「ならないから」
芸人で売れるなんて極一部であり、後はバイトをして生活している人は多いだろう。
「カズくんには私が好きなだけ作ってあげるので漫才師になってはダメです」
「将来のことを考えてるなんて二人は結婚する気満々だね」
「な、ななな、何を言って……」
結婚という言葉に反応したのか、夜空の頬が今までにないくらいに真っ赤に染まった。
美味しいご飯を食べれるというメリットが他で出来たら彼氏役を断られると思って言っただけだろうが、それを聞いたひよりからしたら惚気としか考えなかったらしい。
「これを俗に夫婦小姑漫才と言う」
言いません、と二人からツッコミされた。
「家だといつもカズくんはこんな感じなんですか?」
かなり呆れた様子の夜空がひよりに視線を向けた。
「いえ、お兄ちゃんは美味しい料理を目の前にしたり食べれると知った時に性格が変わります」
「つまりは料理に関してはアホになるんですね」
普段物腰穏やかな夜空が少し辛辣なのは気のせいだと思うことにする。
「てか早く食べよう。これ以上お預けされたら俺が壊れる」
「お兄ちゃんは既に壊れてるから手遅れだよ。それにしても先輩はよくお兄ちゃんの彼氏になりましたね」
「あは、あははは……」
苦笑いしか出来なかったらしい。
「んまぁい」
二人より先に唐揚げを食べると、外はサクサクで中はジューシーで口の中が旨味で溢れる。
揚げる前に鶏肉をごま油と醤油に漬け込んでおり、白米が物凄く進む。
「お兄ちゃんだけズルい。私も」
ひよりも唐揚げを食べ始めた。
「ふにゃぁん」
よほど美味しかったようで、ひよりの顔がゆるキャラのように物凄く緩んだ。
「本当に美味しそうに食べますね。作ったかいがありました。これで確定ですね」
ここまで美味しそうに食べるのだし、これで彼氏役を断られることはない、と思ったのだろう。
「めちゃめちゃ美味しかった」
ついついいつもよりご飯を食べすぎてしまった。
唐揚げはもちろんのこと、ポテトサラダや味噌汁も美味しく、今まで食べた中で一番かもしれない。
これは何としてでもヤンデレにさせて今後もずっとご飯を作ってもらわないといけないだろう。
これからの安泰のために。
「後片付けは私がやっておくから、お二人は部屋で好きなだけエロエロイチャイチャしちゃってくださいな」
「イチャ……エロ……」
想像したのかその言葉に反応しただけかは分からないが、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてはダメだろう。
少なくとも人前では恋人同士でなければならないのだから。
「彼氏の家に来たんですからそういうことでしょう? まさか料理をダシにしてお兄ちゃんに彼氏役をお願いしたわけじゃないですよね?」
明らかに恥ずかしがりすぎているのか、夜空の反応を見たひよりが疑い始めている。
しかも何故か妙にカンが良い。
「大丈夫だぞ。これからたっぷりとイチャつかせてもらうから」
「あ……」
ひよりの疑いを無くすために、和樹は恥ずかしがっている夜空の肩に手を置いてから引き寄せる。
こうやって沢山のイチャイチャで信じさせるしかないだろう。
彼氏役がなくなってしまえば、夜空をヤンデレにさせる機会が少なくなるから困る。
何としてもヤンデレにさせて美味しいご飯を食べるのだ。
「てことは今日泊まるってことですね」
やーん、と嬉しそうにしたひよりは、二人が愛し合ってるシーンを想像したのだろう。
「泊ま……着替えとかないですよ」
あくまでご飯を作りに来ただけなのか、夜空は泊まるのを想定していなかったようだ。
そもそも今日この関係になって学校から直接この家に来たため、着替えなど用意しているはずがない。
今の服で寝てしまうとブレザーやスカートにシワが付いてしまうし、流石に泊まるのは嫌だろう。
「下着はコンビニで買えますし、パジャマは私の使えばいいですよ」
「いやいや、ひよりのパジャマだとサイズ合わないだろ。特に胸が……」
「お兄ちゃん?」
「はい。すいません」
顔は笑っているが目が笑っていないひよりの迫力に謝るしかなかった。
高校生にもなって全然成長してないのだから将来は絶望的だろうが、本人からしたら諦めきれないらしい。
「先輩の家に門限あるんですか?」
「いえ、一人暮らしをしているのでないです」
泊まる気がないなら門限があると言えばいいだけなものの、変なところで正直なようだ。
彼氏がいると嘘をつくなら他の嘘もつけそうなものだが。
「ならパジャマはお兄ちゃんのシャツを着ればいいですよ。彼シャツが嫌いな男の子はいません」
一人暮らしをしているのであれば泊まっても親から何か言われることはないだろう。
「諦めろ。てかひよりを信じさせたいなら泊まるしかない」
「ひゃあ……」
ひよりに聞こえないように耳元で小声にしたためか、囁かれた夜空は変な声を出した。
どうやら耳が敏感らしい。
「俺のこと信じられるなら大丈夫でしょ?」
料理だけに興味津々だから信じられる、とスーパーに向かってる時に言っていたため、襲われる心配はしていないはずだ。
そもそも襲われる心配をしているのなら家にすら来なかっただろう。
いくら人を見る目があるといってもそこまで信じられるのかは謎だが、恐らくは和樹は本当に料理にしか目がないのを見ているから。
新学期が始まってから教室でご飯を食べたのだし、その時にもしかしたら本当に美味しそうに食べているのを実際に見たのかもしれない。
「分かり、ました。泊まります、ね」
泊まるのが嫌というよりかは、恥ずかしすぎるといった感じの話し方だ。
ひよりを信じさせるのは泊まるのが一番だと思ったのだろう。
「これでやっとお兄ちゃんも大人の階段登れるね」
親指を立ててそういうことを言うのは止めてほしい。
「その台詞だと既にひよりが大人の階段登ってるように聞こえるけど彼氏いないでしょ?」
「私は彼氏を作らないんじゃなくて作る気ないだけでーす」
壊滅的なほどに胸は小さいが、美少女だから告白くらいはされたことがあるだろう。
あえて彼氏を作らないらしい。
女の子は恋バナとか聞くのがかなり好きみたいだし、自分が恋愛をするより惚気を見たり聞きたいのだろう。
「泊まるって決まったわけですし、お兄ちゃんたちはコンビニで下着買ってきなよ」
「二人で、ですか?」
「はい。どうせこの後に下着どころか裸見られたり触られたらするんですからいいじゃないですか」
どうやらひよりはどうしても和樹と夜空の初体験を済まさせたいらしい。
彼女が彼氏の家に来たとなれば普通なら自然な流れだろう。
「ひよりは早く片付けろ。俺らはコンビニ行くから」
恥ずかしそうにしてる夜空の手を取ってコンビニへと向かった。
「まさか泊まることになるとは思いませんでした」
コンビニで下着を買ってお風呂に入った夜空は、恥ずかしそうに頬を赤くしながら和樹の部屋のベッドに座った。
下着は先ほどコンビニで買った物、その上から和樹のワイシャツを着ている。
男物だからブカブカで下着が見えるわけではないが、異性の前であまり太ももを見せたことがないからか本当に恥ずかしそうだ。
学校ではタイツをはいているから生足を見れるのはレアなことだろう。
「ねえねえ、夜食は作ってくれないの?」
先にお風呂に入った和樹は寝巻きであるジャージを着ており、夜ご飯の味が忘れられなくておねだりをした。
「あれだけ食べたのにもうお腹空いたんですか?」
本当に食べるの好きすぎですね、と少し呆れた様子の夜空の隣に座る。
「夜食作ってくれないようならヤンデレにさせるために色々としようかな」
「色々、ですか?」
「うん」
ヤンデレにさせて美味しい料理を沢山作ってもらうのが目的のため、ご飯を食べていない間は夜空をヤンデレにさせるために動くべきだ。
とは言ってもヤンデレにさせる具体的な方法なんてなく、思い付いたことをこれからやっていくだけだが。
「あ……」
ヤンデレにさせるどうこう以前に惚れさせる必要があるので、和樹は夜空の肩を抱いて自身へと引き寄せた。
毎日ご飯を作ってあげてくっつきもすれば、どんな人だって異性として少しは意識するだろう。
少しも離れるのが嫌って思うくらいにヤンデレにさせる。
「い、今は2人きりだから、ここまでくっつく必要は……」
あうぅ、と恥ずかしそうな声を出してはいるが、抵抗しようとしない。
恥ずかしすぎて抵抗するのを忘れているのか、それともくっつかれること自体が嫌ではないのかまでは分からないのもも、抵抗してこないのは有り難すぎる。
抵抗しないのは、ここで離れてしまえば彼氏役を断られると思ったからかもしれない。
本当に嫌なことはしない約束のため、安心している面はあるのだろう。
「まず夜空はイチャイチャすることに慣れて。あまりにも恥ずかしがってたりすると怪しまれるから」
あまりにも反応してしまえば、先ほどのひよりのように疑ってしまう可能性がある。
ヤンデレにさせるついでにくっつくのに慣れさせる必要がないもあるだろう。
「人前でこんなにくっつくなんてほとんどないですよぉ」
「確かにないけど、これくらい慣れておけば人前でも大丈夫になるだろ」
人前では手を繋いだら軽くくっつく程度かもしれないが、密着度が高い状態で慣れておけば学校で一緒にいても恥ずかしがることがかなり少なくなるはずだ。
お互いにメリットがあるからこそこんか関係になっているものの、周りにバレてしまっては意味をなさない。
「カズくんは恥ずかしくない、のですか?」
「ないよ。そもそもヤンデレになってくれと言うやつがこの程度で恥ずかしくなるはずがない」
イチャイチャが恥ずかしいのであれば、ヤンデレになってくれと告白すら出来なかっただろう。
美味しそうなお弁当を見て終わりだ。
「二人きりでもカズくんなんだね」
「だって人前で間違えて苗字で呼んでしまわないようにしないといけないですから」
確かに人前で間違えて苗字で呼んでしまえば、どうしても疑う人が出てくる。
なので二人きりでもカズくんと呼ぶことにしたのだろう。
「初日からここまでくっつくことになるとは思わなかったけどね」
「私もですよ。絶対妹さんのせいです」
恥ずかしすぎるのを隠したいのか、夜空は和樹の胸板に隠すように顔を埋めさせた。
そんなことをしたら彼女が彼氏に甘えているかのようだが、今の夜空にそんか余裕はないだろう。
確かにひよりがイチャイチャとか少し疑ったりするからくっつく羽目になった。
そうでもなければ初日からこんなにくっつくはずがない。
「あれですか? 実は妹さんに私のことをヤンデレにさせるから煽ってくれとか言ってたりしてませんか?」
「言ってないよ」
何でひよりにそんなことを言わないといけないのか不思議だし、言ってたら協力しなかっただろう。
そもそも自分の都合で妹を巻き込むつもりはない。
「初日からこうなったってことはヤンデレになる未来はそう遠くないかもね」
このままいっぱいくっついて意識させてヤンデレになってもらい、沢山料理を作ってもらう作戦は上手くいきそうだ。
もし、いっぱいくっつくのが嫌で離れて他の人に彼氏役を頼んだとしても、和樹にはバレてしまっているし、そもそも既に見ている人たちからしたら夜空がすぐに男を乗り換えるビッチだと思われて嫌だろう。
つまりは夜空もしばらくはこうやって一緒にいないといけないわけだ。
もちろん本当に嫌なことをするつもりはないから大丈夫だろう。
「このままいけば本当にカズくんの思い通りになりそう、ですね」
つまりは少し自分がヤンデレになる未来を想像してしまったということだ。
物凄く有難いことであり、ヤンデレにさせやすくなる。
「もし、夜空がヤンデレになってくれた頃には俺もきっとベタ惚れ状態だと思うよ」
「本当、ですか? ヤンデレにさせるだけさせて料理だけ堪能してかまってくれないとかはないですよね?」
「それはないね。その時には両想いだよ」
毎日のように美味しい料理を食べてくっついてもいれば、間違いなく異性として意識して好きになる。
もちろん料理を毎日作ってくれるという前提ではあるが、作らせて彼女を放置するなんてあり得ない。
「だから安心してヤンデレになってくれ。両想いになったらいっぱい愛し合うから」
「はい。もし、そうなったら……」
未来のことなんて誰にも分からないし、この関係がいつまで続くか分からないが、もしも両想いになったらずっと一緒にいることを決めた。
ブックマークや評価をしてくれると嬉しいです




