表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

ニセモノの新生活

 一日が終わり、はじめてお店での暮らしが始まった。

 イベリスのお店は二階に部屋があって、本来は従業員用の寝床にするつもりだったようだ。でも、このお店はまだオープンするつもりがなく、どちらかといえば工房(アトリエ)的な役割を担っているようだった。


「とても生活感のあるお部屋ですね」

「気に入っていただけたようで良かったよ、プリムラ」

「アロマキャンドル、それに花瓶もきちんと置いてありますね」


「そのキャンドルはね、蜜蝋……ビーズワックスなんだ。蜂が分泌するという蝋で出来ているんだよ。香りがとても上品でね、気にっているんだ」


 本棚もしっかりしている。

 錬金術師の本に、基礎的な魔導書……宗教に神話までたくさんの書物。イベリスが勤勉なのは知っていたけど、ここまでとは。


「これは快適に眠れそうですね」

「あー…あと、プリムラ……」

「はい?」

化粧台(ドレッサー)もあるんだが……必要なら引っ張り出してくる」

「そんなものまであるのですね。ちょっと意外でした」


 前のイベリスとは大違い。

 前に婚約していた頃は、秘密主義で何も教えてくれなかった。いつも一歩引いていたというか、わたしのことなんて嫌いなんだと感じていた。

 でも……。

 今は少しだけ違うかも。


「じゃあ、僕はそろそろ……。プリムラ、そのパライバトルマリンの婚約指輪はつけていて良い。ニセモノの婚約とはいえ、せめてもの気持ちだ」


「ありがとうございます、イベリス。ニセモノの優しさでも嬉しいです」

「…………っ! き、君はいつもそうだ。肝心なところではダメダメなのに、こういうさりげないところで僕を翻弄するッ」


 背を向け部屋から出ていくイベリスは、なんだか混乱した様子だった。……よく分からない。



 * * *



 ふと起きると、眠ってしまっていたことに気づく。

 朝陽がまぶしい。もう朝だ……。


 フカフカのベッドにアロマの香りで居心地が良すぎた。おかげで久しぶりに快眠できた気がする。


 身嗜みを整え、わたしは一階へ。

 階段を下りていくと良い匂いがした。


 キッチンの方に誰かいるみたい。


「そこにいるのはイベリス?」

「おはよう、プリムラ。今、朝食を作っている」

「あなたが?」

「意外だったかい。そうだよ、僕が作ってる。これでも料理が得意でね」

「そ、そうだったんですね」


 そんなこと一度も教えてくれなかったのに。


「ほら、特製のスクランブルエッグと帝国製の紅茶だ」


 お皿には黄色の卵、それにベーコンも盛り付けられている。シーザーサラダまで……これ全部手作りだなんて。


「いいのですか?」

「もちろんだよ、プリムラ。君に食べて欲しい」


 椅子に腰を掛け、わたしはただただ驚いていた。

 イベリスにこんな料理の特技があったとは……。あとは味だけど。


 フォークを手に取り、さっそくスクランブルエッグをひと齧りしてみた。……ふわふわでケチャップの味も程よい薄味。濃すぎず、とてもバランスが取れている。


「とても美味しいです」

「良かった。マズイと言われたらどうしようかと思ったよ」

「でも、イベリスってば酷いです。どうして教えてくれなかったのですか」

「料理を始めたのは最近だよ。本当だ」

「そうなのですか?」

「ああ……。前の僕は君を幸せにしてやれなかったからね。あの時は自分に力と自信がなかったから……。だから、まずは料理を始めようと努力したんだ。それがこの結果さ」



 そっか。わたしの知らないところでイベリスはがんばっていたんだ。普段はなんでも出来る商人を演じているのに、本当は何事も真面目に取り組んで、技術を磨いているんだ。それが彼なんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ