セイロンライティア公爵 Side:イベリス
◆Side:イベリス
――アンナは行ってしまった。
彼女は悪い人ではない……だが、絶望的に僕との相性が最悪だ。
どの辺りが最悪かと言えば、それはそれで問題点を挙げるのも難しい。なにか、こう……なんとなく相性が悪いんだ。
強いて言えば、物静かな人が好きなんだ。
そう、ちょうどプリムラがそうであるかのように。
って、なにを言っているんだ僕は。
プリムラとは何もない。
今だって偽装なだけ。
これはニセモノの関係なんだ。
それだけだ。
「どうしたのですか、イベリス」
「い、いや……ちょっと心臓に悪かったものでね」
「アンナですか。良い子ではありませんか」
「どこが! まあ……彼女はヒソップ伯の娘だから、あまり蔑ろにも出来ないのだが……こればかりは」
ヒソップ伯は子爵。
一応、商売上は懇意にしてもらっているので……無碍にはできない存在だ。けれど、恋愛とは別だ。
僕にだって選ぶ権利くらいある。
眉間を押さえているとプリムラが宝石に魅入られていた。
「それは魔力だけではない。人々を幸せにしたり不幸にしたりする、ある意味では恐ろしい宝石だよ」
「でしょうね。美しいものにはトゲがあるものですから」
その通り。
このパライバトルマリンを巡って戦争が幾たびも起きているほどだから。
「これからどうする?」
「アンナに困っているのでしょう。わたし自身も家の問題で困っています。ならば、困っている者同士助け合うのが幸せを掴む近道ではないでしょうか」
「ぐ、愚問だったな」
「ええ。なので、婚約者であることを周囲に示さねばなりません。このように」
静かな口調でプリムラは僕の頬に触れた。
な、なんだ……妙に素直じゃないか。
こうして大人しければ可愛いものだ。
美しく、気品がある。それこそパライバトルマリンのように神秘的。
……っ!
なんてことだ。僕はいつの間にかプリムラの美貌に心を奪われかけていた。
そ、そんなつもりはないのに。
けど。
けれど。
「プリムラ、ここにいるのかー!!」
ガシャンと扉が開くと、見覚えのあるような貴族が現れた。あの特徴的なヒゲ……片眼鏡。もしや。
「お、お父様!?」
やはり、稀代の変人と謳われし『セイロンライティア公爵』か。
「ここにいると聞いてな。プリムラ、家に帰るぞ」
「……お断りです」
「お前には幸せになって欲しいのだ。理想の相手もようやく見つかったのだから」
「そんなの入りません。わたしにはもう相手がいますし」
「な、なんだと!?」
「この人……イベリスです」
僕の腕に縋りついてくるプリムラ。不意打ちを食らって心臓が高鳴った。……な、なんて大胆な。
しかし、なぜか悪くないと思ってしまった。
いや、そんなことよりもプリムラが危機的状況なんだ。助けられたからには、助けてやらねば。それが“契約”だ。
「彼女の言う通りです。僕とプリムラは付き合っているんですよ」
「……イベリス。お前は娘を捨て婚約を破棄したはずだ」
「そうかもしれません。ですが、愛は本物でした。この通りね」
思い切ってプリムラを抱き寄せる。
顔を僕の胸に埋めた。
表情は分からないが、耳まで赤くしているような気がした。まさかな。
「…………愛か。本当に愛し合っているのか」
「…………(コクコク)」
僕の胸の中で頷くプリムラ。な、なんだか様子がおかしいが、今はいい。
「というわけです、お義父さん。僕がプリムラを幸せにしますから」
「そういうことか。だが、三度目はないぞ! 今度娘を泣かせたら、貴様を豚のエサにしてやるからな!!」
憤慨しつつも、公爵は背を向けた。
なんて迫力だ。
ヘンタイのヘの字もない威厳だ。
公爵が去ったあと、僕もプリムラも脱力した。
「「…………」」
「プリムラ、僕は……」
「……イベリス。わたし、その、えっと……す、す、す……」
「す?」
「素晴らしい演技でした! あはは……。わたしの演技も凄かったでしょう!?」
なんだ、演技だったのか。
一瞬、惚れたんだけどなぁ。
とはいえ、このむず痒い感覚……。僕はいったい、どうしたんだ。