婚約破棄
「プリムラ、もうこのニセモノの関係は終わりにしよう」
イベリスが真剣な顔でそう告白した。わたしにとっても彼にとっても、それは仕方のないことだと思った。
別に愛し合っているわけでもない。
ただ、両親がうるさくて渋々この関係を続けていたにすぎないのだから。
「婚約破棄ですね。分かりました。いいですよ」
「あっさりだね、君は。やっぱり、僕を愛していないんだ」
「当然です。わたしは自由の方が良い」
「やれやれ。毎日溺愛するフリをしてあげてるのに」
「フリで結構です。特別な感情なんてありませんから」
そう、恋愛感情なんて皆無。ない。ありえない。
父も母もお見合いの話ばかりで、ウンザリしていた。だから仕方なく豪商貴族のイベリスなら丁度いいかなって思った。一応、幼馴染だし。
……それに一応顔も悪くないし、両親が納得すると思った。ただそれだけのこと。
「君、今失礼なことを考えてなかった?」
「気のせいですよ。それより、もう関係は終わりですね」
「良かったのか。両親がうるさいんだろ」
「別の人を探します」
「そっか。じゃ、僕は別の良い人を探すよ」
「どうぞ、お好きに」
けれど、なんだろう……ちょっと、ムッときちゃった。別になんとも……思わないのに。
それから一週間後。
またお見合いの話を両親からしつこくされて、わたしは頭を抱えていた。……やっぱり、婚約破棄しなければよかったー…!
青ざめていると、慌てた様子のイベリスがノックもせずに部屋に入ってきた。
「プリムラ! プリムラ!」
「どうしたのです、イベリス。わたしたちの関係は終わったのでは?」
「僕が悪かった! もう一度チャンスをくれないか!」
「はいっ!?」
詳しく聞くと、わたしと別れた後にいろいろあったようだ。どうやら、父親が隣国の貴族を連れてきたようで……凄く太ましい方だったという。あらら……。
「この通りだ。もう一度、僕と関係を続けてくれないか……」
「えー…」
「凄く嫌そうだね、プリムラ」
「当たり前です。だって、イベリスのことは友人程度にしか思っていませんから」
「それはこっちも同じさ。でも、君もうんざりしているんだろ。なら、仕方ない。婚約して家を出よう。それでお互いに干渉しなければいいんだよ」
その手があった。
そうね、こんな家にずっといては変な男と婚約させられる。それは絶対にイヤ。なら、まだイベリスの方がマシかなって思った。
「分かりました。ただし、婚約破棄するタイミングはわたしが選ばせてください。つまり、イベリスの方からは無効ですよ」
「その条件を呑む。……ありがとう」
握手を交わした。
これで、わたしとイベリスはまた婚約を結ぶことになった。これで静かになるのなら……。
…………あれ。
わたし、なんで……ちょっと嬉しいって思ったんだろう……? ううん、気のせいよ。うん、絶対にそう。