拝啓、私の天使
小学校に上がる前に、お父さんの仕事の都合で引っ越した町。
そこで初めて私は、私たちは出会った。
ふわふわの天然パーマと生まれながらの明るい茶髪。
小さな身長と、少しふくよかな体付きに良く似合う、フリフリの真っ白なワンピース。
それが、私が今日まで愛し続けている……瑚白 天羽(こはく あまね)という女の子。
「天羽って、天使みたいな名前だね。」
たしか私は、そう言って声をかけた。
ほんと、どこの少女漫画?ってくらいのくさいセリフ。
だけどあの日の君は……本当に天使みたいに儚げで、可愛かったから。
君は私の言葉に、その長いまつ毛に縁取られた栗色の大きな目をパチクリしたあと……嬉しそうに笑ってくれたよね。
あの日出会った私の天使。
あれから10年。
私はこの天使の隣にずっといる。
小学校、中学校……そして今、高校までずっと。
登下校も、授業前後の移動も、授業中のペアもずっと私たちは一緒。
そんな私を、彼女の王子様みたいって言う人もいたけど……正直烏滸がましい。
私は王子様なんかにはなれないもの。
確かに私は天羽のことが好き。
もし自分が男だったら、出会ったあの日に即プロポーズしてたと思う。
けど残念ながら私たちは女同士。
性別なんて気にするな!と世間の人には言われそうだけど……私はそこまでして大好きな子の人生をもらって、壊す勇気は無い。
こんなに可愛い、少女漫画のヒロインみたいな女の子……かっこいい男の子の横にいる方がきっとお似合い。
だからその誰かが見つかるまで……私の天使を託せるくらいの本物の王子様が現れるまで。
私はそばで守ろうって決めてるの。
このか弱くて可愛い……私の天使を。
見た目も小動物みたいに可愛い天羽だけど、中身も期待を裏切らないくらい可愛い。
女の子らしい可愛いもの……特にうさぎとピンクが大好きな天羽。
そんな彼女のカバンにはふわふわしたうさぎのぬいぐるみが3つついてる。
そのそれぞれに名前をつけていて、毎日その子たちにオシャレをさせては可愛い可愛いって騒ぐのが日課。
性格もふわふわのんびりマイペースの天然ちゃん。勉強も運動もあんまり得意じゃない。
けど家庭科、特にお菓子作りがとっても上手。しょっちゅう学校に手作りのお菓子を持ってきて、でもそれを誰かにあげる訳でも無く自分一人で平らげちゃう。
リスみたいに頬っぺたを膨らませて、それはそれは幸せそうに笑ってるの。
本当に絵に描いたように可愛い、天使みたいな女の子でしょ?
なのにこのかわい子ちゃんと来たら、今の今まで彼氏の1人どころか恋のひとつもしない。
それどころかいつも私にベッタリで休みの日もずっと私の家にいる始末。
困ったなぁ。
こんなんじゃこの子、いつまで経っても結婚できないじゃない。
私はいつになったら安心できるんだろう。
「聖ちゃぁん。」
気づいたら、可愛い天使が私の顔をのぞきこんでいた。
今日も朝起きたら部屋の中に侵入してた彼女は、さっきまで我が物顔で私のベッドに寝転んでいたはずなのだけれど。
「なーに、天羽」
「もおーあたしが居るのに考えごとぉ?」
どうやら少し前から私の天使はかまってちゃんモードだったようで。
机に突っ伏した私に視線を合わせようとして、顎を机の端っこに載せていた彼女の頬はいじけたように膨らんでいる。
「違うよ。いや、違くないけど……天羽のこと考えてたの。」
「えへ……そうなの?ならいいよぉ!許すー!」
ほっぺをピンクに染めて、傍にあったウサギのぬいぐるみを抱っこして左右に体を揺らす。
ほんと、背中に羽が見える気がする。
「ねぇ天羽。そろそろ彼氏出来た?」
「もおー聖ちゃんまたそれぇ?いないよぉ、あたし男の子キョーミないもんっ」
「えー、仮にも花のJKでしょ?天羽可愛いから試しに付き合ってみるとかしたらいーのに。」
「やだやだぁ!そんな暇あるなら聖ちゃんといたいもんっ!あ、ねぇねぇ、あたしね、今日マフィン持ってきたよ?一緒に食べよ?」
いつも誰にも分けないお菓子。
それを私に?
その事実にちょっとびっくり。
「聖ちゃんチョコ好きでしょ?1個はチョコチップで、もう一個は生地にチョコ入れたの。……あともう1個余った生地入れただけのプレーンのもあるよ。」
わざわざ可愛いクマちゃん柄の袋にひとつずつ包まれた、マフィン。
5つあったそれのうちふたつを私の手のひらに乗せてくれる。
「凄いねえ、天羽。お菓子作りの天才ちゃんか?」
「えへへぇ。ねぇねぇ、食べてみて?聖ちゃん全部チョコとチョコチップの、どっちが好きかなぁ。」
私がひとつ食べ終わる前に、天羽はマフィン2つをペロッと平らげて。
余っている最後の一個を、物欲しそうに指を唇に当ててみてる。
「いーよ。天羽が持ってきたんだから。好きなだけ食べて。」
「いーの?わぁい!」
もくっと効果音がしそう。
小さな口でふわふわのケーキにキスするみたいにかぶりつくその顔。
本当は誰にも見せたくないけれど……残念だけど人間の三大欲求『食』の度にでるから仕方ないよね。
「ねーぇ、聖ちゃん?」
「んー?」
「聖ちゃんこそ……彼氏、いないよね?」
上目遣いで首を傾げてくる。
突然どうしたんだろ、と思って私も首を傾げると、彼女はモジモジと膝を擦り合わせた。
「いっつも彼氏のこと聞いてくるから……聖ちゃん好きな人出来たのかと思って……」
「いるわけないでしょ」
「うー……ほんとぉ?」
「ほーんと。私の一番は、天羽だもん。」
そう言ってふわふわの髪の毛を撫でてあげると、彼女はえへへと顔を蕩けさせる。
本当に可愛い、私の天使。
だからこそ早く、この子の王子様を見つけてあげなくちゃ。
好きな子の幸せが……私の幸せだもの。
「天羽、ほっぺついてるよ?」
「んぅー?取ってぇ、聖ちゃん」
彼女の可愛い甘えた声に逆らえるわけなんかない。
欠片を指でつまんであげる。
それを食べようとしたら、何故か手をぐっと掴まれた。
「?なぁに?」
「あーむっ」
「わ!」
ぱくんっ、と小さなお口に私の指が包まれる。
え、何、なんで私の指、くわえられてるの?
あったかい粘膜がもにゅもにゅと私を弄んだあと……透明な糸をひいて開放される。
「ねぇ、聖ちゃん?聖ちゃんの一番は天羽なんでしょ?」
「う、うん」
「ならさぁ、早くあたしの一番になってよ?」
「……へ、ぇ?」
「彼氏じゃなくて……あたし、聖ちゃんがほしーなぁ?意味、分かるでしょ?」
いたずらっぽく笑う彼女。
その顔は十年そばにいたはずなのに……初めて見た気がした。
「だ、だめ、だよ天羽。だって女の子同士だよ?私、天羽の未来、壊したくな……」
「あはぁ、優しーねぇ聖ちゃん。でもぉ、聖ちゃんが我慢できてもあたしは我慢できないの。ねえ……壊してよ、私の未来。あたしの、彼女になって?」
綺麗な彼女の顔が視界いっぱいになる。
ふわふわの髪の毛が首に擦れて……彼女の柔らかい胸が、私のそれを押しつぶす。
唇に触れた、その熱からは溶けたチョコレートの味がした。
おかしいな、ビターチョコだった気がしたんだけど……なんでか、甘く、感じる。
「あー、聖ちゃんお顔真っ赤だよぉ?かわいー。でもそれ……あたし以外にみせちゃダメ」
至近距離で唇をペロッとなめながら微笑む彼女。
10年間、そばに居たのに……なんで気づかなかったんだろ。
もしかして私の天使は。
「聖ちゃんは、あたしの……あたしだけの天使なんだから。」
小悪魔、だったりするのだろうか。