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なんだか、何度も文を往復した相手というのは、気ごころが知れていて、楽しく書ける。
(この人が、運命の人なのだろうか?)
松風も猛烈に推薦するし、この人ぐらいが関の山、それが世間の目。
(この方もそうなのだろうか。そう思って、落ちぶれ姫が、受領の俺様で我慢しろと言っているのだろうか)
綺麗な文の体裁を見ると、そうとは思えない。
最近も、美香子の窮状を知って、食べ物や衣服を届けたり、里帰りしていた侍女の松風を呼び戻してくれたりした。
「書いたわ、持っていって」
「はい・・・お受けなさいますのですか?」
「それはまだだけど、いずれ、それはお返事するつもりよ。松風のためにも、良い暮らしをさせてあげないといけないし」
「姫様、私のことなどいいのです。私めがどうなろうと、構いません。姫様は姫様の気に入る方と幸せになってくれたら、それが一番です。でも、受領でも、家は安定ですし、そこらへんの傲慢不遜な貴族よりは、幸せになれると思いますけど」
「分かったわ、その人を推薦するってことね。持って行って」
「はい」
松風が部屋を出て行って、美香子は真剣にこの申し出を受けるかどうか、考えた。
(とう様と母様といっしょに、東山のお寺へ参拝に行った時が一番楽しかったわね)
父と母とで近くの神社へお参りに毎年行っていて、帰りに甘い餅を買って帰る時が一番幸せだった。あれからすぐに父と母は流行病に次々かかって、他の人々と同じく火葬にされた。泣いている間もなく、すぐに連れていかれて、隔離されてから、ずっと会わなかったから、本当に一瞬のことで、今でも目にあかあかと燃えていた西の空を憶えている。
(感傷に浸っていては駄目ね)
かつての楽しい日々は、そこで終わりを告げたのだ。これからは、何としても自分で乗り越えねばならない。
(松風の生活の面倒も見てやらねばならない。自分がしっかりしないと)
今は、母に聞きたい。大事な人とは、この人なのかと。でも、もう聞けない遠くへと行ってしまった。かつて、母に大事な人から文をもらって、その人のところへ行くのよと言われのを憶えている。だから、運命の相手からの文というのは、特別に大切なものだ。
美香子は、送られてきた受領の文をじっと見つめる。
(貧しい中、助けてくれる人だし、良い人かも)
親戚や近隣の人に頼っても迷惑がられたし、広い世界でこのような助けをしてくれるのは、この人しかいない。
(今はとても、この人が有難い)
自分のような埋もれる家の娘に向かってくるところも、ちょっと損なタイプを思わせる。そういうところも何か、悪い人そうではない気がする。
(この人、なのかな?)
文は、親戚に窮状を訴える文を送るようになっても、老人貴族に求婚断わりの文を送るようになっても、いつでも常世の国に辿りつく存在だ。少なくとも、美香子の中では、文は大切な存在だ。
(でも、手紙一つではねえ、これで私の未来が決まっちゃうのかな)
彼の歌や手紙の文面を読むと、悪い人とも思えない。思いやってくれる気持ちは感じるから、この人は本当に美香子を大事に思っていてくれるのかもしれない。けど、この文を頼りにしてなど、なかなか思いきれるものではない。
(私のような者を好き好んでなんて、もしかして、おかしい人でないかしら・・?)
こう落ちぶれてしまっては、美香子も甘い夢も、色恋だののときめきも諦めてしまった。どうしても冷めた目で見てしまうのだ。
(直接会って、確かめられたらいいけど・・)
近江の国にいる方なのだそうだ。都に来るのは、仕事や所用で来る程度だそうで、今まで一度も、美香子は彼に会ったことはない。