12月23日
「ありがとう!! ちーくん!!」
工藤さんから掛けられた言葉を思い出しながら、思い悩むこと1日。
今日も今日とて、いつもと同じように学校へと向かう。俺の学校は少し変わっていて学期終了後も補習授業がある。二学期終わりにも当然あるわけで、それが30日まで平日の間は続く。出るか出ないかは自由だけど、俺はなるべく出るようにしていた。
変わらぬ時間にカバンを持って駅に向かって歩いていると、昨日も会った小柄な女の子が目の前の交差点を曲がって、駅に向かい歩いているのが見えた。
――今日も会ったな……。
それまで女の子と会った事はあるにはあったが、自分と同じ時間帯に学校へと向かう人の方が珍しいので、連日見かけるという事の方が珍しかった。
昨日話したとは言え、俺と彼女は友達ではない。知り合い以上にはなったかもしれないが、それは落ちたものを拾ったことが有るからであって、そんなことが無ければこちらから声を掛ける事もなかっただろう。
彼女の方だって、まさか連日同じヤツから声を掛けられるとは思ってないだそうし、もしかしたら男が苦手な人かもしれない。
今は何にでもリスクが伴うので、声を掛けることに関しても慎重にしていて間違いはないだろう。
そんな事を思いつつ歩いていたら、目の前にコートに身を包んだ小柄な見知った顔が見えていた。
「おはよう」
「え? あ、お、おはよう?」
「あはは……どうして疑問形なの?」
「いや、どうしてって聞かれてもな……」
顔に手を当てながらくすくすと笑う彼女は、先ほど見かけた工藤さんだった。その手には今日はしっかりと青い手袋をはめている。
「寒いねぇ~」
「そうだな、冬だしな」
「あはははは。確かに」
そりゃそうだと言いながら工藤さんはクスクスと笑う。
――やっぱりなんだろうなこの感じ……。
どこかで同じような事を言った記憶があるが思い出せない。そのことに少しイラっとする。
「ところでさ……」
「ん?」
隣をトコトコと付いてくる工藤さんが、顔を俯かせながら訪ねてくる。
「明日って何か予定ある?」
「へ?」
急に予定を聞かれたことに驚く俺。
「な、なんで?」
「いや、さ。その……」
「ん?」
工藤さんは何やらもごもごと言っているようだけど、よく聞こえない。
「い、飯間君て彼女さん居るの?」
「へぇ~!?」
こんどばかりは驚きすぎて変な声が出たのと同時に、その場で立ち止ってしまった。
「いるの? いないの?」
「いないいないいない!! どうしてそんなこと聞くの?」
「じゃぁさ……明日って……時間ある?」
俯いていた顔を上げた工藤さんは、耳まで真っ赤に染めながら目を潤ませていた。
「あ、有るけど……でも夕方からだよ?」
「そうなんだ……ちょうどいいかも!! 私も部活あるし!!」
むん!! というようなセリフが似合いそうなほどに、彼女は両手を力強く握りしめるポーズをとった。
「部活何しているの?」
「バスケ!!」
――そんなに小さいのに?
「あぁ~!! 今小さいのにバスケしてるのか!? て思ったでしょ!?」
「い、いや思ってないよ……」
思っていた事が図星を突かれてどもる俺。
「確かに私小さいけどさぁ~。けっこう気にしてるんだよ?」
「ご、ごめん」
「あぁ~!! やっぱり思ってたんじゃない!!」
「あ!?」
ぽかぽかと背中を叩いてくる工藤さんだが、痛みはそんなになかった。それ以上に不思議なモノで、そのやり取りを懐かしいと思ってしまっている俺がいる。
――今までこんなこと無かったのに……。
困惑する俺。そんな俺をよそに工藤さんはてくてくと歩き出した。
「さ、早く行こう!! ここで話してても寒いだけだし、電車に乗り遅れちゃうから」
「そうだな……」
急かされる様にして俺も工藤さんの背中を追う。「早くぅ~」と言いつつ待ってくれている工藤さんを見ながら、俺の胸の奥で何かが動き始めたような気がした。
電車が来る前の少しの時間で、工藤さんと連絡先の交換をしたりちょっとした世間話のようなものをして過ごした。短い時間だったけど、今学校で話をしている友達よりも楽しいと感じる。そして工藤さんと話をすると何故か俺と同じようなものに興味があるようで、そのことに驚きつつも会話が弾んでしまうのだ。だから会話が途切れることが無い。
今までなら、電車が来るまでの間は本を読んでいたり、音楽を聴いたりしているだけで、話をしながら投稿登校するというようなことは無かった。この二日間だけでとても変わったような気がするけど、こんな時間が続かない事も知っている。
そうこうしている間に、俺たちの乗る電車がホームへと入って来る。昨日と同じように工藤さんをかばうようにしながら中へと入って行った。そして昨日と同じような恰好になるのだが、今日は違う事が一つだけあった。
「あの……工藤さん?」
「なに?」
電車に揺られながら工藤さんに話しかける。
「どうして今日は初めから掴んでいるの?」
「え? その……この方が後で掴むよりも良いかなぁ……なんて思って」
そう。今日はなんと乗り始めて場所を確保した時、未だ向き合ったままなときから、工藤さんは俺の制服の左袖を右手でギュッと握っていたのだ。
「まぁ工藤さんがいいなら、いいんだけどさ」
「そ、そう? ありがとう……ちー……」
電車に揺られながらなので、工藤さんの声は最後まで聞こえなかったけど、お礼を言われたことは分かる。
数駅そのままの状態で載っていると、工藤さんの降りる駅の近くまで来ていた。時間的にはいつもと同じはずなのに、何故か短く感じるのは何故なのだろう? そんな疑問を感じながら今日も昨日と同様に工藤さんを連れ出すように電車をいったん降りる。
工藤さんがしっかりと付いて来て、電車から少し離れたところまで来たことを確認して、俺はまた電車に戻るために歩き出した。
電車に戻って工藤さんの方へ視線を向けると、やっぱり今日も両手をぶんぶんと振っていた。周りからの視線に耐えながらも、俺もそれにこたえるように小さく手を振る。
そしてドアが閉まる瞬間に――。
「ちーくん!! 今日もありがとう! 後で連絡するね!!」
「え? あ、あぁ……」
昨日と同じような声を掛けられながら、戸惑う俺をよそに電車のドアが閉まり、再び走り出した。
遠くなっていく工藤さんを見つめながら、振っていた手を止める。
――間違いない。今日も「ちーくん」て呼ばれたよな。
電車に揺られながら俺は考え事を始めた。
学校に着いてからも考える事を止めず、そのまま一日あった補習授業も頭に入らない有様。でも仕方ないのかもしれない。なにせ俺が今住んでいる場所で俺の事を『ちーくん』と呼ぶ相手に会ったことが無かったのだから――。
俺は転勤族だった父親の仕事の都合で、結構な数の引っ越しを経験してきた。始まりは小学校2年生の春。その時は幼稚園から一緒の友達と別れる事が嫌で、ワンワンと泣いたことを覚えている。次に引っ越しをしたのが中学生になる直前の春で、この時にはそんなに泣くことは無かった。ただ仲良くいつも一緒だった友達とは、再会することを約束しながらも親の転勤場所と期間が安定していない事もあって、未だに果たせないままでいる。
中学2年生の時と3年生に上がる前にも引っ越しをしたのだが、現在住んでいる場所は小学生の時に住んでいた所からはずいぶんと離れてしまった。さすがに高校受験の事もあって今は落ち着いたのだが、いつまた引越しをすると言われるのか分からない状態ともいえる。
そんな環境が有ったからか、俺は友達と呼べるようなものを造ることが出来なかった。仲良くなった人たちは確かに居るが、それが本当に友達なのかと尋ねられると、俺は首を傾げて考えるしかなくなる。
それほど、出会いと別れがすぐ近くにあった生活をしていた。
そんな俺をあだ名で呼んでいたヤツは、俺が覚えているだけでも数えられる位しかいない。
――そんな連中の中で、俺をちーくんと呼んでいたのは……。
記憶の中でソイツの顔を思い出す。しかしさすがに違うと頭を振った。
――あいつは男だぞ!! それにアイツは工藤なんて苗字じゃなかったはずだ。
仲良く遊んでいた記憶。一緒にミニバスケをしていた記憶。いつも一緒にいたのは確かに男の子だった。
考えては頭を左右に振る。そんな事を繰り返しつつ、俺は尚も深い思考の奥深くへと潜っていくのだった。
気が付くと、いつの間にやら学校からも帰ってきていたようで、すでに俺は着替えもすまし自分の部屋のベッドの上に寝転んでいた。
どうして気が付いたのかといえば、近くに転がったままのスマホが震えていたから。
既に時間も20時近くになっており、俺の知り合いにこんな時間にかけてくる奴はいない。訝しげになりながらもスマホの着信を確かめると、そこには『工藤さん』と表示されていた。
慌てて着信にでる。
『もしもし?』
「はい」
『えぇ~っと……飯間君?』
「うん。工藤さん……でいいんだよね?」
『そうだよ』
そんなぎこちないやり取りが少しばかり続いた。
『明日だけど平気?』
「うん。言った通り夕方からなら大丈夫だよ」
『じゃぁさ、駅前に17時集合で良いかな』
「わかった。大丈夫だよ」
工藤さんは本当に明日俺と会うつもりのようだ。次々に予定が決まって行く。
「聞きたいことが有るんだ」
俺は意を決して聞いてみることにした。
「明日は俺でいいの?」
『ん? どういう事?』
「いや、だってさ、明日はクリスマスイブだよ?」
『そうだね。でもだからという事でもあるよ』
「どういう事?」
『約束したじゃない?』
「約束? 君と?」
『そうだよ!! 忘れちゃったの?』
工藤さんの問いかけに俺は考えるが、確かに約束はした。
「でも昨日の今日で、俺たち知合ったばかりなのに」
『……そっか……うん。明日になったらわかるよ』
「え!?」
『じゃぁ、あしたねぇ~……プ。プー・プー……」
「切れた……」
工藤さんの言う、明日になればわかるという言葉の真意を知ることが出来ないまま、俺はもやもやした気持ちのままに眠れぬ夜を越すことになったのだった。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
次回が最終話!!
12月24日
にてお会いしましょう!!
本日中に最終話(12月24日)まで更新します。
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