12月22日
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・生活環境などは架空の物です。
数話だけの短期連載です。
「落としましたよ……」
通勤や通学など人で込み合う駅のホームで、こちら側に歩いてくる人たちにぶつからない様にと歩く、もはや慣れてしまった日常のワンシーン。しかしこの日は違った。
高校も2年生になって既に冬の足音が聞こえてくるころになり、家を出るのもつらく感じる毎日を、それでもいつも通りに過ごしていく。2年生になったからと言って、これと言って今までと変わる事は無い。学校にいるクラスメイトにとっても全校生徒にとっても先生にしても、俺こと飯間主税という存在は、インパクトの無いありきたりな生徒の一人にすぎなかった。
実際に俺は特に何かにのめり込んだりもしていないし、目標にしている事もない。只々毎日を無駄にするような生活を送る。朝起きて時間になったら学校に行って、一日の授業が終わったらそのまま家に帰る。少し勉強をしてゲームして風呂に入り寝る。その繰り返し。
欲しいものが無いというと無欲と捉えられるかも知れないけど、実はそうじゃない。欲しいものはあるけど、手にすることは難しいと知っているからこそ自分の中で諦めてしまった物はある。だから今は無いといった方が正しいのかもしれない。
それは当たり前に生活していれば手に入れられる様なものじゃない。だからと言って頑張ってみれば手に入る物でもない。どうすればいいかなんて事を聞いたり読んだりはするけど、自分には全くその『感情』が分からなかった。
――だからこそ諦めてたんだ。
体を通り過ぎる風が、少し肌を刺すような痛さをもたらし始めた12月の末。いつものように何も考えることなくホームを歩いて行く。自分が乗る車両はいつも決まっていて、その車両に乗らない日があると一日がなんだかよくない日になった気がした。
この日も変わらない日になるはずだったんだけど、少しだけいつもと違ったことが起こる。
目の前を自分よりもかなり小さな女の子が同じ方向へと歩いていた。格好からしても同じ高校生だとは思うのだけど、あいにく制服の上にコートを羽織っている様で、どこの生徒なのかは分からない。
行きかう人で込み合う中を一生懸命によけながら歩くその女の子は、人を避ける度に背中に流られた長い黒髪をユラユラと揺らしていた。
毎日同じ時間の電車に乗っている自分には、この時間にこのような恰好をした女の子に会うことが無かったと思い出す。学校に向かうのであれば実はもっと遅い時間の電車でも間に合うから。つまりは今から乗ろうとしているのは通勤する大人の人たちが乗る事が大半で、俺や目の前の女の子が乗るような電車ではない。
そんな事もあって「珍しいな」と思いつつも、その女の子の後を追うように歩いていた。
ぱさっ
そんな軽い音が聞こえて来たかと思うと、俺の歩く前に青い何かが落ちていた。近づいて拾い上げると青い手袋であることがわかる。しかも片方だけ。
――あの子のかな?
「落としましたよ……」
俺は少しだけ距離の開いてしまった女の子に駆け寄ると、出来る限り小さな声で話し掛けた。目の前を歩いていた女の子が声を掛けられたことに驚いた様子で俺の方へ振りむく。
「これ……あなたのですよね?」
再度問いかけるように声を掛けるのと同時に、拾った手袋を女の子の目の前に差しだした。
「え? え?」
そう言いながら目の前に差しだされた手袋を見る女の子。そしてようやく自分の持ち物かもしれないと思ったのか、色々なところを探し出す。すると、コートの中から片方だけになって寂しそうにしている同じ色の手袋が出て来た。
「あ、はい。私のみたいですね」
手袋を見て冷静になったのか、女の子は俺の方へと視線を向けて来た。
クリッとした大きめな淡い栗色を帯びた黒い瞳と、鼻筋の通った整っている小さな卵型の顔。そして本当に同じ人間なのかと思う様な、透き通ると表現しても間違いじゃない程の白い肌。
――あれ? この子……。
女の子の顔を見た瞬間に、俺はどこかで会った事があるような気がした。
「ありがとうございます!! 手袋が片方だけじゃ寂しいでしょうしね」
そんな言葉を返してくれたのと同時に、へにゃッという感じに笑顔を見せてくれた。
「あ、うん……そうだね」
笑顔に引き込まれそうになった俺は、慌てて自我を取り戻し、それだけを返すので精一杯だった。
「あの、お名前は?」
「俺……の?」
「もちろんです」
立ち止まりながら話すのも邪魔になるかと思い、そのまま俺はいつもの場所に行くために歩き出した。彼女も俺に合わせてあるきだし、横をトコトコと付いてくる。
「お名前を……」
「あぁ、そうだった……。俺は飯間主税。〇〇高校の2年生だよ」
「やっぱり……」
「え? なに?」
「あ、いえ何でもないです。私は工藤灯です。〇〇学院の同じく2年生です」
「へぇ~……。同じ学年だったんだ……」
「それ……どういう意味ですか?」
聞き返してくる彼女は笑顔だったけど、少し怖かった。
歩きながらも会話は続き、いつも電車に乗る場所まで来てしまったけど、彼女はそのまま一緒に乗り込む様で、俺の横から動こうとしなかった。
「あのさ……」
「はい?」
電車が入って車で数分はあるので、彼女に声を掛けた。
「女性専用車両はあっちだよ?」
「そうですね」
「そうですねって……」
「大丈夫ですよ。何かったら飯間君が何とかしてくれますよね?」
「え? いや、まぁ……出来ることはするけどさ……」
彼女は俺に向けて屈託ない笑顔を向けてくる。
――そんな顔されたらさ……断れないじゃん。
彼女の顔を見ながら大きなため息をついた。
数分後にホームに入ってきた電車に、彼女と一緒に乗り込むと、予想していた通りに電車の中はかなり混雑していた。入り口のドア付近にしか入る余裕が無かったので、俺は彼女をかばう様な立ち位置を取りつつ、彼女を少し奥の方へと誘導する。出来る限り周りに迷惑をかけないように小さくなりながらだけど、それだけで少し疲れてしまった。
「ありがとう」
「あ、うん。いいよこれぐらい」
彼女は恥ずかしいのか小さいながらも俺にお礼をしてくれる。その声は俺の真下から聞こえて来た。つまりは彼女を抱え込むような形で位置取りしてしまったという事。既にドアは閉まり電車は走り出しているので、下手に動くこともままならず、そのままの位置取りで進んでいる。
なるべく彼女に触れないようにはするのだけど、努力の甲斐は無く満員電車の餌食となって、距離をとるどころかますます彼女にくっついてしまった。
「ご、ごめん」
「いいよ。仕方ないよ混んでるんだもん」
コートを着ているとはいえ、彼女にくっついている状態では、彼女の温かさを感じてしまう。
――小柄だと思ったけど、案外……。
「飯間君?」
「え?」
「何か変な事考えて無い?」
「え? あ、いや!! そんなこと無いよ!!」
「そう? 別にいいけど」
彼女の言葉にドキッとしてしまった俺は、慌てて否定の声を上げた。しかし思った以上に大きな声だったようで、周りの人達からの視線に晒され恥ずかしくなる。
そな元凶になった彼女の方へ視線を向けると、彼女は頬を少し赤く染めながらくすくすと笑っていた。
――この笑顔どこかで……。
彼女の笑顔を見ていると、やっぱり何かが心のどこかで引っかかるような気がする。
でもそれが気のせいなか、それとも何かの前触れなのかなんてこの時の俺には分からなかった。
それから電車は進んでいく。
俺が通っている学校は工藤さんが通っている学校の二つ先が最寄り駅。なので先に工藤さんが降りることになるので、工藤さんの学校がある最寄りの駅に近づき始めた事を確認して、体勢を変える。
出来る限りスムーズに工藤さんが降りるためには、自分が先に道を造る事が大事なので、すぐにでも動けるように工藤さんに背中を向ける。
ぎゅっ
何かに背中を引っ張られるような感覚に少し驚いて、後ろを振り返ると背中で服を握る手が見えた。
「工藤さん?」
「え? あ、その……このまま掴んでいても良いかな?」
俺を見上げる工藤さんの顔は先ほどよりも赤くなっていた。
「え、構わないけど、大丈夫?」
「な、なにが?」
「顔……赤いけど……」
「え!?」
更に顔を赤くする工藤さん。
「だ、大丈夫だから!!」
「そ、そう? それならいいけど……」
そんな会話をしている間に、電車は最寄り駅のホームへと滑り込んでいく。
ドアが開いた瞬間に俺が勢いよく歩き出すと、背中から引っ張られるような感覚が続く。そのことを確認して後ろを振り向かずに前だけを見て歩く。そして工藤さんも俺を離さないようにしっかり付いて来てくれるのでそのままホームへと連れ出すことが出来た。
俺はこのまま同じ電車に乗らなければならないので、急いで電車の方へと足を動かす。何とかドアが閉まる前には電車の中に戻る事が出来た。
電車の中で一息ついてから工藤さんの方を見ると、両手を振ってくれていた。
電車の発車メロディが流れ始め、ドアが閉まろうとした瞬間――。
「ありがとう!! ちーくん!!」
そんな言葉が聞こえて来た。
両手をぶんぶんと振る彼女の事を見つめていると、電車は走り出す。彼女の事が見えなくなるまで俺はその姿を見続けていた。
――何故君がその呼び方をするんだ? 彼女は誰だ?
頭の中でそんな思いがぐるぐるとめぐり、この日一日は全く何も頭に入って来ることは無かった。
高校2年の12月23日、俺はそれまでとは違う非日常に遭遇したのだ。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
少し早い(まだ一カ月先だけど)んですが、クリスマス用にと書きました。
メイン連載作品関連以外では、久しぶりに恋愛物(?)の単発連載です。少しでもきゅんとなって頂ければ嬉しいかな。
ではでは。
次回 12月23日
でお会いしましょう!!
本日中に最終話(12月24日)まで更新します。
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