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8.推しが好奇心旺盛で可愛い

外でスズメの鳴き声が聞こえ始める。

ほとんど瞬きをせずに魔王様を見つめ続けた私の目はカラカラで、日の出の瞬間をカーテン越しに把握していた。


まさか一睡もせずに仕事へ行くことになるとは。

寝ていないにも関わらず、ずっと魔王様の寝顔と睫毛観察(数えてた)をしていたので元気はいっぱいだ。

寝返りもせずにいたから身体が少し軋んでいる。


麗しの魔王様は今も目の前にいて、突如消え失せるなんてことはなかった。

夢オチの心配もない。だって寝ていないから。


魔王様のまぶたがゆっくり上がっていく。

ブルーサファイアの光彩が少しずつ姿を現して、焦点の合わない視線がゆっくり私へと定まった。

まるで目の前で開花の瞬間を見たような感動がある


「……おはよう、あかり」


うわぁ! 覚えててくれた!


じたばたと暴れまわりたい気持ちを必死で堪え、眠そうな微笑を目に焼き付けながら「おはようございます」と蚊の鳴くような声で返した。

もうこれだけで死んでもいいと思えた。


ぐうとお腹が鳴る。

頬に熱が上った。

そういえば昨日の昼から何も食べていない。

夕飯を食べる余裕もなく雑誌を開いて、それからはパニックの連続だったから。


それからハッと気づく。

魔王様だって、少なくとも夕飯抜きの状態のはずだ。

ここに来る直前まで文字通り死闘を繰り広げていたのだから、ひょっとしたら丸一日食べていない状態かもしれないのに。

そんなことにも気付かず呑気に寝顔観察になんてして。


「私は信者失格です……」

「起き抜けに何事だ」


自責の念で目に涙をあふれさせると、魔王様がギョッとした顔になった。


「魔王様お腹は空いていますか!?」


水滴となって零れ落ちる前に、ガバッと起き上がって勢いよく問う。

せめて今からでもなんとか挽回せねば。


「あ、ああ、そうだな……そういえば……」


つられたように起き上がりながら魔王様が言う。


「もしかして食事もされたことないとか!?」


そういえば魔族の食事シーンは描かれたことがなかった。

正直ものすごく見たかった。だって魔王様が何かを食べる行為なんてさぞかし艶っぽいはずだ。

勇者パーティのキャンプシーンでは、何度も美味しそうなキャンプ飯が描かれていたというのに。


「さすがに食事はするとも」


苦笑する表情に見惚れる。

寝乱れた三つ編みさえ愛おしい。


「だが魔族と人族とは食すものが違うだろう」

「例えばどんなものを食べてらっしゃいました?」

「そうだな、鳥とか猪とかをそのまま食べていた。人族はいちいち焼いたり味付けをしたり面倒なことをしないとダメなのだろう?」


わぉワイルド。

口から血を滴らせてお肉にかぶりつく姿なんてめちゃくちゃ見たい。

だけどさすがに牛一頭狩ってくるとかは出来ないので諦めるしかなさそうだ。


「ダメということもないですが……そっちの方が美味しくなるので」


料理をする文化がないだけで受け付けないというわけではなさそうだ。


「私で良ければお作りしますが」

「良くないわけがない。あかりには何もかも世話になりっぱなしだな」


言って申し訳なさそうに笑う。


だけど彼が言うほど大したことは何もしていない。

私がしてあげられることへの対価なんて、その表情だけでおつりが出るくらいなのに。


「では! 作ってまいります!」


テキパキと身支度を終えてキッチンに立つ。

この狭い家で充実しているのは寝床とキッチンだけだ。

節約のために自炊前提で引っ越してきたから、コンロは三口、冷蔵庫も一人暮らしにしては大きめの物を置いている。


冷蔵室と冷凍室をざっと見てメニューを組み立てる。


今ある中身から、最大限にいい食材を選んで出来るだけ美味しいものを作りたい。

お取り寄せで高級品を買う習慣がなかったのが悔やまれる。


冷凍庫に銀ダラの西京焼きレトルトパックを見つけて迷いなく手に取る。

友人が旅行に行ったときに送ってくれたものだ。

おめでたいことがあった時用にとっておいて良かった。

私のは鮭の切り身で十分。

プラス早炊きだけど炊きたてのお米と味噌汁、それからほうれん草の胡麻和えと漬物を少し。

かなり所帯染みているけど今日はもうしょうがない。

魔王様を飢えさせるよりは余程マシだ。

今日は仕事帰りに高級スーパー寄って帰ろ。


毎日自炊なので手際は悪くないと思う。

ついでに昼ごはんも作っておこう。

ああ電子レンジの使い方を教えておかなくちゃな。


「……あの、座って待っててくださっていいんですよ?」

「なに、気にするな」

「気にするなと言われましても……」


キッチンの隅っこに立って魔王様が私を観察している。

物珍しいから見ているのだろうけど、緊張するからやめてくれとは言えず、極力心を無にして料理を終えた。



「お口に合うといいんですけど……」


ひたすらに恐縮しながら食卓に並べる。

お箸が使えるとは思わなかったので、スプーンとフォークを置いた。


「あかりのそれはどう使う」


私の箸を見て魔王様は興味津々だ。


「ええとこれはお箸といって、こうやって、」


実際にほうれん草を掴んで実演してみせる。

食べるところまでじっくり見られるのは恥ずかしいけれど、好奇心に満ちた表情が最高だったので何も言わなかった。


「俺もやってみたい。もうひとつあるか」


チャレンジャー魂まで愛しい。


やめた方がいいですよとは言わない。

請われるままに来客用の箸を出してきて渡す。


もちろん、初めてで上手くいかずボロボロ食べ物を落として慌てる魔王様が見たいという下心満載だ。


案の定一度の実演では上手く掴めなかった魔王様が不服そうな顔をする。

結構負けず嫌いなようだ。

解釈一致。


「正面からでは分かりづらいな。もう一度やってみてくれ」

「ひっ」


何気なく言って、私の隣にごく自然な流れで座る。

あまりの至近距離に小さく声を上げると、魔王様が不思議そうな顔で首を傾げた。

ソーキュート。


こうして私は奇声を上げる変な女として認識されていくのだろう。


魔王様は有能優秀なだけあって、少しの失敗だけですぐに箸を使いこなし始めた。

銀ダラを優美な動作で口許に運ぶ様を、当初の目的を忘れてうっとり見惚れてしまう。


「……美味いなこれは」


ほう……っとため息交じりに言うのさえ麗しい。


「これは魚か。なるほど、調理次第で元の素材を活かして何倍にも美味くすることが出来るのだな。人族はすごいな……いや、あかりがすごいのか」

「いえそんな! 私はただレシピ通りに作っているだけで!」


特にそれはレトルトだし。

物凄い勢いで否定すると、魔王様が顔を顰めた。


「自分を卑下するものではない。料理だけではない。あかりはこんな状況にも柔軟に対応し異界の存在である俺を受け入れる度量の深さもある。もっと誇るべきだ」

「いえそれは相手が魔王様だったからであって」


謎のおっさんが落下して来たら事情も聞かずに追い出す自信がある。

いやさすがに事情くらいは聞くかもしれないけど。

それでものすごく困っているようだったら、少しくらいは助けようとするかもしれないけど。


こんなに協力的なのはやっぱり魔王様が相手だからだ。

漫画を読みこんだおかげで、魔王様の心が綺麗だということも優しい人だということも知り尽くしている。だからこそ安心して泊めることが出来るのだ。

現に一切不埒な真似はされていないし、まあただ食指が動かないだけという可能性も大いにあるが、彼が出現してから嫌な思いは一度もしていない。

だからやっぱり私の度量の問題ではない気がする。


「あかりは優しい人間だ」


それでも最推しである魔王様にそんな風に言われるのは嬉しい。

それ以上否定するのも違う気がして、素直にそのありがたいお言葉を頂戴することにした。


「あのええとじゃあ、ありがとう、ございます」


嬉しいのと恥ずかしいので変な薄ら笑いを浮かべながら礼を言う。

ふひ、という声を堪えて頭を下げた。


さぞ気持ち悪い表情だっただろうけれど、魔王様は「礼を言うのはこちらだろう」と闊達に笑った。



「ごちそうさまでした」

「ごち……そうさまでした」


両手を合わせて言う私に、分からないなりに礼儀作法を真似て魔王様が言う。

ちなみにいただきますもちゃんと言っていた。

異世界の習慣を少しでも覚えようとするその姿勢は尊い。そして可愛い。


「あっ、いいですよ私やりますから!」

「そんなわけにもいくまい。タダ飯食らいなのだからこれくらい手伝わせよ」


どれだけ遠慮しても魔王様は食器を下げるのを手伝ってくれた。

それから食器を洗う私の様子を隣でつぶさに観察して、感心しつついろいろなものの使い方を私に聞いた。

学習意欲が高いのも尊敬してしまう。

上に立つ人はこうでなくてはならないのだろう。


異世界に来たばかりの魔王様にとってはすべてが学びの機会なのだろうというのは分かっている。

分かっているけどなんだろう、なんかこれ、新婚生活みたいだな?


厚かましいことを思いながら一人で盛大に照れて、キッチンで並んで立つ魔王様の存在をありがたく享受することにした。

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