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3.推しこそ私の生きる意味

「つまり、ここは勇者が元居た世界ということか?」


簡略化された下手くそな説明に、魔王様は理解を示し始める。

頭の回転も速ければ柔軟性もある。

完璧超人かな?


「全く同じかはわかりません。けど、かなり近い世界観ではあると思います」


作者様は純日本人だし、連載初期に少しだけ描写された元世界は現代日本に見えた。

たぶん作者様御本人は自分のいる世界を描いたつもりだろう。


だけどここに勇者が存在していたかと聞かれれば、答えはおそらくノーだ。

魔王様が今目の前にいることを考えれば、勇者も本当にこの世界に居た可能性もなくはないけれど。


「その伝承とやらでは、俺が死んだあとどうなったと書いてある」

「それがその、伝承はまだそこまでしか描かれていないので……」


わかりません、と尻すぼみになる。


なんてことない風を装っているが、魔王様が今一番知りたいのはそこだろう。

なのに私には何も答えられないのが歯がゆかった。


私にできることは、行間を勝手に読み取ってわずかな表情の変化であることないこと妄想し、本誌の展開に振り回されて踊らされることだけなのだ。


「まだ、ということはそのうち続きが書かれるということか?」

「ら、来月になればまた、新たな伝承が開示されるはずなのですけど」

「そういうものなのか? この世界の伝承は変わっているな」


魔族の王たる自分が殺されて、残された魔族たちがどうなってしまうのか。

勇者が魔王を打倒したことに勢いづいて、魔族たちを蹂躙していないか。


それらのことが、自身が放り出された異世界の現状よりも気にかかるのだ。


私達読み手とは違って、魔王様は勇者の性格や事情を知ることが出来ない。

だからより一層不安になっているはずだ。


もちろん勇者が魔族の領地を荒らすような愚か者だとは思わない。

だけどそれはあくまでも私の希望的観測にしかすぎず、何の確証もない今後の展開を魔王様に告げることは出来なかった。


「そうか。知らないのなら仕方ない」

「お役に立てず本当に申し訳ありません……」

「なに、お前が悪いわけではあるまい」


気負わず笑ってみせるが、どこか途方に暮れて見えるのは気のせいだろうか。


「ま、死んだあとのことなど気にするだけ無駄だな」


さっぱりした口調で言うけれど、それが建前だと言うことくらい私でもわかる。


そんな風に簡単に割り切れないからこそ人族との争いでずっと苦しんでいたはずなのに。

私がその世界とはかかわりのない人間だと知って、状況を責めるでもなく、恨むでもなく、初対面の小娘が気にしないで済むように気を回してくれているのだろう。


「それにしても、何故俺はここにいるのだろうな」


質問は振り出しに戻って、魔王様が少し困ったような顔になる。


「間違いでなければ、俺は一度死んだはずだ。お前……いや、名はなんだったか」

「わっ、若宮あかりと申しますっ」


慌てて居住まいを正すと、魔王様が片眉を持ち上げた。


「ワカミ・ヤーカリか。変わった名だ」

「えっあの、わかみや……いえ、あかりとお呼びください」


さりげなくファーストネームをねじ込む。


「あかりだな」

「はいっ」


魔王様はごく自然に私の名前を呼んでくれて、さっきうっかり死ななくて良かったなと図太く思った。


「ではあかり。その伝承によると、俺は死んだことになっているのだな」

「……はい。勇者に、討たれて……」

「そうか。やはりそうだったのだな」


死を告げる心苦しさに沈む私とは対照的に、魔王様はあっけらかんとした表情でその事実を受け入れる。


最新話のラストで死を覚悟した魔王様の表情を思い返す。

彼は無念そうではあったけれど、どこか安堵を浮かべているようにも見えた。

それは魔王という重責から解放されたという気持ちからかもしれない。

もしそうだとしたら、魔王様にとって死はそんなに悪いものではなかったのだろうか。

今の凪いだ表情からは読み取ることは出来なかった。


「死を迎えると生き物はすべて別の世界に転移するのか」

「いえ、魔王様と勇者だけが特殊なのだと思います」

「勇者も? あれも一度死んでいるのか」

「はい。もとの世界でトラック……大きな馬車のようなものにはねられて死亡し、その後そちらの世界に転生したようです」

「なるほど。もしかしたら強大な魔力を宿した者のみに適用される世界のルールのようなものなのかもしれんな」


確かに魔王様も勇者もチート級の魔力の持ち主だ。その膨大な魔力が、死に際してなんらかの影響を及ぼした可能性もなくはない。

転移後の世界で身体へのダメージがすべて回復しているのは勇者も同じだった。


世界のルールなんて私には到底考えが及ばない領域ではあるけれど、魔王様クラスになると何か感じ取れるものがあるのかもしれない。


「では本当にここは牢獄ではないのだな」

「はい。牢獄並みに狭苦しい場所ではありますが、ここは私の家ですすみません」


状況を把握しつつある魔王様に、なんとなく気恥ずかしくなって牢獄と勘違いされた我が家を詫びる。


架空の魔王様に貢ぐために節約生活を心掛けていたせいで、収入のわりに質素な暮らしをしている。

ボロくはないが明らかに狭い。

魔王城の敷地面積と比べると雲泥の差だ。牢獄と間違えられても仕方ない。

アパート一棟丸ごとと比べたって天と地ほどの開きがある。


「なんと。あかりはここに住んでいるのか」

「ああああんまりじっくり見ないでください!」


改めて部屋を見回されるのが居た堪れなくて、魔王様の目を塞ぎたい衝動に駆られる。

もちろんそんなことは畏れ多くて出来ないのだけれど。


「……貧しい暮らしをしているのだな」

「いえそんなことは決してないんですやめてくださいそんな目で見ないでください!」


同情がありありとわかる視線を注がれて、顔を伏せて両手で覆う。


確かに貧乏暮らしだけど心は豊かだ。

だって毎月大好きな人に貢げるのだから。

架空の相手だとはいえそれは幸せな日々だった。

毎月お給料日に最低限の生活費だけ残して、魔王様用の通帳に振り替えてそれを自作の神棚に捧げるのが何よりの楽しみだった。

勤労のモチベーション上がりまくりだ。


つらいことなんて何もなかった。

さっき魔王様の死を本誌で目の当たりにするまでは。


そろりと顔を上げて魔王様を見る。


勇者に容赦のない攻撃を浴びせられて、命を落としたはずの彼が確かにそこにいる。

完全に可哀想な子を見る目をしているけれど、その視線には優しさを感じられた。


本当に、なんなのだろう。

なぜ死んだはずの、二次元の、現実には存在しないはずの魔王様が目の前に。


彼の死を受け入れられず、あまりのショックに幻覚を見ている可能性が高い。

というかもうほぼ100%幻覚を疑っている。

ものすごくリアルな幻覚と私は会話をしているのだ。


だけどそれの何が悪いのだろう。


魔王様がいないと生きていけない。

そう判断した私の哀れな脳味噌が、防衛本能で生み出した幻覚ならば。

私は生きるためにそれを甘んじて受け入れるべきではないか。


そう開き直る気持ちから、私は目の前の魔王様を本物だと思い込むことに決めたのだった。


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