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2.推しの前で推しプレゼン

本誌のショックが大きすぎて幻覚が見えているのか。

それとも実はもうとっくに飛び降りに成功していて、ここは死後の世界なのだろうか。


「魔王……様……?」


口から自然に漏れた言葉に、彼の視線が私に定まった。

長く艶やかな黒髪が、さらりと肩から落ちた。


「いかにも。して、貴様は何者だ」


落ち着き払った声が言う。


アニメの声優さんより五万倍くらいの美声だ。

正直アニメを見たときに解釈違いだと思っていたから、今まさに理想の声を耳にして腰が砕けそうだった。


威厳のある口調はまるで神託のようで、うっかり意識が遠退きそうになる。

だけど幻覚だとしてももったいなさすぎるので必死に耐えた。


「わ、若宮と申します」


何の工夫もないつまらない自己紹介に、魔王様が「ふむ……」と口許に手を当て考え込む。

その動作は洗練されていて、こんな状況だというのにぽうっと見惚れてしまう。


「俺は死んだのではなかったか……なるほど、瀕死で捕らえて捕虜にするつもりか。馬鹿ではないようだ……ではここは牢か? 随分変わった作りの牢屋だ」


アパートの狭い室内をもう一度見回して、魔王様が訝しげに言う。


困惑したその様子を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。


私の予測が合っていれば、もしかしてこれはさっき読んだ最新号直後の魔王様なのではないだろうか。

落ち着いてよく見れば、服はボロボロで血まみれだった。


「たた大変! ケガしてます魔王様!」


慌てて言うと、魔王様も自分の身体を検分し始めた。


「ふん……血はついているが怪我は全て治っているようだ」


不思議そうに言って、破れ放題の服の中を覗き込む。

美しい素肌が隙間からチラ見えして鼻血が出そうだ。


「敵の治療をするとはな。勇者というのは随分と情け深いものだ」


皮肉っぽく笑って、吐き捨てるように言った。

その顔最高。


「貴様は牢番か? 災難なことだな。魔王と同じ部屋に入れられるとは」

「いいいいえああああのの、」

「なんだ、怯えているのか。かわいそうに。なに、取って食ったりはしない」

「えっ、むしろ食べてほしいです」


動揺しているというのに、そんな言葉ばかりスラスラ出てくるのは何故なのか。

魔王様は完全に怪訝な顔で私を見ている。


「……それにしてもここは随分と魔力濃度が薄いな。これも勇者の能力の一端か?」


だけどトチ狂った言葉を聞かないことにしてくれたのか、別の疑問を口にした。

優しい。好き。


「最低限の治癒魔法くらいは使えそうだが……攻撃魔法は無理、か。考えたものだ」


確かめるように手をグーパーさせて、身体に起きた変化をつぶさに観察している。

指も腕も日本人ではありえない長さと整った形だ。

その上、仕草のひとつひとつが優美で、訳の分からないままうっとりと見惚れてしまう。


「娘。勇者に伝えておけ。こんなことをせずとも一切抵抗などせんとな」

「え、でも、」

「負けは負けだ。潔く勝者に従うことに否やはない」

「負けてません! 魔王様が負けるはずなんてありません!」


自嘲めいた言葉と表情に思わず力が入る。

魔王様は勇者の強大過ぎる攻撃から、仲間たちを守るために自らの身を盾にしたのだ。

そんなの負けであるはずがない。


魔王様は私の剣幕にぱちくりと目を丸くした。


やだかわいっ。


せっかく少しシリアスモードに入りかけたというのに、思わず胸がきゅんとしてしまった。


「……貴様は勇者の配下の者ではないのか」


戸惑いを滲ませて問う。

残念ながら私は魔王様を愛しすぎるがゆえのアンチ勇者派だ。


「配下どころか知り合いですらありません」


真っ向から否定すると、魔王様は戸惑いを深めた。


「なんだと……? ではここは一体どこなのだ」

「ええと……たぶんその、魔王様がいらっしゃった世界とは別の場所というか……」

「別……つまりここは異界だとでもいうのか」


眉間に深くシワを刻んだ険しい表情で私を睨む。

恐ろしく鋭い視線だけど、怯えるよりも痺れるような歓喜がゾクゾクと背筋を這い上がっていった。

やばい、超カッコいい。


「はい、その、異世界とか、そういう呼ばれ方をするところ、です」


きゃーきゃーはしゃぎたい気持ちをぐっと堪えて魔王様の疑問に答えていく。

少しでも魔王様の疑問や不安を解消してあげたい。

だって知らない世界にポンと放り出された状態だ。混乱したままなのは可哀想だ。

私だって何一つ今の状況を理解できてはいないけれど。


私が神妙に頷いたせいか、魔王様は疑惑の視線を少しだけ緩めた。

それから考えるように視線を落として口許を覆う。

その思慮深い表情も素敵すぎる。


「……確か、勇者も異世界から召喚されたと言っていたか。半信半疑であったが、それが事実ならば俺が異界渡りをしたとしても不思議ではない……のか?」


自問するように魔王様が呟く。


「いやしかし……、だが何故…………」


考え事をするときは独り言を漏らす癖があるのだろうか。

可愛すぎないかソレ。

アンニュイな表情も素敵。最高。動画撮っちゃダメかな。


魔王様を心配する気持ちとは裏腹に欲望が先走ってしまうのをどうにかしたい。


「……ここが俺のいた世界とは別の場所だというのなら」


視線がゆっくりと私に向けられて、どきりと心臓が音を立てた。


「では、何故貴様は俺を魔王だと知っている」


もっともな質問だ。

賢い。頭の回転速い。さすが魔王様。

そして嘘をついたら殺すみたいなその強い視線がたまらない。


「ええと言い伝え? 伝承? の、ようなものがありまして……」


嘘をつくつもりはもちろんないが、上手く説明することも出来ない。

まずあの世界には漫画という概念はなさそうだし、自分たちの世界が娯楽的に楽しまれていたなんて聞かされたらいい気分はしないだろう。


「伝承?」

「はい。それで私は魔王様を存じ上げております」


深く突っ込まれる前に、知っているから知っているのだとばかりにきっぱり言い切る。

不親切極まりないことをしているけれど、どうせそれ以上詳しい説明はできないのだ。

私だってこの状況がなんなのか全然分かっていないのだから。


「ただ、その……」

「なんだ。言ってみろ」

「なぜ私の前に降臨なさったのかは分かりかねます」


正直に言う。

そっちの世界にいらないなら私にちょうだいよくらいのことは思ったかもしれないけれど、それだけで私の前に召喚されたとは思えない。きっと今頃、全国各地で魔王様ファンの阿鼻叫喚がこだましているはずだから。


「お前が召喚したわけではないのだな?」

「残念ながら。お会いしたいとはずっと思っていましたけど」

「会いたい? 魔王にか?」


不思議そうに首を傾げて魔王様が言う。

そのあどけなさも素晴らしい。


「はい。とても。ですからお目見え出来て光栄です」

「……人族の敵なのにか」

「関係ありません。なにせ別世界の人間ですし」

「別世界の人間なのに何故俺を慕う」


自分を騙そうとしているのではと疑われているのだろう。

用心深いところもさすがだ。


「伝承、で知っているからです」

「何を」

「あなたがどれだけ仲間を大切に想っていたか。それに本当は人族を憎んでも恨んでもいなかったことも」


実際に漫画でそう説明されていたわけではない。

だけど私はそうだと確信している。

原作に描かれていた彼の表情が、セリフの間が、彼の本質を思わせるには十分だった。

人はそれをオタクの深読みというのだけれど。


「魔王様はいつだって魔族が平和に暮らせる日常だけを望んでいました。その優しい心根を、心から崇拝しています」


人族の軍が問答無用で攻めてくるから、魔王様は仲間を守るために己の力を誇示したのだ。

自分を恐れてこれ以上人族が魔族の領地に足を踏み入れずに済むように。

敵わない相手だと認識させ、無用な争いを避けるために。

それは同時に人族を守ることでさえあったのに。


まさかそれが勇者召喚に繋がり、人魔大戦を激化させることになるとは思いもせずに。


「……崇拝ときたか」


魔王様は自分を責めてばかりいた。

余計なことをしたせいで仲間が多く傷つく結果になってしまったと。

そして自分がしたことの責任を取るために、我先に矢面に立って。

誰にも弱音を吐かず、強者の圧倒的余裕だけを見せて不敵に笑う。


そんな不器用なところが、彼を推す最大の理由だった。


「担ぐつもりではないようだな。本気で言っている目だ」


ジッと私の目を見て言う。

ブルーサファイアの瞳にときめきが止まらない。


それからふっと表情が緩んだ。


「おかしな人間だ」


呆れ交じりの微苦笑に、私の精神はもはやノックアウト寸前だった。

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