2 覚醒
芽利留は目を閉じ、今朝の事を思い出す。
何時もの様に朝、聞き慣れた目覚まし時計の音で起きた。
祖母と二人暮らしの芽利留は裕福ではなく、廃街姆羅市の隣の小さな寂れた街、途捌市の安アパートに住んでいた。
途捌市も星の破片の墜落――――メテオ・ディの衝撃で損壊が激しかったが復興した街である。
狭いが自分の部屋がある芽利留は寝間着のまま部屋を出て、既に起きている祖母がいるリビングに向かう。祖母は熱中しでテレビを観ている。
テレビでは30年前に起きた姆羅市消滅の追悼番組が流れている。
祖母は姆羅市の元住民であった。
故郷を想う祖母の心情を察し、テレビを観る邪魔をしない様に何も言わず、洗面所に向かった。
冷水で顔を洗いタオルで顔を拭く。何時もの事。ただ、何時もと違ったのは、目の前の鏡に映る芽利留の顔が―――――眼が、紫である事。そして、静かに輝いている。濃霧の中照らされた電灯の様に。
鏡の前で硬直する芽利留。
鏡に顔を寄せ自分の目をまじまじと見る。
意味が分からない。
何故自分の目が紫なのか。
カラーコンタクト?いや、目に装着するのが怖いのでカラコンを着けた事なんて無かった。
それに、カラコンとは違う……眼が、紫に輝いている。
そして、紫の瞳で脳裏に浮かび上がるのは、30年程前に発見された地球外生命体、超常能力を持つとされたアメジリア。
芽利留が幼い頃からよく祖母に聞かされた話。
宇宙観測者が月より小さく、紫に輝く星を発見した。
その輝く紫がアメジストの様だからと、発見者によりその星はアメジスタと名付けられ観察が続けられた。アメジストとスターを合わせて名付けたと知りネーミングセンスに失笑した。
そしてアメジスタには生命体が生息している事も判明。その生命体はアメジリアと呼ばれた。
アメジリアの発見は当時世界的ニュースになり人々を驚愕させた。
地球外生命体――――宇宙人の存在はそれまで謎とされ、宇宙人否定派と肯定派に別れていたが、存在が確定された歴史的瞬間だった。
ただ、アメジスタを常に捉えた遠隔操作カメラはアメジスタの放つ紫の炎により破壊され、アメジリアは攻撃波等の超常能力を持つ事が判明、アメジスタ周辺を観測していた人口衛星を波動により破滅させる姿が遠隔カメラに収められた。
そして、アメジスタの急接近。
星が意志を持つかの如く、天文学の常識を覆す急激な地球への接近。
その事からアメジスタは星ではなく宇宙船なのではないかと言われた。
衝突の危機やアメジリアの地球侵略などと騒がれ地球の危機とし、各国と協議の結果アメジスタの破壊が決行された。
幾つかの失敗の後、あらゆる技術を駆使し膨大な費用を掛けて、アメジスタを破壊された。あと数日遅かったら地球に多大な影響を与えていたとされる。しかし、アメジスタの破片が日本の姆羅市に落下し、一つの街を破壊させた。
その日は後にメテオ・ディと言われ語り継がれる。
当時姆羅市の住民だった祖母が、たまたま離れた街に居た為生き延びた。ただ、離れた地に居ても衝撃による振動を強く感じたと、多くの街が震災後の状態になったと話した。
破片でさえ、ダメージが大きかった。
姆羅市は炎と黒煙に包まれ、高温により人どころか遠隔操作探知機も接近不可能な状態になった。
そして二度と自分の故郷の姆羅市に帰れず、住む場所も家族も瞬時に奪われ絶望したと語った祖母は悲しい顔をしていた。
このメテオ・ディから世界情勢が悪化した。
悲劇は終わらなかった。
アメジスタ破滅から5年程経った頃、超常能力を持つ子供が現れた。
自我の安定しない幼子がごく稀に能力者となり、触れずに物を破壊させる者、紫の炎を出す者、物を浮かせる者など能力は様々で、普通より身体能力が高い。
産まれた時は通常の赤子だったのに、能力を発揮すた時に瞳を紫色に輝かせる。アメジリアの再来と騒がれた。
それから日本を中心に超常能力者が現れた。
瞳を紫に輝かせ超常能力を発する者。
彼等はごく普通の人間として今まで生きていたが、突如目が紫になり異能力者になる。遺伝などではなく突然変異で。
性別に偏りは無いが、全てアメジスタ破滅後に産まれた者ばかりだ。
能力者は『ネオアメジリア』と呼ばれ畏怖され駆逐の対象とされた。
事実、その能力で殺傷された者もいるし、建築物等の崩壊等、被害があるのも憎悪の原因である。
ネオアメジリアの出現で日本国憲法は改正される。自衛隊は軍隊と化す。能力を持った者は特別に設立された政府機関『特別異能管理委員会』や政府非公認組織の研究所により捕獲されるが末路は一般的に知られていない。
ネオアメジリアは人権を剥奪される。
ネオアメジリアは人類の敵なので殺処分されてると、クラスメートが薄ら笑いを浮かべ言っていた。
ネオアメジリアのみが住む場所に隔離されてるという噂もある。
「ネオアメジリア……」
ネオアメジリアの容姿は紫に輝く瞳という最大の特徴がある為、一目で解る。
紫に光る目はネオアメジリア。幼児でも知っている常識。
見慣れた自分の顔が、瞳の色一つで禍々しく感じる。
蛇蝎の如く忌み嫌われるネオアメジリア。
ネオアメジリアを見掛けたら通報する義務がある。
自分がネオアメジリアになったら特別異能管理委員会に告知しなければならない。
ネオアメジリアのせいで治安が悪くなった。
ネオアメジリアの隠匿は犯罪。
ネオアメジリアはこの社会に受け入れられていない。
とは言え、ネオアメジリアは数少なく、実際に見た事が無いと言う者が殆どだ。
芽利留自身もネオアメジリアに遭遇した事は無く、身近な者も同じだった。
能力による被害状況もテレビ等のメディアを通してのみ知っていて、自分が直接の被害に遭ったことも無かった。
故にネオアメジリアは遠い存在で自分とは無関係と無意識に思っていた。
そんな芽利留が今、ネオアメジリアとなり鏡の前に立っている。
ネオアメジリアである事を知られたら、加藤芽利留は人権を失う。
鏡に写る目利留の顔が青ざめていく。
それでも眼は紫に輝いていた。