1 廃街 姆羅市
空は青く、太陽が眩しい。夏の日差しが容赦なく照り付ける。
しかしこの辺りに植物は雑草すら生えていない。荒漠たる地の中にある高く聳える鉄壁を前に、少女 芽利留は艶のある自慢の長い髪を強風に煽らせ一人立ち、眉まである前髪を掻き上げると天を仰ぎその壁の大きさに威圧を感じていた。
服装はお洒落とは程遠い高校指定のジャージ姿。走りやすいスニーカーを履き、汗ばんだ背中には膨らんだリュックを背負っている。灰色のリュックに沢山付けられたと漫画キャラクターのアクリルキーホルダーが動く度にジャラジャラと音を鳴らす。
左手の袖を捲り腕時計を見る。普段はスマートフォンで時間を見ていたが、高校入試の時の為に購入したアナログの腕時計で、華美なデザインではないが文字盤が見やすく気に入っている。白い腕に鮮やかな水色のベルトが映える。時刻は11時50分を指していた。
壁は高さは10m程で一般の電柱位あり、遥か遠くまで続いており、人を拒むかの如く、入り口は一切見当たらない。それもその筈、この壁は隕石――――星の破片が堕ちてた街姆羅市の中心部を円状に取り囲んでいるのだから。
姆羅市が隕石により瓦礫と化してから30年経ったが、未だに星の破片が墜落した箇所は濃霧に包まれ姿を露見させないだけではなく、遥かなる高温で高精度な探索機すら接近不可能な地である。
故に壁の内部状況は人々は誰も知らない。
芽利留が見詰める壁にはペンキによる巨大な白い字で乱雑に『2』と書かれている。粗雑な字がより一層この場所の廃れた雰囲気を醸し出す。
そしてこの数字は二枚目の壁という意味を表している。見渡す限りこの壁以外の建物は辺りには無く、壊れ意味を果たさない防犯カメラと、同様に壊れた外灯、立入禁止の看板が立っている他は、木すら生えていない。交通整備されず所々亀裂が入り、枯れ土と砂利が広がっている。
廃街の姆羅市は瓦礫が残る荒れ地で、中心部が二重の壁に囲まれている。
半径約2.5kmの、隕石墜落部を中心とした円状の壁。その壁から更に1km離れた箇所に建てられた第2の壁。
接近不可能な危険区域故の処置である。
内部の壁は接近可能ギリギリの箇所で建てられた。人が立ち入らない為というより、隕石墜落箇所を――――正しくは、濃霧と高熱を封じる為だった。
誰もがこの場所が「街」として機能していない事は想像しているが、その地に住んで命を散らした人々への偲びも込め今も荒地も含め「姆羅市」と呼んでいる。
芽利留がまだ小学生の時に、この二枚目の壁が設置された。
一枚の壁で隔てても、姆羅市中心部に近づく者は体調不良を起こす事が多々あったから、と聞いている。
だが二枚の壁で隔ててさえ、姆羅市に近づく者は良体調不良や精神不安定に苛まれた。
調べても原因不明の為科学的根拠は無いが、多くの人が隕石が原因と考える中、オカルトマニアの間では亡くなった姆羅市住民の呪いだと噂した。
三枚目の壁も検討されたが予算の問題で決行はされず、簡潔なロープが張られ、立入禁止の看板が立てられた。
忌み地とされ故意に近付く者は滅多にいないが、軽率な考えを持つ者が稀に姆羅市に近づく。
芽利留のクラスメートのお調子者の男子がこの姆羅市を囲む壁を目指し向かった。ある種の肝試しスポットとされている故であった。
だが結局その男子は体調不良になり、更に悪路により壁にさえ辿り着けなかったと話していた。
そんな話をする男子に対し「何やってるのよ!姆羅市は近づいたらいけないって先生も言ってるしょ!」と真面目な女子生徒が怒鳴っていたのを芽利留は思い出す。
芽利留がこの場所に来た理由は『呼ばれたから』である。
呼ばれたとはいえ、呼び出しを食らった訳ではない。
帰巣本能の様に、この地に無意識に向かっていた。
本来なら通う高等学校の制服に身を包み、教室で授業を受けている筈だった。
学校をサボるなんて根が真面目な芽利留にはあり得なかった。
それなのに、本来の芽利留なら足を運ばない場所に居るのは、今朝『覚醒』したからである。
容姿も学業成績も運動能力も平均的で中肉中背、美しい髪以外は特に目立った特徴が無い、普通の女の子として16年生きていた加藤 芽利留は今日、いきなりネオアメジリアとなり人類の敵になっていた。