番外編その1 ケイトの場合3
「……好き? カレンちゃん私のこと好きなの?」
「え、ええっと、あの、恋愛的な意味ではないですよ? あくまで、その、お友達……というのは失礼かもしれませんけど……」
「そう、そうなの、カレンちゃん、私のことそんな風に思ってたの……」
ケイトさんは何だか変な顔をしながら、頭を振りました。
「……そっか、好き、か。私のことを好きだなんて言ってくれる人、母が死んで以来だな」
「お母様……お母様のこと、好きだったのですね、ケイトさんは」
視線を見なくても声で分かります。
今のケイトさんの声はとても優しい声をしていました。
「……じゃあ、こうしましょう。あの伯爵の息子がこれ以上、罪を重ねないように、私があいつを見張るから、だから、安心してよ、カレンちゃん」
「……そんな」
そんなことを、この人にお願いしてもいいのでしょうか?
私のついた嘘の尻ぬぐいをさせるなんて、そんなこと……。
「……というか、あの、伯爵の息子さんはうちの登録から外れているので、どちらにしてもご紹介は出来ないんでした……」
「あら、じゃあ、いいじゃない。守銭奴の私にぴったり」
ケイトさんはケラケラと笑いました。
「お見合い成立料を払わなくていいんだもの、ラッキーじゃない?」
「……ケイトさんは守銭奴ではありませんよ」
「え……?」
「だって、守銭奴なら好きなお金やお金になるものは、自分のものだけですもの」
「……それ、は」
「ケイトさんは人の宝石に熱い視線を送ってました。それはあれがお金になるから。でも、あの宝石はケイトさんのものじゃない。ケイトさんはそれをご存知のはずです。ケイトさんはバカじゃないですから。だから……ケイトさんは、なんでしょう、お金というそのものが好きなのだと思います。それが、誰の手にあっても」
「お金そのものが、好き……?」
「集めることに意味はなくて、お金という……概念を愛してらっしゃるんだと思います」
「……概念……そっか、そうか、そうなんだ」
ケイトさんは何やら納得されたように頷きました。
「うん……そうね、そうだと思う。お金は……裏切らないもの。自分の手に一銭もなくても、未来永劫手に入らなくても、お金のこと私、好きだと思う。……あいつのこと、好きなように」
「……告白は、されたのですか?」
「しないわ。したら、あいつ、多分普通に受け入れるわよ。そういう奴なの。世間体のためなら好きでもない女と結婚できるような奴の……くせに……あいつなんで……クラリスのことは……」
ケイトさんは突然クラリス様の名前を出しました。
いいえ、どんなに鈍くてもこの流れでケイトさんの言葉の意図を理解できない私ではありません。
「……ケイトさんが好きなのってベンジャミン殿下なのですか!?」
「ああ、もう! バレた!」
潔くケイトさんは叫びました。
「そうよ! あのバカよ! あの本にしか興味のない奴に、この可哀想な密偵は惚れてるわよ!!」
「そう、なのですね……」
意外、でもない気もします。
確かにベンジャミン殿下なら、人より本が好きなので、ケイトさんがあっさり諦めてしまうのも分かります。
「……あ、あの、ケイトさん、私、一回、ベンジャミン殿下がケイトさんのことどう見てるか見てみましょうか……?」
「……………………」
沈黙はとても長かったです。
「あの、ええと、脈はほら、ゼロじゃないかもしれませんし……私がお目にかかったときと心境の変化とかあるかもしれないし……」
「やめとく」
「そうですか……」
何かの一助になれればと思ったのですか、残念です。
「もうこうなったらケンカしてやるわ、あいつと」
「け、ケンカ!?」
「色々ぶちまけてやる、文句言ってやる、好きだって言ってやる、朴念仁って罵ってやる!」
「は、はあ……」
「カレンちゃんもその内来るわよ、ラッセル殿下にそういうことしたくなる日が」
「ええ……」
「人を好きになるって、多分そういうことよ」
「好き……」
「好きでしょ、ラッセル殿下のこと、違うとは言わせないわ」
「……好き、だと、思います。思いますけど……」
「あなたは聖女。元聖女でも聖女の資格を持つ聖女。だったら、可能性はあるでしょう?」
「…………」
そう、聖女であればどんな身分の出身であれ、王族との結婚も可能です。
「可能性があるなら、それに背を向けるのは、酷いことだと思うわよ」
「……はい」
肝に銘じようと思います。
「……なんか、結局私ばかり話しちゃったね、ごめんね」
「……いえ、あの、ええと、ケイトさん」
「なあに?」
「話すついでに……クラリス様のこと、聞かせてもらえませんか?」
「……辛い話になるわよ、きっと」
「それでも、知っておきたいのです」
「……分かった」
ケイトさんは腹をくくられたようです。
「……あれはベンジャミン殿下が様々な教育を受けられる際のこと。一人で本ばかり読んでいるあの方を心配した側近が学友を集めたの。一人で授業を受けるより、何人かの貴族を集めて、教育を受ける方が良いと判断した……要はベンジャミン殿下にも信頼できる友を! って感じね」
「ふむふむ……」
「その中で、ベンジャミン殿下と学力が釣り合う数人の貴族が選ばれた。その中にクラリスもいたわ。貴族令嬢は皆、ベンジャミン殿下とお近づきになるという下心があったのは間違いない……でも、あまりにベンジャミン殿下が本を愛しすぎていて、皆諦めた」
「…………」
「その中で、唯一諦めなかったのがクラリスよ。クラリスはまるで、普通の庶民みたいにパイを作ったり、刺繍をしたり……ありとあらゆるアプローチでベンジャミン殿下にアピールした。……ベンジャミン殿下はそのどれにも心動かされなかった」
「…………」
「クラリスがいつ諦めたのか、分からない。もしかしたら、最後まで諦めてなんていなかったのかもしれない。でも……ベンジャミン殿下はクラリスを振り返らなかった。ほんの少しも」
「……ありがとうございました」
私はケイトさんに頭を下げました。
ケイトさんはどこか悲しそうな顔をしていました。
「……ベンジャミンが、誰かにでも恋をしていたら、クラリスの行く末も変わっていたかもね……」
どうなのでしょう。私には、分からない。
「そうだ。伯爵の息子にはベンジャミンの私兵をつけておくわ。クラリス一派が一掃されて暇になったのよ。何か不審な動きがあればさくっと捕らえさせるから」
「……分かりました」
私に止める権利はありません。
ケイトさんはそのまま帰って行かれました。