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就職氷河期を乗り越える情報

作者: 新島 伊万里

――この世の中は凍えている。


凍えていると言っても別に南極とかアラスカみたいに寒くなったとかそういう意味で言っている訳じゃない。この国は夏は暑すぎるくらいに暑いし、冬は寒すぎるくらいに寒い。極端な気候はここ何十年と変わらない。


とにかく言いたいのは日本に氷河期が来たって事じゃないんだ。いや、氷河期という言葉自体は同じか。ここまでうだうだなんか言ってきたが、そろそろ俺の言いたい事が分かるだろう?


そう、訪れているのは就職氷河期だよ。





「っ、あっちいな……」


堅苦しいスーツ姿で街を歩きながら独りごちる。スーツがきつく感じるのは昔買ったものでサイズが合わないからだろうか。腕に腰、じわじわと締め付けるようなそれは、そのまま終わらない労働のサイクルに無理やり押し込めようとしているようで少し嫌な感じがする。


「ここがそうか……」


スマホの地図が示しているのは眼前のビル。似たような建物が大量に立ち並ぶのに、よくまあ間違わずに案内できるもんだと感心する。


待遇もまあそこそこ悪くなく、超ホワイトだという訳じゃないがブラックすぎるというレベルでもない。自分のスペックは平均よりも少し上だという自負がある俺からすると身の丈に合ったまあまあの会社だと評価する事になる。


もっともそれも何年も前の話だ。未曽有の氷河期に晒されたこのご時世では、どこの会社も寒さに身を縮めるように採用人数を減らしている。昔は俺レベルならあっさり内定が取れたであろうその会社もこの状況では分の悪い賭けにならざるを得ないだろう。


「なんで俺の世代にこんなのが来るんだよ……」


金融危機だの国同士のいざこざだの、あれよあれよという間に不況の大波は俺の国、いや、全世界を襲った。誰の心もささくれ立っているような、そんな世界が形成されつつあったのだ。


テントウ虫とかペンギンは寒い時に集まって暖をとったりして乗り切るらしい。しかし俺達人間からはそんな機能は失われてしまった。


やるかやられるか。ぼうっとすれば蹴落とされるだけの油断も何もできない世界。そして俺も今から他人を蹴落とすべく、面接に臨もうとしていたのだった。





「ですから私は、パソコン、通信産業の基礎知識はもちろんプログラミングのスキルも当然磨いており――」


アニメとかで悪役が何回も使っているようなお決まりの口上。それらに負けないくらい練習を重ねたたおかげか、すらすらと自分のセールスポイントを並べていける。そうは言っても俺が口にできるのは有象無象と変わらないありきたりな内容ばかりだ。


つまり内定をゴールとしたレースだと考えると、俺は全員と同じように住民大移動のように固まって走っているわけだ。しかしこんなおしくらまんじゅうで凌げるのは物理的な寒さだけだ。この不可視の氷河期を乗り切るには全くもって不十分だ。


――ならばどうするのが最良の方法だろう? 口と頭が別々の思考を持っているかのように動かしながら、やがて面接官に会話の主導権を譲る。


「なるほどなるほど……。しかし、どこかで聞いた事のあるお話ばかりですね……。貴方だけしか持っていないような強烈なエピソード、などは他にありませんかねえ?」


「っと、それは……」


言われて口ごもる。そんな個性的なエピソード、輝かしい感動秘話なんて誰も彼もが持ってると思うなよ。希少価値があるからこそ使った時の破壊力がでかいんだろうが。そもそもそんなものを持っていれば誰だって出し惜しみはしないだろ、分からないのかよ。


「おやおやあ? そんな風にのうのうと生きていてそのまま就職できるとでも思っていたんですか? この不況の時代にコスパの悪い人間なんていらないんですよお!」


「そうですね……全くもってその通りだ」


輝かしい経歴を持たない有象無象は確かにコスパが悪いだろう。ゲームでわざわざ使えもしない低レアキャラだけで遊ぶ奴なんてのはそうそういない。大部分は強いキャラを即投入するし、集中的に育成するだろう。


ゲームですらそうなんだ。現実が違うなんてはずがない。そこは俺も重々承知してる。しかしこうも思うんだ。面接官はこんな御託を並べはするものの、実際問題、俺みたいな低レアを採用しなくてはならないのも事実だ。


――その低レアは誰であってもいいと思わないか? そう、俺だったとしても問題はないんじゃないか?


『――この不況の時代にコスパの悪い人間なんていらないんですよお!』


「な……貴方、一体何を!?」


自分の言った事をオウム返しされて一瞬にして面接官の顔から余裕が消える。それはそうだ。発言内容だけでなく、その声色までそっくりそのまま返ってきたんだから。


「さてと、この音声を適当なマスコミにでも流したら……どうなりますかねえ?」


意趣返しのつもりで語尾を真似てそう付け加える。こうなったら主導権はこちら側にある。うっかり隙を見せた相手を強請る。録音装置を持って臨んだのは正解だった。


「くっ……! しかし、こんな事をされても貴方を採用するだけの枠は用意できないんですよお! このデータを見なさいよお! 我が社としても余裕なんてものは残ってないんですよお!」


パシャッ。


面接官の悲痛な叫びを異に返さず、シャッターを切る。


「はっ……?」


「このデータってもしかして社外秘だったりしますか? 他者へのお土産として持っていけば採用を勝ち取れたりすると思いますか?」


「……」


口角を吊り上げながら追撃を放つ。面接官が黙り込んでいるのは、データによる損失か、給料泥棒予備軍に払う損失か、どちらが大きくなるのかを必死に見積もっているのだろうか。


そうは言っても結果は見えているけどな。やがて、根負けしたように口を開く。


「……我が社は誠実な社員を雇い、育成し。それによって得た信頼がいくつもあるんですねえ。そんな我が社に貴方は必要とされると思いますかねえ?」


「おっ、これは意外だな。まさかこんな手札を切られても動じないとは驚いたな……。まあ仕方ないか。じゃあ俺はアンタらのライバル会社にでも悠々と就職させてもらうよ」


交渉決裂とは予想を誤ったが、しかし最強の武器は手に入った。もうここでどんなやり取りをしても不毛だろう。さっさと鞄を持ち直し会社を後にする。ネットの掲示板で見た、この方法。まさか3社目で上手くいくとは思わなかった。


「くっくっ……これで寒い時代も終わりだぜ!」


だが今日は慣れない事をしたせいで頭が痛い。本格的に動き出すのは明日からでもいいだろう。もう、焦燥感など俺には無縁のものとなったんだから。


寒い寒い冬もいつかは終わる。その先に待ってるのは暖かく安らかな時代だ。悪いが俺はいち抜けさせてもらうぜ――!






















「まさかあんな戦法をとる人間がいるとは……驚きましたねえ」


不用意な面接官の発言を録音して、それを利用して会社の名前を落とすぞと脅す。確かにこんな手段に出られれば面接官も面喰うでしょうねえ。


「それも知らなければ、の話ですがねえ」


適当な動画を見て締めたネクタイを緩める。慣れていないせいで少々不格好になっていたこのネクタイにあの男の子は気づきましたかねえ。


「大方、掲示板の情報を見てやって来たんでしょうが甘いですねえ。その情報を流したのは他でもない私なんですよねえ」


さらに言うと私はこの会社に籍を置いていないことになっている。さりとてこの会社からお給金は貰っている。この意味が分かりますかねえ?


「あの男の子はこの会社に勤めてもない男の声を世間にばらまく! さらにでっち上げた書類までも! そこを名誉棄損で訴えれば多額の賠償金が取れてしまう! ああ、我ながらこんな作戦にひっかかる阿保がいるなんて!!」


就職氷河期なのは事実。会社だって決して大儲けできていないというのも事実。であるからこそ、新たな資金の作り方が必要なんですよねえ。そこで思いついたのがこの方法。


明らかに就職活動が上手くいってなさそう、そしてロクに何もできないが適当に集めた知識で戦えると過信している間抜け。その条件に合うカモがやってきたらこうやって引っ掛ける。楽なものですよお。


「もしもし? ええ、そうです。一匹釣れましたねえ。後は法務部の皆さんにお任せしますよお?」


手短に報告をすまし、ゆっくりと金が入るのを待つ。これぞまさにスマートな稼ぎ方ですよねえ。


「情報を扱うっていうのはプログラミングだとか人工知能だとかそういうものだけじゃなくて、こういうスキルも入っているんですよねえ?」


しばらくしてドアがノックされる。次なる相手はこの会社のためになる人材か、不合格の烙印を押される有象無象か、それともまた――


なんであっても湧き上がる高揚感。ソーシャルゲームでガチャを引く快感に似たようなものを感じながら声を上げる。


「どうぞ。お入りください」


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