第8話:トータス村到着
お開きいただき誠にありがとうございます。
ようやく村にたどり着いた。
トータス村の入り口は狭く、5人が横に並んで通れるかどうかといったところだ。
「おつかれさん」
トムさんが片手を上げると、槍を片手に持ち椅子に座った軽鎧の門番も暇そうに手を上げる。ペコリと二人でお辞儀をすると、俺達を不審がることなく会釈してくれた。トムさんが信頼厚い人物なのか、門番の仕事が雑なのか。まぁ武器の類は持ってないしな。寧ろ何故か恥ずかしそうである。
「うわぁーすごい!」
「おおおお!」
村に入ると木造の住居が並んでいたが、進むにつれて活気があふれていく。更に進むとメインストリートなのか、人で溢れていた。行き交う人の多くは村人だが、中には軽鎧で話しながら歩く者や、矢筒を背負う者、杖を手にした三角帽子の女の子もいれば、大きな盾を背負った体付きのいい男もいる。
「凄い人の数ね!」
「うん、思ったより人多いな」
改めて異世界なんだなと感じる。少し行き交う人々から視線を外すと、野菜を売る店もあれば、ソーセージ等の肉を売る店、魚を売ってるお店や、串焼きを売っていたり、その場で食事をとれる屋台もあるようだ。お店以外では、大道芸を披露する男が居たり、井戸を囲み姦しくしている女性たちが居る。
「いい匂いだな……」
唾液が溢れてくる。隣を見ると、パトさんが目を閉じてくんくんしている。ちょっと涎出てないか? 転移してから何も食べていないので、仕方がないか。その後少し進むと――
「拓人! あそこウサギいる!」
「もふさん?」
「うん、もふさん!」
「――でも……あれ、多分食用だよ……」
小さな檻に入れられた数匹のウサギを指す彼女の表情は、希望から絶望に転化した。
「えっえっ、なんで?」
「いや……昔は日本人もウサギ食べてたし……」
「嘘だ嘘だ!」
「あれ食用ですよね?」と聞く俺に、「高いけど旨いき」と親指を立てるトムさん。
パトさんの方を見ると、とっさに耳を塞いでいたが、グッジョブポーズで悟ったのか更に表情は酷く、大金持ちが破産したような表情になっていた。
しばらく歩き、大通りを抜けた辺りで表情が戻り、キリっとして宣言する。
「うちは、すべてのもふさんを救います!」
「ど、どうした急に」
聞くと、あんな可愛いのに食べるのは間違ってる。お金持ちになって、全てのウサギを買い取って野に放ち、もふもふ王国を作るとの事。
そういうゲームじゃねえからこれ!と頭の中で突っ込みを入れつつ、口では肯定しておく。
そうこうしているうちに、目的地の雑貨屋についたようだ。
建物の外に構える店には、店員らしき人は居らず、大きな立て看板が置いてある。
「いや、読めねーし!」
突っ込む俺に対して、頷くパトさん。対してトムさんは、笑いながら直ぐ近くの建物のドアを開ける。
「アンシェル~! アンシェルいるか~?」
石造りで建てられた建物は、周りの木造の民家より一回り大きく、トムさんはその中へと消えていった。
「流石に、これでは中には入れんな……」
「う、うん」
お互いに自分の足の裏を確認するが、真っ黒である。
ドアまで近づき覗くと、どうやら中は工房のようで、奥にある作業台の近くには金槌や鑢、その他見たことの無いような器具が乱雑に置かれている。壁には盾や剣が飾られており、鉄くずが床一面に散乱し、更には煤で真っ黒だ。工房の先が居住スペースなのか、トムさんの姿はそこには無かった。
「こうなると、違う意味で入れんな」
興味深く中を覗いていると、トムさん達の声が聞こえてきた。
「――んだよ親父」
「ちょっと来るき」
「オレは忙しいの!」
「おめえただの休憩中だろうき、いいから来るきに、珍しいもん見せてやるき」
イヤイヤ連れて来られたアンシェルと言う名の若者は、工房へ来ると俺達を見て目を丸くした。
「親父……あいつら誰?」
彼は少し慌てたように問う。紺碧の短髪、俺より少し背は高く、スマートでありながらも腕回りの筋肉はやや太く、右頬には切り傷があり少し強面だ。
「黒髪の男がタクトで、隣のねえちゃんが……パトレシナだ」
「そう、パトリシアよ!」
トムさん惜しい! パトさんも否定せずに訂正する辺り、弁えている。
出口付近までアンシェルが近づき、物珍しそうに俺達を見回す。
「――黒髪とは珍しいな、それに女の方は綺麗なのに、汚いな……で、お前ら靴はどうした?」
何処から説明すればよいものかと悩んでいると、トムさんが口を開く。
「こん子達は迷子の上に、無一文で買えんのさ、ただスライムコア持ってるから、おめえに買い取ってもらって色々揃えようって話さ」
頷く俺達に向かい、なるほどなと顎に手を当てる。
どうやら買取には許可証がいるらしく、アンシェルは雑貨屋を経営している事もあり、許可証を持っているらしい。
「買い取ってやりたいんだがな、ただ半年前に村の近くでダンジョンが見つかってな、その影響で村に人が溢れ、取引に関するトラブルも同様に急増した。以降モンスタードロップの買取は冒険者ギルドを通さないといけなくなったんだ」
ギルドが買い取る主な理由として、周辺モンスターの討伐状況の把握や、シャークトレード等の冒険者同士のトラブル回避、レアアイテムの真贋鑑定等、あらゆる方面でその方が便利であり、更には世界各地に冒険者ギルドが存在する為、文化が分からない異種族でも安心して利用できるとのことだ。
それにしても異種族か……そういえば、さっき井戸を囲んでいた女性の一人はエルフだろうか、耳が尖がっており、色白に見えたな。
「良く分かんないけど、うちらは冒険者ギルドって所に行けばいいのよね?」
「そうみたいだな」
不意にアンシェルの表情が曇った。
「そ、そうだが……どういうことだ? お前らがギルドの仕事内容を知らないのは分かるが、人種でありながら冒険者ギルドを知らないというのは……」
「えっと、俺達……」
「こん子達は別の場所から飛ばされて来たらしいき、バヴィさえ知らんかったに」
「はぁ?」
え、マジデ!? みたいな表情のアンシェルに二人して頷く。
「ちょちょちょ、えっ?」
トムさんと俺達を交互に見るが、3人で頷く。
「いやいや、親父なんでそんなに冷静なんだよ!」
「せやかて事実やに、それにさっき一盛り上がりしたきに。おめえもパトレシアのお手玉見るき?」
「いや遠慮しておく……そうじゃなくて!」
髪をわさわさとかき乱しながら、入口を出ていき何やら店から探して戻ってくる。
「足洗って、これ履きな」
アンシェルは入口近くの大きな壺を指す。中には雨水を貯めたのかたっぷり水が入っていた。
その水で足を洗い、俺達は渡されたサンダルを履いた。
「ねんがんのサンダルをてにいれたぞ!」
「うん!」
これで足裏真っ黒生活ともおさらばだ。
「アルシェルこれお礼ね」
スライムコアを何個か取り出そうとするパトさん。
「いや1つでいい、安物のサンダルだから1つで十分だ」
「そう? じゃあ1つね」
アンシェルは受け取ると日光にかざし、なかなか新鮮だなと呟いた後、雨水の入った壺にコアを落とした。
二人で「どうして?」の表情を把握したのかアンシェルが続ける。
「お前らコアの効果も知らないのか?」
首を縦に振る俺達に「まぁそうなるか」とため息をつく。
面倒くさそうに説明するアンシェルだったが、俺たちが「マジか!」とか「すご~い!」等と驚くたびに、徐々に得意気になっていき「そうだろそうだろ?」とか「お前らの場所ではどうしてたんだ」等と盛り上がっていった。
どうやらこのスライムコア、思っていたよりすごいのだ。
部屋に置おけば湿気取りに、川の水や雨水を汲んで入れておけば浄水でき、ついでに洗濯物も入れておけば綺麗に汚れが落ちる。怪我の殺菌も出来たり、子供のおもちゃにまでなるとあって、まさに万能なのだ。
「まぁ、使えなくなってくると白く濁ってくるから、向こう側が全く見えなくなったら捨てるんだぞ」
「なるほど、洗濯ですら10回程度とは……割と長く使えるのな」
「拓人、これ寝てる間顔に乗せてたら、肌潤ったりしないかな?」
「ん~見た目潤いそうだけど、湿気取りになるぐらいだから、逆にカサカサになるんじゃないかな」
「そ、そっか」
アンシェルも、なるほどといった表情をしつつ、美容に使うのは聞いたこと無いなと顎に手をあてる。
「そろそろ、ワシは畑もどるき、アンシェル後は頼んだに」
「お、おう」
だいぶ日が傾いてきたのもあり、残った畑仕事を終わらせに行くというトムさん。
俺達は連れてきてもらったお礼を言い、手を振り見送る。
「とりあえず中で話すか」
アンシェルも俺達を受け入れてくれたのか、警戒する様子もなく工房の奥へと通してくれる。
このあたりは、パトさんのコミュ力の高さが大きく影響している気がする。実にありがたい。
工房の奥は工房内とは違い、最低限の物しかなく散らかってはいなかった。
部屋の中央に木製の長方形テーブルがあり、麦わら素材の座布団が敷かれている。
「適当に座ってくれ」
そう言うと、部屋の奥側に座るので、手前側に二人並んで座る。
「えーっと……つまり、何も知らないと?」
「この国の事も?」
「この地域の事も?」
ひたすらに二人で頷く。その後も頷く事が多く話が進んでいき――
「1+2は?」
「「3」」
「35+40は?」
「「75」」
「お? 12345+56789は?」
「「69134」」
「計算だけ超速ええな! 最後オレも合ってるか分かんねえし!」
「うちら数字だけは強いのよね」
得意分野を褒められ、二人でニコニコしていると、スッキリとした表情でアンシェルが続ける。
「あれだな、本当にこの世界の事だけ何も知らないな」
これにも頷きで答える。そうした中ふとパトさんが口を開く。
「あ、うん、そういえば、うちらの世界だと左手の薬指に指輪を着けてると結婚してる証になるんだけど、それって……」
頷く俺も、アンシェルが顎に手をあてる度に、薬指の指輪が気になっていた。
すると、アンシェルは「マジカ! でもそうだよな……」と俺達の指先を確認しつつ、驚きから納得へと表情を変える。
そして、立ち上がり俺に掌を向けると――
「スティール!」
「「えっ?」」
拓人の黒シャツはアンシェルの手元に現れ、拓人は上半身裸となった。
「「ウホッ! いい男!」」
(つづく)
読んでくれて誠にありがとうございます。
少しキリが悪くてすみません。
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