第7話:セリモンドワキットシガ!
今話もお開き下さり、誠にありがとうございます。
川上に向かって、村と思われる場所へ歩を進める。
「拓人、何だろうあれ」
「ん? おー、いっぱいいるね」
あれから15分ほど歩いていると、小さく白い生き物が動くのが見えてきた。
心なしか歩くのが早くなっていくパトさん。
「あれ羊かも?」
「ほ、ほんとに?!」
そう俺がそう呟くと、さらに歩くのが早くなった。
「あ、パトさん待って待って」
「はやく!はやく!」
近くまで歩いていくと、そこには角を生やした羊が居た。正確には羊より二回りほど大きく、鹿のような立派な角が生えているが、角を除くとまさに羊だった。パトさんが近づく前に注視するが、名前は表示されない。
どうやらモンスターではないようだ。
蒼い瞳をキラキラさせながら、「いい?」と此方を向きながら親指で羊を指している。
「ゆっくりね」と頷いてやると、泥棒の様に近づいていく。
「はは、逆に警戒されるよ……」
ただ自身が大きいのか人間に慣れてるのか、警戒する様子はなく草を食んでいる。
難なく羊へとたどり着いたようだ。
「おおー、触れる触れる……でもなんかゴワゴワするね……まあいいでしょう」
「ん?」
すると、丁度よさそうと軽く跳び羊の上にしがみついた。藍白が見えている気がするが、気にしないでおこう。その後、彼女は羊の背中に顔をうずめ……。
「ん~、やっぱりあなた悪いもふさんね」
パトさんがそう呟くと、理解したのかは分からないが、急に身を震わせ彼女は振り落とされた。
モフモフしてれば、全部もふさんなんだろうな。
振り落とされたパトさんは俺を見て、より一層キラキラさせている。
「え?」
その後、何度も飛び乗っては振りほどかれてを繰り返し、終いにはステータスを調整したのか、角を掴んでロデオみたく荒ぶっている。黄色い声で戯れる彼女の服装は酷い事になっていた。
転移後の不安は何処へやら。微笑ましく思いながら、改めて周りを見渡す。
草原の先、川の横に位置する場所は、数百メートル四方が2重の柵に覆われているようだ。外側の簡易的な柵は中が見えており、農作物が育てられているのか、草原の緑だけではなく小麦色や土の色が見て取れる。内側の柵は2メートルほどあり中が見えず、茶色が濃く頑丈そうである。高見櫓もいくつかあり、村であれば立派だ。
「ん? あれ人じゃね?」
簡易柵の内側から、興味深そうにこちらを見つめる人がいる。きっとロデオの所為だな……どうしたものか。
「うぉ? 第一村人発見?!」
羊の姿は無く、いつの間にか隣に並んだパトさんも気が付いたようだ。
「おおぉーーーい!」
大きな声に驚く俺の横で、パトさんが大きく手を振ると、村人も手を振り返してくれている。
簡単な事だったようだ。でも一応念のために――
「き、危険な人かもよ?」
「なに心配してるのよ、手振り返してくれる人に悪い人は居ないって」
近づきながら見渡すと、数人が所々で農作業をしているようだ。
手を振り返してくれた農夫は間もなく初老といった雰囲気で、犂を着けた羊を引いていた。
農夫のすぐ傍まで近づくと、一応男の俺を立ててくれているのか、パトさんは横で俺が話すのを待っている。
「こ、こんにちは」
羊を止めた農夫は、麦わら帽子のような帽子を片手で取り、笑顔で話した。
「チョルキニサッチコワ……ウィラニアグルーニャラングドシャ……チョルキムニ?」
――笑顔だった俺の頬に汗が流れる。パトさんの方を向くと、そこにはゴーヤを生で食べましたみたいな苦笑いがあった。きっと俺も同じ顔をしてるのだろう。
時を戻そう。
今まで生きてきて、したことのないぐらい連続で会釈し、一定距離を取る。
農夫に見えないよう後ろ向きになり、しゃがみ見つめ合う。パトさんの蒼い瞳は、驚きと疑問に溢れている。
「ど、どういう事よ拓人……」
「う、うん……日本語じゃなかったね……韓国語っぽい?」
「確かにそんな雰囲気あったけど、ラングドシャって言ってたよ」
「あ、俺もそこだけ聞こえたよラングドシャ……ラングドシャって何語?」
「えっと、フランス語だったかな……でも分かったところで、初対面で言うかな……」
これは困った。パトさんと一緒に転移したのもあって、外国語かもしれない案件を忘れていた。
パトさんには、異世界転移なんだから日本語である保証が無い事を話すと、確かにと納得してくれた。
「ど、どうしよう」
俺が呟くと、パトさんは突然ジェスチャーを始めて、俺に何かを訴えかけてる。
聞くと、どうやらジェスチャー検定3級を持ってるから、何か伝えられないかと手を動かしているようだ。俺も、何か手はないかと考えていると、すぐ後ろから先の農夫の声がする。
振り向くと、中腰で不思議そうに見つめる農夫がいた。
「何シガニット?」
「イ、イヤ何でもない、ち、ちっこし人見知りでんがな……」
「え、拓人不自然すぎ、えっとね……」
パトさんのジェスチャーに首を傾げる農夫。いやパトさんも大分不自然だからね?
「おむいら何シガットワキラニガ……オリのコテバワキラニガ?」
「はい、ちょっと伝わりにくいというか」
「うちも全然分からないというか……あれ?」
なんか少し聞き取れた気がするぞ? あれ?
パトさんも雰囲気でなんか聞き取れてるのか、硬い表情から驚きの表情へ変化した。
今度はジェスチャーを交え、パトさんが頑張って伝える。
「私たち、日本から来たのですが……」
中腰だった農夫も同じような姿勢となり、良く分かってはなさそうだが、雰囲気で頷いている。
「えっと、私たちの話してる言葉分か……わ、ワキルニガ?」
「オエアオエア! セリモンドワキットシガ!」
すごい! 農夫のおじさんは親指と人差し指で「すこし」のジェスチャーをしている。
「マジかよ! ここに異文化交流極まれり!」
思わず立ち上がり、テンションの上がった俺に農夫がビックリしている。
慌ててパトさんが俺の足を叩き、「ごめんなさい」のジェスチャーの後、「こいつは頭がパー」のジェスチャーをしている。それは傷つくんだが。
「おむえらのコテバぬめりひげーき、わきるにきっとかっと」
「「きっとかっと?」」
「おう、かっとかっと」
なんだろう、楽しいんだけど。外人と話すの好きなのかもしれない。
その後、「スライムを蹴り飛ばして倒した」のジェスチャーが上手く伝わったり、3人で自己紹介したり、この場所の情報を聞いたりした。どうやらこの農夫の名前は覚えやすく、トムという名前であり、この場所はトータス村だそうだ。
いつの間にか立ち話になり――
「それにすても、おめえさんら言葉上手くなるのはやくねえき?」
うん、何故か言葉が分かるようになっていた。この世界にはきっと自動翻訳機能が備わっているんだろう。しかもトムさんの口元は日本語とは程遠かったが、何故か今は日本語に見えるのである。
科学の力ってすげー。
「それと、気になってたんだけど、パレスチナの恰好は大丈夫なんき?」
「うち、パトリシアね!」
どうやら固有名詞はうまく翻訳されず、覚え難い場合があるようだ。羊の名前が「バヴィ」と言うらしいがうまく発音できない。
パトさんは自分の恰好を確認する。ぎりぎりミニワンピースとも言えなくもないが、かなり際どい上に汚れている。それに素足も加わると、やはりこの世界でも心配になる服装のようだ。
「うはっ、拓人の上着メッチャ汚れてるやん」
「知ってた」
その後、和気藹々と話をしていると、別の農作業をしていた人達も一人、また一人と集まってきた。トムさんと同じぐらいの年齢の女性が話しかける。
「トムさん、その子達は一体誰なんだい?」
「おう、どうやら迷子らしい」
「うん、俺達道に迷ってしまって……つ、ついでに無一文でして……」
「それまた大変なこって……ん? その膨らみは何ね?」
女性の農夫はパトさんの恰好を興味深そうに眺め、不自然に膨らんだポケットに気が付いたようだ。
「これ、悪いスライム倒して集めたんです……よっと!」
「「「おおお!」」」
パトさんがチャックを開け4つ取り出し、道ながらに習得したお手玉を披露すると場が沸いた。
一通り場が落ち着くと、上手くすべてを手に戻し、簡単な拍手のなかお辞儀をする。
これ大道芸で食っていけたりしないものか……。
「――スライム倒したって、おめえさんら冒険者なんき?」
冒険者というのは、あれだろうか? 酒場でクエスト受注して、モンスター倒したり、何か集めたり、何か助けたりする職業の事だろうか。パトさんは「えっ?」と俺を見るが、俺は首を傾げる。
「冒険者? ――うちら、そんなに冒険してないけど……」
「「「???」」」
農夫達が首を傾げ、パトさんも続き首を傾げている。異文化交流が極まるには時間が掛かりそうだ。
皆の首が斜めになって間もなく、女性の農夫が話す。
「――トムさん、あんたの息子雑貨屋やっとろーに、とりあえずあれさ買い取ってあげればこの子達も一晩ぐらい何とかなるんじゃないさ?」
「そうだなぁ、見たところ、おめえさんら悪い人間には見えないきに、連れてってやるき」
「ありがとうございます!」
トムさんはそう言うと、羊から犂を外して柵の外へ放ち、村へと歩き始めた。
他の農夫達も元居た方へ歩き出し、作業に戻っていく。
俺達はトムさんの後ろを付いていく。パトさんは歩きながら柵の外で草を食べ始めた羊をチラリと見た。
「ばヴィ!」
「うん、言いにくいよね、バビで良くね?」
「バヴィ!」
言い慣れた発音で振り返り、親指を立てるトムさんは何故かカッコ良かった。
(つづく)
少しでもクスっと笑ってくれたら幸いです。
書く側は上手く翻訳の流れを書いたつもりですが、上手く伝わらないか心配です。
感想、ブクマ、評価良ければお願いします。