ep.54 One for All, All for One
いよいよ合唱コンクールも近づく中、
なんと虹己が伴奏者になってしまう。
そこで明かされる、彼の過去。
それを知った満はミミルが休養中の中、
自分でなんとかしようと拳を固める。
そして舞台はついに、
合唱コンクールへ…!?
☆虹己Side☆
まだ、心臓がバクバクいってる。
以前も感じたことがある、どうしようも無い感情だ。
そんな音を抑え込むように、胸をぎゅっと自分の手でつかむ。そうでもしなきゃ、この音が外にまで聞こえてしまいそうだ。
やっぱりやるんじゃなかった、なんて今更思ったってどうしようもないのは分かってるんだけど。
「どどどうしたの虹己君、もうすぐ本番だから少し緊張してるるるる」
そんな様子を察したのだろうか、彼が声をかけてくる。
いつにもなく小さく、震えまくっていて……正直、こっちが大丈夫かと思うくらいの動揺っぷりだった。
「いや、どう考えても君の方が緊張してるでしょ。満君、ただ歌うだけだよね?」
「そうなんだけどどど、虹己君がピアノ弾くんだって思うと急ににににに」
「自分より人の心配とか、お気楽な人はいいね」
つい嫌みを言ってしまうのは、そうでもしなとここに立ってもいられなくなってしまいそうだったからだ。
毎日のように特訓した合唱コンクールも、今日本番を迎えてしまう。
何年も弾いてないブランクがあったけど、体はどこか覚えてるようでさほど苦戦はしなかった。
ただし、ピアノを弾くことだけだったけど。
「もうすぐ本番だぞ、虹己。平気か?」
指揮棒を手に持ちながらやってきたのは、友人でもある恭弥君だ。
担う役割は違いながらも、立場的にはオレと変わらないというのに彼の表情からは緊張なんて感じなかった。
「平気、ねえ……そう見える?」
「あれだけ特訓したのに、まだ弱音を吐いているのか?」
「あんなのじゃ特訓って言わねぇだろ……」
数年間言わなかった、いや言えなかった事情を話した時、彼らは怒りも呆れもしなかった。
逆にオレのために何かしようと、必死に尽くしてくれた。
つっても、二人がじぃっと見ている中弾かされたり、緊張しないコツを伝授されたくらいだけど。
こんなことなら、もっと早く二人には話しておきたかった。
そしたら、もう少し早く、自分が変われたんじゃないかって。
昔のように、オレをあの人達の子供として見る人はいない。
だとしてもみんなの目が向くのは避けては通れない道で、今すぐにでもここから逃げ出したくて仕方ない。
……もし親父達がこのことを知ったら、どう思うだろう。
やればできるじゃん、とほめてくれたりするのだろうか。
……いや、それはない。そんなの、過去に捨ててきたじゃねぇか。
たった一回の失敗で、二度と訪れることもない幸せに思いをはせるなんて……オレらしくねぇな。
「少なくとも俺は大丈夫だと思ってる。もう少し自信をもて、虹己」
「ほんっと、同じ舞台にたつとは思えないくらいの冷静っぷりだね……」
「これでも緊張してる方なのだが……」
「二人とも名前! 手のひらに、自分の名前三回かいて飲み込むと、緊張しないんだって!!」
「満君、それを言うなら人の字だから。少しは落ち着いて」
あわあわしている満君に、淡々としている恭弥君。
なんか、いつも通りだな。
二人を見ていると、緊張が少し緩んで、思わず笑ってしまう。
「一組のみなさん、準備をお願いします」
司会の人が、舞台裏で控えているオレ達に言うと同時に、見ている人達の拍手がここまで聞こえてくる。
その途端、また心臓がどくんと音を立てた。
あの時と同じだ。
音波家の息子の初舞台だと期待や興奮が詰まった拍手がずっと、ずっと響いてー
「こ、虹己君!!」
聞き慣れた声に、後ろを振り返る。
そこには、いないはずの結愛がいた。
走ってきたのか肩で息をしていてー
「結愛……? なんで、ここに……」
「出番直前に、ごめんなさい……会わせてほしいって、私が無理を承知で頼みました……春夜ちゃんから聞いたよ? ピアノの伴奏をするってこと……」
あの先輩に話した覚えはない。おそらく恭弥君が口を滑らしたのだろう。
彼女がオレの事情を知るわけがない。だからオレは、無理にでも笑って見せた。
「ああ、まあ流れでってやつ? オレ手先器用だから、結構上手に出来るんだよね。オレ、すごくね?」
「あの……余計なお世話、かもしれませんが……両手!!! 前に出してください!」
すると彼女は、思いっきり両手を伸ばしてみせる。
よくわからなかったが、いわれるがまま自分の手を前に出してみせる。
すると彼女の手から置かれたのは、小さな手乗り人形で……
「え、この人形……もしかしてオレ……? こっちは満君と恭弥君、それに結愛まで……これいつから……」
「合唱コンクールに間に合うようにって、急いで作りました。私、苦手なことばっかりで、いつも虹己君に迷惑かけてばかりで……何か恩返しがしたいって、ずっと思っていました。虹己君は強いです。けど、平気なふりなんてしないで、無理に笑わなくていいんです……! 怖いときは怖いって、ちゃんと言ってください! 私だって虹己君のこと、支えたい!」
びっくりした。
まさか、気付かれていたなんて。
ゆっくり歩み寄る結愛は人形を持ったオレの両手に、そっと自分の手を重ねる。
優しいぬくもりが肌を通して、伝わってゆく―
「虹己君は、一人じゃありませんから」
いつにもましてきれいな笑顔だと、見とれてしまった。
結愛はオレの答えを聞こうともせず、ぺこりと会釈して舞台袖からはけていってしまう。
オレの手には彼女が作った人形だけが取り残されー……
「……さすが鳳先輩、だな。俺達が言おうとしていた言葉を、先に言われてしまうとは」
感心するかのように、恭弥君がオレの隣にそっと立ち、おかれた人形を一つずつ隅の方に置いていく。
さっきまで緊張していたのはどこへやら、満君がオレの両手をがしりとつかみ……
「一人でできないことも、みんなでやればきっと乗り越えられるよ! だから、一緒に頑張ろう! 虹己君っ!」
「満君……」
「失敗なんて誰だって経験するんだ。最初から完璧すぎる演奏なんて、見ていてもつまらない。挫折して、それを乗り越えてこそ、今までにない何かが見いだせると俺は思うぞ」
「恭弥君……」
行こうと、満君が先にみんなとともに行ってしまう。
大丈夫、そう笑いかける恭弥君も後に続いてゆく。
そうか……やっと、わかった気がする。
「指揮者、藍沢恭弥。伴奏、相良虹己。曲目は時の流れるままに」
彼がふる指揮棒とともに、オレの弾くピアノの音が体育館中に鳴り響く。
不思議だ。今でも手が震えて、怖くて、人の顔なんてとても見れそうにないのに。
まるで自分の手じゃないみたいに、すらすら動く。
みんながオレを見ている。
それが嫌で逃げ出して、ずっと見ないふりをしてきた。
あの時からオレは、ずっと一人だと思っていた。
上手に弾けて当たり前、プロを目指すのが当たり前。
そんな窮屈な世界から、彼らが救ってくれた。
逃げることしかできない、情けないオレがこんなにも楽しくて、変わりたいって思えてー
気が付くと、演奏を終えていた。
やまない拍手を体中で浴びながら、舞台袖にはけていく。
「虹己君! 大成功だよ!! 伴奏、成功してよかったね!」
興奮するように、彼が言う。
大好きなアイドルのステージを見終わった時と、同じ顔だ。
「やればできるじゃないか。今回の伴奏は、どの練習よりも素晴らしいものだったぞ」
弓道でいい結果を出した時と同じ表情を浮かべた、彼が笑う。
そんな二人の澄んだ表情を見ていたら、自然と笑みがこぼれてしまいー
「あったりまえじゃん。なんつってもオレ、音波家の血が流れてるからな」
恭弥君も、満君も、オレも、みんな、笑っていた。
まるであの頃捨てた幸せが、戻ってきたかのような……
笑い合うオレ達のそばで、四つの人形が寄り添うように優しく見守っていたー……
(つづく・・・)
この合唱コンクール編は
投稿にあたり、新しく書いたのですが
私の書きたいものが詰まったものでもあります。
三人の中で、抱えているものが大きすぎる虹己君。
なんとしても、救ってあげたかったんです。
物語を通してかなぁり成長した虹己君。
ここまでくると、真の主人公は誰だっけ
なんて言われそうですが
気にしないことにしますね笑
次回は2月1日更新!
2月といえば……? お楽しみに!




