ep.13 退学を免れるために性を売る。
カップル申請書の提出期限まであと1日。
なんとか出せた満と恭弥だったが
肝心の虹己が未提出だという。
そんな中、運命の相手と言われている結愛と
話をするために
ミミルはとんでもないことを思いつくー!
「目的確認。神様は俺に味方してくれるみたいだね、ちょうど彼女一人だ。準備はいいか? 三人とも」
ごくりと唾をのむ音が、聞こえないかと心配になってしまう。
心臓がバクバクいっているのは、緊張のせいなのだろうか。
その翌日の放課後。僕達が向かったのは校舎の中にある、家庭科室だ。
ドアに部活動の活動日程表が貼られてあり、今日のところには手芸部と書かれている。
誰もいない部屋の中に一人、彼女―鳳先輩の姿はあった。
なにかを作っているのか、糸で何かをぬっているように見える。
これから彼女と話し合うって思うと、なんだかこっちまで緊張しちゃうな……
失敗したら、虹己君が退学しちゃうし……
「……あのさ、ほんっとうにこれでいかせるつもり?」
「大丈夫だ、虹己。俺や満では思いつかない、ミミルならではの案だ。この方が効率もいいと思う」
「そ、そうだよ虹己君! すっごく様になってるから、自信持って!」
「退学したくないっちゃしたくないけどさぁ……なんでオレが、女性にまでなってあの子のとこ行かなきゃいけないわけ!?」
そう言いながら恥ずかしそうに、スカートを両手で押さえる。
こっちみてんじゃねぇ! と言うその声も、いつもの虹己君より高めに聞こえた。
フィオーリであるミミルが、彼と鳳さんを救う方法として考えたこと。
それは虹己君が、女性になることだった。
ただ変装して女の子の格好をするだけで済めば、まだいい。
だけどそれだけですまないのがミミルのすごさであり、楽しそうにしているわけでもある。
どこからどうみても彼の姿は女の子で、工程さえ知らなければ虹己君だと信じられないくらい完璧だった。
「しょうがないじゃん。鳳結愛は男性恐怖症なんでしょ」
「だからって完璧に女になる必要はないと思うんだけど!?」
「はいはい、愚痴は後で聞くからさ。さっさと行って来い!」
「えっ、ちょっ!」
虹己君はミミルに押し込まれる形で、家庭科室に足を入れてしまう。
物音で気づいたのか、鳳先輩はびくっと肩を揺らし恐る恐る振り返りー
「ど……どちら様ですか?」
やっと絞り出した声は相変わらずかわいらしく、今にも消えそうなくらい小さく聞こえた。
珍しく緊張しているのか、虹己君の表情はこわばっているようにみえた。
「あ、あの……さ……二組の鳳さん……ですよね。カップル申請書って、もう出しまし……た?」
「いっ、いえ、まだ……私、男の人が怖くて……近づけなくて……」
「鳳さんがよければだけどさオレ……あたしの名前で、申請書出してくれませんか?」
いかにも不思議そうな顔で、彼女は首をかしげる。
男性でダメなら女性同士でというのが、ミミルの策なのだろう。
でもそれだと、虹己君側には不便なんじゃ……?
「あたしもまだ、だしてなくて……友達もいるし、この学校できたらやめたくない……んですよね。だからお互いがお互いを助け合うって感じで……」
「な、なるほど……でも私……すぐ泣いちゃうし男の人いたら逃げちゃうし……迷惑しかかけないと思いますが……」
やはり一筋縄じゃいかない。
虹己君もやっぱりとでもいうように、小さく舌打ちをしている。
このままじゃ虹己君が退学になっちゃう……どうすればいいの……?
誰か……誰かどうにかしないと……!
「あれ~~~~~? きょうちゃんに満ちんだ~~~~結愛ちん覗いて何やってるの~?」
覗き込むのに必死だった僕達の後ろに、いつの間にか春夜先輩が立っている。
うわあっと驚いたはずみで、家庭科室のドアで音を立ててしまう。
しまったと思った矢先、鳳先輩はー
「いやあああああああああああああああああ!!!! おおおおおお男の人ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
僕達の姿を見た途端、大声で叫びだす。
これじゃあもう彼女は話しどころではない。
鳳先輩が端っこの方に逃げようとした、その時―!
「待てよ!! 逃げてるだけじゃ、何も解決しねぇだろうが!!」
彼女の腕を、力強くつかむ者がいた。
無論、虹己君だ。
女性の声なのにすごく凛としていて、かっこよくてー……
「離してください!! 私、本当に男の人がっ!」
「分かってる! 分かってるけど、逃げてるだけじゃ何も変わんないって言ってるんですよ! あんただって、退学したくないでしょう!?」
虹己君の気迫は、女性とは思えないほど圧倒される。
きっと彼女もさすがに気付いたんだろう。怪しむように
「あなたは……本当は誰、なんですか?」
と問いただす。
その目には涙がうっすら浮かんでいて、手を離したらすぐにいなくなってしまいそうな気がした。
「オレは一年一組の相良虹己、一応男性。こんな格好しているのは、あんたとこうして話すためっす」
「私と……話す……?」
「相手なんていくらでもいるって余裕ぶっかましてたら、今日になっちまった。オレもまだ申請書を出せてません。こんなくそみたいな校則がある高校でも、勉強してやっと受かったのは事実だし、退学はしたくない……あんただって、そうでしょう?」
虹己君の言葉一つ一つが、彼女の心を落ち着かせるように響く。
今まで見ていた彼とは全然違う一面を見ているようで、僕は何も言えなかった。
恭弥君もじっとかたずをのんで見守っている。
はあっと一息ついた虹己君は、彼女に優しい声色でこういう。
「今後の生活のためです。オレの名前で、カップル申請書を出してほしい」
「……でも私……ほんとにダメなんです……男の人が怖くて、怖くて……」
「言われなくても、必要以上に近づいたりしませんよ。どうしてもってときは嫌な女装して、あんたに話しに来る。それでも嫌なら……オレは止めません。で、どうしますか? 退学するか、オレの名前で出すか」
こういう時の虹己君は、本当に男らしい。
あんなに嫌がってた女の子姿を、彼女のためならすすんでやるなんて。
ああ、やっぱり虹己君ってすごいなあ……
彼の思いが功をなしたのか、鳳さんはやっと虹己君の目を見て
「……私でよければ、お願いします」
目にはうっすら涙を浮かべながら、くすりと笑ってみせる。
夕日に照らされた彼女の姿が、僕にはすごくきれいに見えてー……
「あっ、ごめん三人とも。時間切れ」
すっかり感傷に浸っていたと同時に、ミミルの声が頭上から聞こえる。
何の話か分からない僕達は、ミミルの方を向こうとする。
「ぴぎゃああああああああああああああああ!!!! 男の人ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
同時に響く、甲高い悲鳴。
慌てて向きを戻すと、そこにはさっきまで女性姿だったはずの虹己君が元に戻っていた。
そうなるともう彼女は耐えることが出来ない。あっという間の速さで、その場を後にしてしまった。
「やれやれ。久しぶりのせいかまだなまってるんだな~」
「ちょっとミミル! せっかく話がまとまったのに、振り出しに戻っちゃったよ!?」
「大丈夫だって、満。そこらへんは」
「なんだかよくわからないけど、結愛ちんが嬉しそうなら春夜ちゃんハッピー」
「……まったく、厄介ごとはまだ続くってわけだな……」
同じように見守っていた春夜先輩に対し、ため息交じりでつぶやく恭弥君。
ごめんごめ~んと反省の色すら見えないミミルに、どうしようと助けを求める僕。
そんな僕達を見て呆れかえっているのか、虹己君もまた深いため息をつく。
僕たち三人の高校生活は、まだ始まったばっかりー……
(つづく!!)
前回と今回のタイトルで
一つの文になるようになってます
個人的に男子が女装するという展開は
よく書いたりするのですが
女装ではなく、本物の女性になるという
なんともとんでも展開ですね。
フィオーリ、恐るべしです。
女の子になっても虹己君は男らしさ抜群で
相手役の結愛ちゃんが少し羨ましいですね。
次回は13日更新。
仮という名のカップル生活が、
徐々に動き出します!