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 いつものように、ベッドサイドにある読みかけの魔術書を手探りで探す。これはクレオパスが最年少魔導師になると目標を決めた時からしている習慣だ。


 なのに、今朝はそれが見つからない。


 もしかして、眠っている間に寝ぼけて本を床に落としてしまったのだろうか 。そう思ったクレオパスはゆっくりと目を開けた。

 そこで目を見開く、彼がいたのはいつもの自室ではなかった。


「は? はぁぁぁーーーーーーっ!?」


 あまりに驚き過ぎたせいか、大きな声が出る。おまけに横になっていた寝台から転げ落ちてしまった。


 どこか近くで猫の悲鳴が聞こえた気がした。


 お尻が痛い上にわけが分からない。クレオパスが戸惑っていると、扉が開き、ゆったりしたワンピースに身を包んだ犬耳の女の子が眠そうな顔で入ってきた。

 だが、その表情は次第に呆れたものに変わる。


 それで思い出した。自分は、昨夜、転移魔術の練習に失敗をして、獣人の街に飛ばされてしまったのだと。そうして、猫獣人と犬獣人の夫婦の家にご厄介になっているのだと。


 それなら言葉も通じないだろう。クレオパスはすぐに通訳魔術を詠唱した。昨日は揺さぶられたが、ここにはミーアはいないので大丈夫だろう。


「お、おはようございます、リルさん」

「きゃあ!」


 ここでは聞こえないはずのミーアの声がした。リルの方を見ると、ビクビクしているミーアが、妹に隠れるようにして立っていた。


 彼女もリルと同じようなワンピースを着ていた。ただ、ミーアの方は軽い上着を身にまとっているという違いがあるが。


「お、おはよう……ございます、ミーアさん」

「お、あ……あ……ニャアアアアアーーーーーー!」


 ミーアは最初は挨拶をしようとしていたようだが、震えてなかなか言えず、ついには悲鳴を上げてしまった。

 挨拶をするだけでこんなに怯えられてしまうと、クレオパスも困ってしまう。


「……お姉ちゃん、クレオパスさんは『おはよう!』って言ってるだけだよ?」

「ミャアーーーー! ミャァァァーーーー!」

「お姉ちゃんったらもうっ!」


 リルの服の裾をつかみ猫の悲痛な声ばかりあげているミーアに、すがられているリルも少しだけ呆れ顔をしている。

 おまけに怯えながらも、リルにまで上着を着せようとしているのだ。これはどう反応したらいいのか分からない。


「おはよう、クレオパスさん。それにしても、なんでベッドから落ちてるんですか? ドジ?」


 リルはとりあえず怯える姉は後回しにしたようだ。

 それにしても、その質問もどうかと思うのは気のせいだろうか。


 事情を説明すると、リルは納得した顔になった。どうやら学校の合宿かなにかで外泊した時、リルも同じような心境に陥ったらしい。

 さすがにベッドからは落ちなかったけど、と余計な事を付け加えて来る。


「どんな合宿なんですか?」

「狩りの合宿だよ」


 さらりと言われた答えについ面食らってしまう。獣人の学校では狩りの授業というのがあるのだろうか。


 聞いてみると、確かにそういう授業はあるが、どうやら運動が主な目的のようだ。

 獲物役とハンター役に分かれて狩りのまねごとをする、いわゆる追いかけっこみたいなものらしい。

 ただ、ハンター役の方はグループを組むのでチームワークというのも必要になるらしいのだが。


 こんな事は知らなかった。大体、獣人が学校に通うという事も、たった今知ったのだ。


 ミーアにもあったのだろうかというのは気になるが、当の本人がブルブル震えている状態では聞くものも聞けない。


「お姉ちゃんもあったよね?」


 それを察したのか、リルが代わりに聞いてくれた。


「う、うん。あったあったわ。犬の獣人のと違ってこっちは集団スポーツじゃないけど、リルは集団で『獲物』の数を競ったのよね?」

「そうだよ。え? お姉ちゃんとこ個人戦だったんだ?」

「そうよ。帰って来たとき話したでしょ。リルったら忘れたの?」


 リルと喋るときはミーアも落ち着くらしい。クレオパスの存在を忘れているとも言えるかもしれない。それほど今のミーアは楽しそうだった。


「ねえ、クレオパスさん、なんか不思議そうにしてるけど、お猿の獣人の学校ではそういうのなかったの?」


 だが、リルの次の言葉で場の空気が固まった。


「お、おさ……」

「リルっ!」


 思いがけない言葉にクレオパスはとっさに反応が出来ず、ミーアが悲鳴のような声をあげた。


「な、何?」


 そしてその発言をしたリルは何でクレオパスと姉がそんな反応をしたのか分からないようで戸惑った表情をしている。


「リル、クレオパスさんは猿の獣人じゃないの。『人間』って言ってね……」

「え? 『ニンゲン』の獣人? そもそも『ニンゲン』って何? どんな動物?」


 その言葉にクレオパスは頭を抱えた。どうやってリルに説明すればいいのか、彼には分からないのだ。


「クレオパスさんは『獣人』じゃないの。人間っていう種類の動物なのよ。人間っていうのは、今、目の前にいる……ニャッ!? 怒らないでくださ……ニャアアアーーー!」

「……ちょっと、お姉ちゃん。そんなんじゃ説明にならないじゃない」


 そしてミーアの方はクレオパスを異様に怖がっているので上手く話が出来ない。真顔で話を聞いていたのがいけなかったのだろうか。


「お、おれは怒ってませんよ」

「知ってる。ごめんね、お姉ちゃんが」


 あまりの話の進まなさにリルが困った顔をしている。


 リルの後ろでごくんと唾を飲み込む音がする。そうして怯えていたミーアが顔をあげた。そして目を見開く。


「やだ! クレオパスさん! 昨日の格好のままじゃないですか! 大変! 服を父に借りてきましょう。ちょっ……と大きいかもしれませんが、我慢……でき……ます……か?」


 早口でまくしたてている。そして最後、クレオパスに聞きにくいであろう事を尋ねるときはおどおどしている。頑張って話そうとしているが、やはりどこかクレオパスの機嫌を損ねるのを恐れているようだ。


 昔、人間とトラブルがあったと彼女達の母親のミメットから聞いているが、何があったのだろうと不安になる。


「すみません。ありがとうございます。何から何までお世話に……」

「ではとりあえず父に聞いてきますので。リル、あなたも身支度するのよ」

「え!? お、お姉ちゃん、『ニンゲン』の説明は?」

「それは後。そろそろ朝ごはんでしょ」

「え……」


 リルが唖然としている。クレオパスも苦笑したかった。どうやらミーアはこの場から一旦退却する事に決めたようだ。


「じゃあクレオパスさんまた食堂で会いましょうっ! 行くよー、リルー!」


 そう言うが早いか、ミーアはさっさと彼女の部屋に飛んでいってしまった。


 残されたリルはそっとクレオパスに肩をすくめてみせていた。

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