見知らぬ獣人の女性
次の日の朝食後、クレオパスは自室でミーアからリルの事情をこっそりと聞かされた。
リルはたまった宿題をしている。今日はお客様が来るので、先にやるべき事はやっておかなければいけないとミメットに言われて渋々やっている。ちなみにミーアはとっくに終わらせたそうだ。
それしても、そんな事情があったとはクレオパスは知らなかった。
「じゃああの二人は両想いだったんだ」
「多分そうだと思う」
だからなんとか上手くいって欲しいとミーアは言った。その事情が本当なら、クレオパスも同意見だ。
明日また遊びに来るというから、その時に誤解が解ければいいと思う。
それにしても何だかミーアがご機嫌だ。リルがクレオパスに迫った理由が分かったからだろうか。ライバルが減った事を喜んでいるのかもしれない。
——もしクレオパスさんの問題が解決してたらあたしの方を選ぶの?
ミーアが前に言った言葉を思い返す。あの言葉にクレオパスは無意識に『そうだね』と答えた。
それでも物事はそんなに単純ではない。
クレオパスはまだ帰りたい気持ちがある、と言ったら、ミーアは落胆するだろうか。悲しそうな顔を想像して胸が痛む。
それでもやっと父に再会できたのだ。懐かしい家に帰りたい。
「何? クレオパスさん、どうしたの」
「ううん。何でもないよ」
「そう?」
そんな気持ちも知らず、ミーアは嬉しそうにしている。それを見るとやっぱり申し訳ない気持ちになってしまう。
「とにかく、話し合いは明日なんだね」
話を戻す。ミーアはうんうんと頷いた。
誤解が解けるといい、と二人で言い合う。
「問題はどう二人きりにするかだね」
「クレオパスさんの力で……ううん、なんでもない」
魔術を使えば、と言いたかったのだろう。そして、やはり怖いので取り消した。そういうことだ。
術を使ってあの二人を二人きりにするのは、子供部屋のドアを開かないようにして、閉じ込めるくらいしか思い浮かばない。そして、それはいい事だとは思えない。
こうしたらどうだろう、いやいや、ああしたらどうだろう、と二人で相談し合う。
でも、なかなかいい案は浮かばない。
「まあ、リルさんも普通に会って話すって言ってたし、話し合いは出来るみたいだけど……」
そう呟くとミーアは『あ』と呟く。
「普通に話せばいいのよね」
そう言われて、ハッと気づく。確かにそうだ。
一体、自分達は何を気を回しているのだろう。そう思うと笑いがこみ上げてくる。ミーアも同じなようで可笑しそうに笑っている。
「リル! ミーア! クレオパスくん! お客様が来たわよ! 居間に来てちょうだい!」
ミメットの呼ぶ声が聞こえた。二人は『はーい』と揃って返事をしてから、また顔を見合わせて笑いあった。
***
先生たちはまだ来ていないが、ミュコス側としてバシレイオスと父が来てくれたようだ。丁寧にお礼と挨拶をする。
でも、来たのは父達だけではない。知らない獣人が二人着いて来てた。一人は灰色の耳、手足、尻尾を持つ二十歳くらいの猫獣人の女性、もう一人は彼女より少し年上くらいの黒豹の獣人の男性だった。
二人が信頼して連れてきたのだろうから怪しげな人ではないだろう。
「あの……この方々は?」
本人が目の前にいるのに、ついバシレイオスに聞いてしまった。
灰色の猫獣人の女性が前に進み出る。
「初めまして、クレオパスさま、ですね?」
「え? はい」
この猫獣人の女性はクレオパスを知っているようだ。どこかで会ったことがあっただろうか。
それにしても、様付けにされる理由が分からない。でも、訂正していると話が進まないので、そのままにしておいた。
「わたしたちは部外者なのに勝手に来てごめんなさい。でも、どうしてもお会いしたくて無理を言って連れてきてもらったのです」
「え?」
いきなりそんな事言われても困る。意味が分からない。
「……あの?」
「やっぱり直接おれい……」
「……ニャア、浮気者」
ミーアが恨みがましい声でそんな風に呟いているが、クレオパスはこんな女性は知らない。その前に、クレオパスはミーアと付き合ってはいない。
女性にもそれは聞こえたらしく、言葉を止めて可笑しそうにくすくす笑った。
「そういうお話じゃないんです。わたしは……」
「あれー? その人だれー?」
リルが居間に入ってきた。おまけにものすごく単刀直入にそんな事を聞いている。初対面の人にそれは失礼ではないだろうか。
「知らない人」
「ミーアさん!?」
確かに知らない人だが、初対面の人にその言い方はいけない。言葉に棘があるのはヤキモチを焼いているからだろうか。濡れ衣なのだが。
「ちょっと、ミーア! そんなこと言っちゃ駄目でしょ!」
娘の無礼にミメットも慌ててミーアを叱っている。
「初めまして。わたしはラーティクとマーシャの娘、ジェマと言います」
このまま誤解させてはいけないと思ったのだろうか。灰色猫獣人の女性が自己紹介してくれる。それで、クレオパスは彼女が誰なのか分かった。
「ああ、ラーティクさんの!」
リルも思い出したようで、びっくりしたように叫んだ。
ただ、一人、ミーアだけがわけが分からないのでぽかんとした顔をしていた。