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ミーアの迷い

 クレオパスに悪い事をしてしまった事はミーア自身にも分かっていた。

 冷静になればなるほど、自分の行いが恥ずかしくなってくる。


 あの後はリルに思い切り叱られた。


「お姉ちゃん、何やってるの!? クレオパスさんはリル達とちゃんと喋ろうとして不思議な力を使ったって言ってたのに! 可哀想に! 気絶しちゃったじゃない!」


 長い耳を振り乱してガウガウと怒っていた妹の言葉はもっともだ。


 ミーアが取り乱してクレオパスを揺さぶった事は家族中に知れ渡っている。母にすがりついて『怖かったの!』と泣きわめくミーアを見て、リルも文句を言わなくなった。さすがに異常事態だと分かったのだ。


 そんなミーアを気遣ってか、夕食のステーキには一番大きいお肉が出た。

 いつもなら父が貰うはずの大きいお肉だ。きっと父が譲って、母も許可を出してくれたのだ。

 いつもなら文句を言うリルも、『お姉ちゃんばっかりずるい! リルも大きいの食べる!』とは言わなかった。


 今は子供部屋で大人しくホットミルクをちびちびと飲んでいる。父が持って来てくれたのだ。


 クレオパスの相手は母とリルがしてくれている。今日一日はクレオパスに会わないほうがいいだろうと判断されたのだ。

 おまけにクレオパスに与えられた客室は、子供部屋から一番遠い部屋だった。あまりミーアとクレオパスが会わないように、という二人への配慮だろう。


 でも、あの人間がずっと滞在するのなら、ミーアはこの問題を克服しなくてはいけない。

 もちろん病人を追い出すのがいけないのはさすがのミーアも知っている。


「ちょっと急に近づけすぎたな。ごめんな、ミーア」

「ううん。あたしが悪いの」


 それだけ答える。それでもあの人間を別の所に預けると言われないのは、ミーアに人間を慣れさせるためだろう。

 ミーアにも分かっている。猫の獣人が人間と交流を持っているなら、遅かれ早かれミーアは人間に慣れなければいけないのだ。

 自分の容姿は『猫の獣人』なのだから。


「なるべくはやく、あの人間さんの家族を捜してあげなきゃな」


 父の言葉にうなずく。それは確かにミーアのためにも、クレオパスのためにもなる。


 とはいえ、人間が来るのはきっと収穫期だ。それまで数ヶ月、クレオパスはこの家に滞在する事になる。

 交流はどうしても持たなければならない。そうでなければクレオパスの猫の獣人に対しての印象も最悪になってしまう。


 ため息をついていると遠くからドタドタと走る音が聞こえる。すぐにすごい音とともに扉が開いてリルが飛び込んで来た。


「パパ! お姉ちゃん! リル、クレオパスさんとお話したの! あのね! クレオパスさんはこわくないって! それで……」


 興奮しているのか、はぁはぁ、と息を吐きながら早口で喋る。


「はいはい、分かったよ、リル。落ち着いて」

「ハッハッハッ! ワンワン!」


 息を乱し、意味もなくワンワンと吠えながらじゃれついてくるリルに呆れる。おまけに息を吐く時に舌まで出している。これでは獣人ではなくてただの犬だ。


 大体、リルは獣人なのだから、舌で体温調節はしないのにどうしてこんな仕草をするのかミーアには不思議だ。


 とりあえずゆっくり水を飲ませ落ち着かせる。


 妹の説明によると、クレオパスには家族を示す『苗字』という呼び名もあるらしい。それは『メラン』というのだと教えてもらった。

 家族を示す呼び方というのがミーアにはピンと来ない。とりあえず『メラン』という呼び方もあるのだという事だけ覚えておけばいいだろう。

 これは父も知らなかったようで、『そんな呼び名があるなんて。人間って面白いな』と言っていた。


「それで、クレオパスさんが怖くないってどういう事? クレオパスさんがそう言ったの?」


 それが一番の疑問だ。『おれは安心ですよー!』と言ってミーア達を騙し、苦しめる可能性もなくはないのだ。


「うん。不思議な力はあるけど、『人間』の中ではそれを悪い事に使うのはいけない事ですよって言われてるみたい。特にリル達みたいなそういう力を使えない相手には特にダメなんだって」


 だから安心していいと言われたらしい。


 どうやらそれを破ったら罰をあたえられるようだ。でも、その罰の内容をクレオパスは知らないという。


 こんな曖昧な情報で彼を信用していいのか心配になるが、その場に母もいたらしいのである程度は安心だろう。クレオパスは信用出来ないが、母の事は最大限に信用出来る。


 一応、クレオパスに揺さぶった事を謝った方がいいだろうか。


 でも、正直、ミーアにとってクレオパスは恐ろしい存在だ。


 もし、クレオパスがミーアが揺さぶった事を内心怒っていたら、謝りに行った先で何をされるか分からない。


 頭の中で『まがいもの猫ちゃん!』という声と下品な笑い声が聞こえて来た気がする。それでまた恐怖が蘇って来た。


「お姉ちゃん?」


 ぶるぶる震えているとリルが困ったような表情をしてミーアの顔を覗き込んでくる。


「クレオパスさんは……今、何してるの?」

「知らない。ごはん食べてお腹いっぱいになったから寝てるんじゃないかな?」


 何て能天気な意見だろう。ミーアは少し呆れた顔で可愛い妹を眺めた。リルが心外だ、と言うように頬を膨らませる。


「お姉ちゃん! 今、リルの事を馬鹿にしたでしょ」

「そりゃそうよ。子供の時のあたしたちじゃあるまいし」

「あ・の・ね! クレオパスさん体調悪いんでしょ? 急にこんな知らない家に来てちょっとは緊張しているでしょ。なのにリル達と話すために不思議な力っていうのを使ったんでしょ。疲れてるに決まってるじゃない! 食事はリラックス出来るし、おまけにメニューはママ特製のチキンスープだったし、誤解は解けそうだし、安心して眠くなってもおかしくないでしょ!」


 リルは一気にまくしたて、ふぅ、と息をつく。そうしてお水の残りをぐいっと飲み干した。


 妹の言う事はもっともだ。ミーアは素直に謝罪の言葉を口にする。


「分かればよろしいー!」

「リルったら!」

「キャーン! キャーン! もう! お姉ちゃん! いきなり飛びかからないでよっ!」


 得意そうな顔をしているリルにふざけて飛びかかる。もちろんあちらもミーアが遊びでやっている事は分かっている。キャンキャン! と吠えながらも顔は笑顔だ。

 リルとじゃれていると辛い事も忘れられる。こういう時、改めて可愛い妹がいてよかったと思うのだ。


 この平穏を守るために一歩踏み出そうとも思える。


 明日の朝は頑張ってクレオパスに話しかけてみよう。リルと楽しくじゃれ合いながらミーアはそう心に決めた。

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