ミーアの危機
「え!? ミーアさんもう出たんですか!?」
朝起きて、朝仕事をし、いつも通り台所に顔を出したクレオパスは、ミメットから、ミーアがもう登校したと聞かされた。
すぐにビオンにミーアを追いかけるように命じる。何事もなく学校に着いた事を確認してもらうのだ。
ミーアが最近勉強に力を入れるために、毎朝早めに登校している事は聞いていた。それは応援するべきだろう。
でも、一昨日、バシレイオスから、ルーカスが本格的にこちらに来る用意をしていると聞かされた。多分、来るならここ数日のうちだという。と、いうことは今日という可能性もある。
だから、すぐにクレオパスは理由は伏せた上で、早朝登校をしばらくしないで欲しいとミーアに言った。
あの時は笑顔で『うん。分かった』と言っていたから本当に分かったのだと思った。でも、分かっていなかったようだ。やっぱり怖がらせる覚悟で全部話したほうが良かったのだろうか。
「お姉ちゃんは勉強熱心だねえ」
「そりゃミーアには受験があるもの」
「そっか、受験生って大変だね。……すごいなぁ」
リルがそんな事をミメットと話しながら感心しているが、そういう事ではない。
ビオンがしっかりと確認して『大丈夫でしたよ』と言いながら帰って来てくれるといい。だが、そうでなかったら帰りは遅くなるだろう。
もし、獣人姉妹に何かがあったら、クレオパス経由ではなく、直接エルピダ達に助けを求めに行くように言いつけてあるのだ。
情けないが、獣人姉妹の安全の為だ。最善の策を取るのが一番だ。
「リルさん、今日おれが送っていこうか?」
「いいよ。どうせすぐにみんなと合流するし」
あっさり断られる。
「心配性になっちゃったわね」
ミメットが苦笑しながらからかってくる。食事にしましょ、と言われたので席につく。
「大丈夫だよ。人通りも多い大通りを通って行くんだから。お友達も一緒だっていうし」
カーロとミメットには事情は話してある。だが、そこまでは心配してはいないようだ。
「なんかあったの?」
リルがパンをほおばりながら不思議そうに尋ねてくる。
別に隠す事ではない。それにリルは割とそういう意味では強いので安心だ。なので素直に話そうと決める。
「ああ、実は、一昨日……」
話し始めた瞬間、一瞬、クレオパスの体の中で変化が起きた。慌てて立ち上がる。
「クレオパスくん?」
「今、おれの魔力が動きました」
「え!?」
獣人家族が同時に声を出す。
「なんで?」
「多分……」
「お、お守り?」
恐る恐る聞いてくるリルに頷く。
こうしてはいられない。クレオパスは急いでダイニングを飛び出し、玄関に向かっていく。そこにミメットも着いてきた。
「私はエルピダさん達に助けを求めに行ってくるわ。カーロはちょっと早いけどリルを学校に……」
「リルもクレオパスさんと行く!」
「え!?」
リルの爆弾発言に、今度は獣人夫妻とクレオパスが同時に声を上げた。
「あと今日は学校サボるから!」
とんでもない宣言である。
「リル! サボるなんて駄目だ!」
「そうよ。学校は安全なんだからそこで大人しくしてなさい」
「こんなんじゃ落ち着いて勉強出来ないよ! お姉ちゃんが心配で」
それはその通りだ。
「リル!」
カーロが厳しい声を出すが、リルはフンッとそっぽを向いて何故かカーロ達の寝室に入っていった。篭城作戦だろうか。
困って三人で追いかける。だが、予想に反してリルはすぐに出てきた。
「準備出来たよ。行こ」
決意の固まった顔だ。そして両親ではなくまっすぐクレオパスを見ている。つまりミーアを助けに行こうと言っているのだ。しかし、何を『準備』しに行ったのだろう。
「駄目だよ。危ないんだから」
「危ないのはクレオパスさんだって一緒だよ」
そう言ってさっさと玄関に行ってドアを開ける。
「みんな何グズグズしてるの! お姉ちゃんのピンチなんだよ!」
いつの間にかリルが指揮を取り始めた。何でこうなったのだろう。
でも、彼女の言う通り、グズグズしてはいられない。ここで口論していたら遅くなってしまう。それが分かったからかカーロ達も『しょうがないなぁ』と諦めモードになっている。とりあえずカーロはクレオパスとリルに着いていく事になった。
そうして走り出そうとした瞬間、先ほどより多い魔力が動くのを感じた。つい立ち止まってしまう。
「クレオパスさん?」
「何でもない。大丈夫だよ」
これ以上心配をかけるわけにはいかない。なのでそういう細かい事は無視してクレオパスはミーアの学校の方向に駆けていった。