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部屋の中で

今回短いです。

 質のいい椅子に座っている初老の男性が()の報告を聞いていた。話していくうちにどんどん不機嫌になるのが怖いが、仕方のない事なのだろう。

 この報告で男が不機嫌になるであろう事を彼は知っていた。そしてそれが予想通りになっただけだ。


「では、その『ナンパ作戦』とやらは失敗したのか?」


 男の言葉に()はこくりとうなずく。


 それを見た男は深いため息をついた。


「愚かな。……そして、何をやっているんだ」


 最初は吐き捨てるように、そして後半は呆れたようにそんな事を言う。


「なあ」


 男が声をかけて来る。


「わたしは間違っていると思うか?」


 静かな声でされた質問に()は首を振る。これは()と男がよくやるやり取りだった。ここ最近では毎日される。多い時には一日三回くらい聞かれる事もある。


 違う答えを返す事は出来ない。()も男が間違っているだなんて思いたくないし、そうであるべきではないのだ。


 その返答に男は安心したように微笑む。


「それで? その獣人の少女を、今は『クレオパス』が守っているのか?」


 ()はうなずく。それは確かにこの目で見た。


「証拠の魔石も持っていると言っていたな」


 それにもこくりとうなずいた。それを見て、男はため息をつく。


「だったら何とかしてこちらが手に入れなければならないな」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。()がぽかんとしていると、男はくつくつと笑う。


「こんな事があったんだ。きっと相手はこちらに接触して来る。その時に有利になる物は持っていた方がいい。必ず手に入れるんだよ」


 怒っているのだから当たり前なのだが、その言葉は氷のように冷たく響いた。


「接触しなかったら?」

「あちらはわたしに行き着ける証拠を持っているんだ。接触する理由もある。絶対に来る」


 不安そうに尋ねた質問はきっぱりした言葉で返された。


「お前はそろそろあちらに戻れ。そしてその獣人の家を見張っていろ」

「もしあちらに見つかったらどうすればいいですか?」

「そうだったら関わればいい。そうすれば魔石も手に入れやすいだろう。上の許可もあるのだから何も心配する必要はないんだよ」


 怒りを抑えた笑顔でそんな事を言う。『許可』というところが引っかかっているのが分かる。本来なら許可なんかなしで強行してもいいはずなのだ。むしろ強行しなければいけない方がおかしい。


 上からの圧力が不満なのだということがよく分かる。もし彼らが上に立つのに納得出来る行動をとっていたら、そんな事は思わなかっただろう。でも、そうではない。

 つい先日も彼らはとんでもない事をやらかした。そしてそれは男を激怒させた。もし、最悪な結果になっていたら男は彼らを絶対に許さなかっただろう。それは()も同じ気持ちだ。


「分かりました」


 だから男の言う通りにする。


 男は()の返事を聞くと満足そうにうなずいた。


「いい結果を待っているよ」


 ()は無言で一礼してその場から離れた。


「『クレオパス』」


 いずれ接触する男の名前をつぶやく。その日が()()()楽しみだ。


「ちょっと待て!」


 男が急に呼び止めて来る。そうして何かを放り投げて来た。


「必要だろう。持って行け」

「はい」


 反射的に返事をする。男が立ち去った後でそれをよく見て、思わず苦笑が漏れてしまった。


 確かに、これは『必要』だ。


 もう一度苦笑してから()は今度こそクレオパス達のいる場所へ戻って行った。

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