賭け
賭け
大手IT企業の受付嬢をする神谷典子の中にはもう一人の人格俊介が存在している。
神谷典子はいわゆる二重人格なのである。
『次に入ってくるのは男だ!』
典子の中の俊介がそう呟くと彼の言う通り玄関ホールからは男性の取引相手の営業マンが入ってきた。
『ほらな!当たりだ!』
俊介は無類の賭け事好きなのである。
典子は何にでも賭け事にしてしまう俊介にほとほと困っていたが何せ同じ肉体の中にいるのだからどうしようもない。
『賭けが当たったから今夜はオーナーから食事の誘いがあるぞ!良かったな!』
心の中で俊介がそう言うと玄関ホールからオーナーである鳥居正彦が出社してきた。
「おはようございます!オーナー!」
典子が笑顔で挨拶をすると鳥居は典子の顔をまじまじと見てから。
「神谷さん、今夜は空けておいてくれるかな?実は前から君と食事でもしたいと思っていたんだ」
俊介の言う通り鳥居は典子を食事へ誘った。
「ありがとうございます!喜んでご一緒させて頂きます!」
鳥居正彦はまだ若いながらもその非凡な才能で次々と新しいソフトウェアの展開をし成果をあげてきた切れ者である。
典子も鳥居には以前から好意を抱いていた。
「じゃあ、八時に迎えにくるから」
鳥居は最上階のオーナールームへと向かって歩き出した。
『よし!やったな!典子!次はオーナーからお前にプロポーズさせてやるぜ!次にやってくるのはクレームを言いにくる顧客だ!これを上手く対処出来たらお前は今夜オーナーからプロポーズされる!』
俊介の言う通り次に現れたのはクレーマーだった。
自社のソフトウェアに欠陥があるとクレームを入れてきたその客に典子はすぐに開発部のエンジニアを呼び対応をさせてその場を何とか丸く納める事に成功した。
『よし!賭けに勝ったな!典子!お前は今夜間違いなくオーナーにプロポーズをされるからな!』
そして、その夜典子は食事の席で本当にオーナーからプロポーズをされた。
典子は喜んでそれを受け入れ二人はやがて結婚をする事になった。
それから数ヵ月後典子と鳥居の結婚式が執り行われた。
式には財界人をはじめ有数の来客達で賑わい華やかなものとなった。
「それでは皆さん!新郎新婦のご入場です!」
高らかなファンファーレと共に二人は腕を組み仲睦まじく入場をしていく。
『実はね、俊介……。私も賭けをしたのよ』
『賭け?何を賭けたんだ?』
典子は来賓客達に笑顔を振り撒きながら自らの中の俊介に言った。
『この結婚が上手くいけばあなたはもう私の中から消える賭けをしたの。俊介、悪いけどあなたにはもう消えて貰うわ!』
『何だって!うわぁああああー!』
俊介は典子の中から消滅した。
『さようなら、俊介。私はもう賭け事にはうんざりなのよ!』
「新婦!今のお気持ちは?」
司会の男が尋ねると典子は満面の微笑みで。
「はい!とても幸せです!」
典子はそう答えた。
「完」