災悪の予感
どうしてこうなった?
アドは一人頭を抱える。
そこはアドが借りている部屋で、寝に帰るだけなので小さな衣装箪笥と物入れに使っている武骨な木箱の他には寝台しかない。
その寝台が問題だった。
一人が常になっている寝台に今朝に限っては、アド以外の人がいる。
しかも、女。
裸で。
いやあ、裸の男じゃなくてよかった、と笑う余裕はアドにはなかった。
長く黒い髪にアドは違う肌の色、今は背中を向けて寝ているが確かめるまでもなく昨夜の流民の女だった。
昨日は流民の女の踊りで酒場は熱狂に包まれた。
女には次々と酒が勧められ、それを水のようにすいすいと飲み干していく。アドにも酒が勧められ、今現在頭の奥が鈍く痛むくらいには飲んだ。
それから、ええとそれから。
帰るアドに何故か女がついてきて、つい部屋に上げてしまった。
酔いもあるし、新しい音楽に触れた興奮もあるのだろう。
それからは推して知るべし。
「やってしまった」
流民と寝るのは別に禁忌ではない。流民の女は銅貨数枚で簡単に足を開く。閉じた貝を開くよりも容易なので、流民の女はヤッた女の数の内に入らないとうそぶく男もいる。
だからそれはいい。
流民だし、数日もすればまたどこかへと流れている。
ただ、開けてはいけないと伝わる禁断の箱を開けてしまった感覚がする。
昨日までの日常がもう壊れてしまってもう戻ってこない予感がしてならない。
女が寝返り打ち、アドの方を向いた。
小さく呻きをあげ、その瞼がゆっくりと開かれようとしている。
それをアドはおののきと供に見つめていた。