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説明される状況

   6


 やっと風呂から上がってきた依頼人は、美香の服を借りて悠哉の前に現れた。


 「大丈夫ですか?」


 悠哉の問いに依頼人は少し押し黙ってから言う。


 「はい……。助けてください!」


 「落ち着いてください、まずは状況最初から説明してください」


 悠哉の言葉に依頼人は一つ息を吐き、恐る恐る話し始めた。


 「私の家族はちょうど一週間前、殺されたんです」


 ……初っ端から刺激の強い話だった。血みどろの描写は面倒臭いのに。


 悠哉が神妙な顔をして聞いている中、17歳の依頼人、向井日向子の話は続いて行く。……はあ、頑張るか。




 ◆  ◆


 私が学校から帰ってくると、ものすごく静かだった。


 家の中から何も音がしない。後で気付いたけど、それは電気のブレーカーが落とされて、家の中から動くものが何もなくなったからだった。

 母は、ダイニングで倒れていた。


 キッチンには作りかけの夕食が放置されていて、母がただ転んだだけにも見えた。


 母の心臓が刺し突かれていなければ。


 母の心臓は、前から見ても後ろから見ても分かるくらいの穴が空いて、中身がぐちゃぐちゃに掻き交ぜてあった。


 ダイニングの床いっぱいに血が広がって、部屋からはみ出しそうなくらいだった。


 父はリビングのソファに座っていた。


 傷にさえ目をつぶれば普段と何も変わらなかった。


 部屋に飛び散った脳漿も気にしなければ。


 父は頭がぐしゃぐしゃにひしゃげていた。


 西瓜割りをした後の西瓜のように、中途半端に、でも生存は絶望的な位に破壊されていた。


 叩き割られた頭から、脳みその一部がのぞいていた。





 そこから先は覚えていない。


 気付いたら病院のベッドに寝かされていて、警察の人とかが私に事情聴取という名の拷問を課してきた。


 拘留所としての役割も果たしていた病院から解放されたのは、それから三日も過ぎた頃だった。


 ◆  ◆




 「なるほど、簡潔にまとめるとあなたの御両親が何物かに惨殺されたと」


 悠哉が対外的な口調を維持しながら言った。……そんなこと言うなよこっちの努力がアホみたいに思えてくるだろうが。


 「ええと、簡潔にまとめた方が良かったですか?」


 「いや、これは大筋が合っているかの確認です。あなたが思うように語ってください」


 「分かりました」


 悠哉の言葉に日向子は頷き、また話が続けられる。


 ……え、まだ回想描写続くの? だから血みどろは面倒なんだけどなあ……




 ◆  ◆


 当然の事ながら、警察の捜査が終わっていない自宅には帰れなかった。警察の人から貰った仕度金でビジネスホテルに泊まった私は、そこから知人に電話をかけた。


 たとえそれが両親だったとしても、人が死んだ所で、しかも殺された所に住みたくなかったから。


 でも。


 私がそんなこと思わなければ良かったのかもしれない。


 最初に泊めてくれた友達は、切り裂き魔に襲われた。


 翌日に泊めてくれた友達は、強姦魔に襲われた。


 三日に泊めてくれた友達は、強盗に襲われた。


 三日連続でそんなことになった私を泊めてくれる人なんてもういなかった。


 私は家に帰らざるを得なかった。

 




 家に帰ると、あの日と同じようにとても静かだった。


 ブレーカーを上げて電気をつけて、暗い部屋の中を進んだ。


 母と父の死体はもうなかった。検死にでも連れていかれたのだろう。


 その中で、リビングの机に置いてあったそれだけが、明らかにおかしかった。


 白と赤の封筒が、机の上に置いてあった。


 例えるなら、童話に出てくる舞踏会への招待状。こんな人が死んだような所に置いてあるはずのない、明らかに場違いデザインの手紙だった。


 白地に血のように赤い染料でデザインされたその封筒の宛先は、私だった。


 当然だ。


 もうこの家に住んでいるのは私しかいないのだから。


 私はその封筒を裏返して、中の手紙を取り出した。


 

 【前略


  我々に貴女を傷づける意図はございまません。


  ただ一つ、教えて頂きたい事があるのみなのです。


  

  『鍵』の在り処を教えてください。

  


  それ以外に、我々の目的はないのです。


  大変心苦しい事ながら、そうでないと我々は貴女以外の方々に手をかけなければなりません。


  どうかご賢明な判断をなされますようお願い申し上げます。



  追伸


  この封筒の赤色は、御両親様の血から抽出された染料を使用しております。我々としても、御両親様を殺害したのは大きな痛手でした。遺体の一部をご返却し、弔っていただければと、思います。


 敬具】


 ◆  ◆




 「ふうん。そいつらクズだわ。悠哉、ちょっと潰してきなさいよ」

 「み、美香さん!? いつのまゴブァッッ!」


 驚いたように口を出した悠哉に、美香の肘鉄が突き刺さる。


 ……あーあ、さん付けはいらないって言ってたのに。


 悶絶する悠哉の代わりに美香が日向子の話をまとめた。


 「つまりは『鍵』とやらが欲しい奴らが日向子さんにプレッシャー掛けるために、親と友達襲ったんでしょ? そんな奴ら悠哉に潰してもらえばいいのよ。正当な手段も取れない奴が手に入れる資格なんてないわ」


 肘鉄から復活した悠哉が美香に訊く。


 「だから美香、なんでここに……」

 「ここは私の家でしょ? どこにいたって良いじゃない」

 「いやでも一階は僕が借り……」

 「家賃払ってない悠哉は何て言ったの?」

 「……はい、すみません」


 しかし、すぐに認めるはめになった。……悠哉弱っ! それとも美香が強いのか……?


 「もちろん悠哉が弱いのよ?」


 本当に?


 「華奢で可憐な私が強いわけないでしょ? ……そうだって言えよ」


 そうですね! あれーおかしいなー、悠哉がこんなに弱くてこの物語きちんと進むのかなあー? …………チラッ、(汗)


 「それで、日向子さんは僕にどうして欲しいのかな?」


 「……えっ?」


 悠哉の言葉に日向子は驚いたように呟いた。


 「ここから僕が出来ることはいくつかある。この『我々』の正体を突き止めること、『鍵』を探すこと、逃げる手伝いをすること。依頼人である日向子さんがどれをするかを決めてくれないと、僕はどう動くべきか分からないんだ」


 日向子は少しの間、悠哉への不信感を忘れて放心していた。


 それから少し考えて、絞り出すように言った。


 「……『鍵』なんてどうでも良い、逃げるなんてしたくないっ! わたしは、わたしは普通の日々を生きたいだけっ! それなのに、それなのになんでこんな目に遭わないといけないの? お願い、わたしをこんな変な状況から、非日常から普通に帰してよ!……お願い……」


 途中から嗚咽が混じる日向子の言葉。


 その依頼に、悠哉は静かに応える。


 「承りました」




 「ところで日向子さんって今日どこに泊まるの? 悠哉の所?」


 「えぇっ、違います! あんな変態の所に泊まれませんって! 何されるか分からないのに……」


 「やっぱりその評価なのか……」


 ドンマイ悠哉。

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