移動、そして地の文サイドの会話
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[という訳で、番外編始めるよー?]
……というか俺の話は番外編扱いだったのか?
「なんでこんな所で道草食ってるのよ、さっさとヒナの仇討ちに行くわよ?」
……ちょっと待て、♪俺の話を聞け~。
「……」
[……]
……分かってる、古いことは分かってるからそんな目で俺を見るなっ……!
[……結局どうなってるのー?]
……あぁ、日向子さんが撃たれて俺が地の文的に割り込まれた時、俺はその事に気を取られてあいつの事まで気が回らなくなったんだ。でも左手はあいつと繋いでたし、そこまでは良かったんだけど……。
「うんうん、それでー?」
……割り込みは割とすぐに復活したんだけど、突然あいつが手を離したんだ。……今思えば割り込んだ地の文が帰りに強引に連れていったんじゃないかな。あぁ、なんでその時に気付かなかったんだ……俺の馬鹿野郎。あいつがなんの脈絡の無しにそういうことするはず無いってことは分かっていただろう? もう昔のあいつじゃ無いんだ、つまらないことで俺の側を離れる訳が無いじゃないか……っ!
[ちょちょっ、落ち着いてー?]
「ちょっと待って、今更だけどヒナの狙撃の時に地の文が割り込まれたのよね?」
[……? そうだよー?]
「っていうことは、敵の大宮宗太郎も地の文が読めるってこと……? どうにかして地の文以外の地の文を手玉に取って、あのタイミングで割り込ませて、狙撃の成功率を『誇張』した……?」
[そんなーっ?]
「だってそれしか考えようが無いでしょ?」
[だって『地の文を読む』能力なんてそうあるものじゃないよー? 確かに前例の無いことも無いけど、それは基本的に血縁で繋がった人達だったはずー。もしそうだったら大宮宗太郎が美香さんと血縁関係にあるってことになるよー?]
「わたしのお祖父ちゃんは瑠璃浜宗二郎って言うの。婿入りしたって言ってたから、可能性はあるかもしれない……」
……そういや巧の調査結果で、大宮宗太郎は弟がいたって言ってたよな……。もしかしてそれなのか……?
[それだと日向子さんが地の文を読めなかったことに説明がつかないよー?]
……血が繋がっていたら100パーセント読めるようになる訳ではないんだろ。実際日向子さんのお父さんも知ってたら、マッセカーメイトにそう簡単にやられたりしなかっただろうし。
「謎の力、あなたにしてみればそんな人がいることは信じられないことだろうけど、信じないと始まらないわよ」
[じゃぁなにー、大宮宗太郎は『地の文を読む』能力を使ってこれまでの成功を築いて来たって言うことなのー? そんな人間がいたなんてー]
「っていうことは大宮宗太郎の要求は、思うように動く地の文の入手ってこと……?」
……美香、正解だ。手が離れてあいつの方を振り返った時に、紙が空中から落ちてきた。文面はこうだ。
『彼女を返してほしければ、今後出す要求に従え。』
……俺なんかを従わせて何をしたかったのかと思ったけど、そういうことだったのか……。
「これで決まったわね」
[そうだねー]
……あぁ。あいつをさらったのは、大宮宗太郎だ。
「悠哉、今はどこに向かっているの?」
「巧の所だ。大宮を説得するにしても今のままでは色々と足りない」
河崎医院からの帰り、悠哉の運転する車の中で、『葛城事務所』に向かっていないことに気付いた美香が、悠哉に訊いた。
悠哉の言うとおり、車は巧の『座頭興信所』に向かっているようだった。しかし、いつもの悠哉とは違うところがあった。
車の運転がかすかに荒っぽいのだ。
美香でさえ気付くのは難しいほどかすかだったが、悠哉が苛立っているのは確かだった。
「(悠哉……)」
美香はそんな悠哉を見て、心配に思う。
美香の知る限り、悠哉が仕事中に依頼人を傷つけられたのは初めてだ。それが、悠哉に思いの外大きい精神的ダメージを与えたのではないか、と美香は思う。
(と思っているんだろうな、美香は……)
一応、悠哉はそんなことを考えて予測できる程度には冷静だった。
そもそも、悠哉は両親を幼い頃に殺されて、その組織に復讐するために技術を研ぎ澄ましてきたのだ。その中には当然、他人を害する技術も存在する。それらを使うためには、人の傷など気にしていては使えない。
それは敵に対してのみなので、味方の痛みにはあまり関係ないが、その過程で悠哉は死傷についてショックを緩衝する方法を覚えていた。
だから悠哉は少なくとも、敵味方問わず死傷によって動けなくなることは無い。
苛立っているのは日向子が撃たれたこと自体ではなく、それが出来る状況をを作り出してしまった自分の愚かさにだ。
(何が【探偵】の専門家だ、調子に乗りすぎだっ! 見逃すべきではないことを見逃して、依頼人に重傷を負わせてるっ! くそっ、もっときちんとしろ、僕っ!)
苦々しげにそう考える悠哉の顔もまた、苦しげだった。それが美香の心配を更に誘っていることに、自分の表情を把握出来てない悠哉は気づいていない。
(揺らぐな、僕。現在の状況に至ってしまった経緯はしょうがない。この上で、依頼人の依頼を遂行できる方法を考えろ。もう絶対にこの状況を作り出さないと誓え。大きく『日常』から遠ざかってしまった依頼人だが、それをを出来るだけ最良の方法で戻してあげられる方法を捻り出せ。)
互いに互いの気持ちを微妙に誤解したまま、車は『座頭興信所』へと到着した。




