救急搬送と探偵の計算違い
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駆け寄った悠哉が目にしたのは、見てわかるほどに血溜まりが広がる重傷を負った日向子の姿だった。
「ヒナっ、ヒナっ! しっかりしてっ!」
錯乱したように叫ぶ美香の後で、悠哉も日向子の横にまで到着する。
(な、にが起きたんだっ!? マッセカーメイトは昨日のうちに壊滅させた、構成員もリストから芋づる式に全て捕まったはずなのに……!)
混乱している悠哉だが、しかし行動だけは無意識のうちにはっきりしていた。
即座にスマホを取り出して、登録してある短縮ダイアルに掛ける。
119ではない。
特森町には、たらい回しにされることも多い救急車よりも、もっと確実な【医療】の専門家がいるからだ。
「悠哉、救急車っ!」
「もう『緊急救急』に連絡してる」
正式名称、緊急時救急搬送等代行サービス。
元々は【搬送】の専門家だった人のうち、特に緊急性・突然性の高い物に備える事を専門にする者達が立ち上げたサービスだ。その名に恥じることのない迅速性と正確性を併せ持つ。
「美香、傷口に触るなよ」
「なんでよっ、とりあえず押さえないと……っ」
「これだけの出血、押さえる程度じゃ無理だ。押さえて雑菌が入る方がマズい」
信じられない程の緊急事態に、悠哉は無意識に『スイッチ』が入っているようだった。冷静さを欠いている美香をなだめて、『緊急救急』が来るまで待つ。
美香に言ったとおり、待つ間に悠哉はなにも出来ない。
このレベルの傷だと、傷口を圧迫するだけでは足りない。動脈を縛って血の流出を防ぐなどの手段が必要になるが、ここには道具も清潔さも足りていない。いくら悠哉が応急処置が出来る技術を持っていても、その環境がこの状況では整っていないのだ。
それでも大丈夫なはずだ。この特森町の民間緊急救急サービスは、ある一定状況下では救急車より早い。
……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! あいつが、あいつが……っ!
[うる]
「地の文黙れ。今そんなどうでも良い事を言ってると後で殺すぞ」
[さいーっ! 今そんな場合じゃない事が分からないのー? って美香さん怖いよー]
……何がそんな場合じゃないってっ? あいつが連れ去られたんだぞ、他のどんな事よりも重要だっっ!
[えー、ちょっと待って、彼女さんが誘拐されたーっ!?]
悠哉が電話してから30秒後、【緊急搬送】の専門家が運転する黒塗りのバンが到着しテキパキと日向子をストレッチャー上に固定して積み込んだ。
「搬送先は、河崎医院です」
【緊急搬送】の専門家は、悠哉にそう告げるとさっさと車に乗り込んだ。
黒いバンは、蛍光イエローのランプを光らせて、救急車のサイレントは違う、しかし耳に残るサイレンを発して道を高速で走り抜ける。
このサイレンは、既に特森町の中では暗黙の了解となっていて、住人の対応は救急車が来た時と同じレベルだ。
しかし一応民間組織なので道路交通法には従わなければいけないが、誰もそんなことを気にする人などいない。人命の方が大切だからだ。
出来るだけ迅速に治療環境を整えるために、搬送先の病院を告げて同行者も拒否している【緊急搬送】の専門家が出発してから、もう一度悠哉は呟いた。
「どうなってるんだ……?」
「何言ってるの悠哉、さっさと病院に行くわよっ!」




