終劇の涙
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……とりあえず、リオンって誰だよっ!
[話聞いてなよー、マッセカーメイトのリーダーぽい人でしょー?]
……そりゃそうなんだろうけどさー、なんかぱっとしないっていうか……、今時短い金髪をオールバックにした身長190位の白人って、そう珍しくないじゃん。
[そういう問題ー?]
…………大丈夫、私はあんなのよりもあなたの方が好き……。
……本当に嬉しいこと言ってくれるなぁ……。あの頃のおまえとは大違いになって……。
……(ポッ)昔の私の事は忘れて……? ……あの頃の私は本当どうかしてた……。
[そろそろ良いかなー? 本編始めるよー?]
「それで? 何の用でここに来た。ここまで来れたことに敬意を払って、内容くらいは聞いてやろう」
あくまでも高圧的に話すリオンに、悠哉は冷たく言い放つ。
「お前に拒否権なんてあるわけがないだろう。こちらにもお前が生きていてもらう必要があった、だからこの部屋に入ってきた時点で手榴弾を投げなかったんだ」
そう。悠哉はマッセカーメイト構成員を殺すことは諦めた。だがそれ以外はどんな手を使っても良心は痛まない。殺す以外の行為をすることに、躊躇する必要は無いのだ。
……そんな事言って、やりすぎんなよ悠哉。お前が殺人犯になったら悲しむ人が少なくとも一人いることは証明されてるんだから。
「……ふん、ならばそうして動きを封じてから交渉をするべきだったな。隠し玉を持っているのがお前だけだとは限らないだろう」
「それを含めて、お前をねじ伏せると言っている。……本題に入らせてもらうぞ、日本から撤退しろ。
高圧的な態度に対して、更に絶対的な自信で返されたリオンは一瞬言葉を失う。そして悠哉の要求が理解出来たリオンは、即座に返事を返した。
「不可能だな。お前程度が理解できるはずも無いが、俺達マッセカーメイトは大きな計画の一部として日本に来ている。今さらやめることなどしないし、出来ないな」
――否、と。
それを聞いた悠哉は少し嬉しそうに、リオンに向かって言った。
「交渉決裂、か。嬉しいね、僕が直接MMのリーダーを潰せる時が来るなんて」
「潰す? 俺達の計画も分かっていないくせに、大口を叩くな日本人」
「沖縄米軍基地の強襲」
「っっっっ!」
悠哉のその言葉を聞いた瞬間、リオンの表情が変わった。
「沖縄米軍基地は、東から東南アジアにかけて米軍を派遣する一大巨大基地だ。逆に言えば、ここさえ何とかすれば米軍は東南アジアに対する抑止力を失う」
「黙れっ!」
「そこでアジアの反米組織と協力して決起して、アメリカへの反旗を翻す。日本での特森町干渉は、資金源の確保と日本政府にスキャンダルを起こすことで、沖縄基地強襲の時自衛隊の行動を遅らせることが目的だ」
「我々の思想を理解できない日本人如きが、我々の計画を語るなっ!」
悠哉に向かって怒鳴ったリオンは、その怒りのままに言葉を吐く。
「そこまで知っているのならもう帰すことは出来ないな。とりあえず死ね、この日本人がぁぁぁぁああああああっ!」
瞬間、スチールデスクを横に蹴飛ばしたリオンの背中から四本のマニピュレータが生えた。
計六本の手を操るリオンはしかし、ヘルメットを被っていない。おそらくは既に脳内にBMIチップが埋め込まれているのだろう。
「とりあえず、倒させてもらうよ」
悠哉は両手をポケットに突っ込んで何かを取り出し、両手を構えてリオンとの距離を詰める。
踏み込み。
五メートル程度を一瞬で0にする高速歩法はしかし、リオンにとっては既知だったらしい。
「うぉぉぉぉおおおっ!」
掛け声一つでマニピュレータを操り、タイミングを合わせて悠哉の両手を掴んで吊り上げる。
悠哉の足は簡単に地面から離れ、悠哉はもうなにもすることが出来なくなる。
……悠哉っ! 今度こそ死んだんじゃないか、もう終わりだろっ!?
…………たぶん悠哉が黒くておっきいのを出してなんとかする……。
[彼女さんーっ!? 何言ってるのーっ!?]
「ほれ見たことか、日本人。既に見たスペックだけで判断しているからそうなるんだ、脳に直接操作チップを埋め込んだ俺はヘルメットの奴に比べて操作精度が違うんだよ」
勝ち誇ったように告げるリオンの目が、悠哉の両手からポケットに延びる細い糸を見つける。
「なあ、リオン」
悠哉は両手にそれぞれ握っていたものを見せ付けるように、拳を開く。
「誘導電流って知ってるか?」
その拳に握られていたのは、コイル。倒した構成員の壊れたマニピュレータのモーターから銅線を借用し、金属芯に巻いて作った強力な電磁石だ。それは同じく壊れたマニピュレータから奪ったバッテリーに接続され、つまりは今も磁場を放出している。
バチバチッッ!
とリオンのマニピュレータから火花が散った。同時にマニピュレータの握力が下がり、悠哉の体が解放される。
「な、にを、何をした日本人っっ!」
もう一度距離を取り直すように数歩下がる悠哉は、ヒントを出したにも関わらず理解していないリオンに言葉を連ねた。
「電磁誘導。コイルの中で磁界の変化が起きた時に、コイルに電流が生まれる現象だ。コイルはモーターに使われている、つまりはお前のマニピュレータにも使用されているだろう? 簡単に言えば、内部に電流を発生させてショートさせたということだ」
「な……」
リオンは初めて、この日本人に恐怖を感じた。
「お前は……」
自分の前に佇む日本人は何だ? 手数の差を、身長の差を、パワーの差を、技術の差を、全て関係ないと向かってくる。
「お前は、何者なんだっっ!?」
対する悠哉は少し考えて、それからどうでも良いとばかりに頭を振って適当に答えた。
「葛城悠哉。ただの探偵で、お前に両親を殺された、ただの復讐者だ」
「探偵……? まさかっ!」
何かを恐れるように声を上げるリオンだが、しかし悠哉はもう気にしない。
「何年か前アフガニスタンでテロに見せかけて殺した日本人の……?」
「違う」
「カナダで殺した日本人観光客の……?」
「違う」
「十何年か前、日本で殺した探偵の……?」
「そうだ」
「悪かった、何でもするから助けてくれっ、お願いだ……!」
リオンに最後まで気持ちの悪い懇願に、しかし。
「それをお前は、今まで殺した人間全てに言えるのか?」
悠哉の言葉にリオンの意識が空白に染まる。
「答えられるはずが無いだろう、今の会話が証明している、お前は自分が助かるためなら平気で何でも利用するような奴なんだからな」
……これは面白かったなー、映画とかと同じように見るなら本当に良い。どうだった、映画館デートみたいな感じだっただろ?
…………うん。……私の中では、あなたもこれくらいかっこいい……。今度、また映画館デートしよう?
[なんか映画館デートに行って、映画が終わった後のカップルみたいになってるけど悠哉のシーンはまだ終わってないよー?]
答えられないリオンに、悠哉は最後の言葉を突き付ける。
「これで終わりだ」
直後、悠哉の半生が乗った拳がリオンに突き刺さる。
背中から生えるマニピュレータを巻き込んで崩れ落ちるリオンを前に、殺された両親を想って悠哉は静かに涙を流した。
この日、暴力的反米組織、マッセカーメイトは壊滅した。




