本拠地への突貫、爆発する感情
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ドゴンッッ!
という轟音と共に、金属製の扉が蹴り開けられた。
不正解錠によってロックが解除され、乱暴にドアは開かされたが、なぜか警報が鳴る様子はない。
(当たりだな)
悠哉はそう判断すると同時、短くその中を覗き込んだ。
普通の建物なら二階建てになるだろう高さに、円状のものがくっついている金属製の棚が延々と続いてる。
なんの変哲もない倉庫に見えるそこへ、悠哉は円筒状の物体をピンを抜いて投げ込んだ。
カランッ、と鳴る渇いた音、直後に発生するのは閃光でも爆発でもない。
グレーに彩色されたスモークだ。
煙幕手榴弾。
八草組に頼んで在庫を出してもらったそれは、一本で半径50メートルを覆い尽くす煙を出す優良品だが、日本で使うことは少ないため不良在庫になっていて、持ち出すにあたって喜ばれた。
直後。
ガシャガシャガシャガシャッッ!
と、日本ではまず耳にすることのない金属音が煙の奥から響き渡る。
その中に赤く細い光が棚と棚との間に張り巡らされているのを見て、悠哉はしてやったりと顔を綻ばせた。
その正体は、アクティブレーザーセンサだ。
つまりは、常にレーザーを張っておいて、レーザーが遮られる事によって侵入者を感知するセンサだ。
そしてレーザーとは光。光は真横からは見えないように、よく映画やアニメである『レーザーを見つけるゴーグル』なんてものは実際には有り得ない。
だが。
「(ティンダル現象。簡単に言えば微粒子を散布すれば光が散乱され、光路が確認できるようになる現象だ。)」
常に流動するスモークの粒子によって一部が見えたり見えなくなったりするレーザーの、発信元を見れば、それは棚にくっついている円状のものだった。
例えるならカットする前のでかいチーズだろうか。
「(指向性対人地雷。一メートル先の直径一メートルに爆風を集中させる威力の強いタイプだ。信菅をレーザーに連動させて、感圧式ではなくしたんだな。)」
地面ではなく棚の側面にくくり付けて、横に爆風を飛ばすようにしているらしい。
対人地雷は悠哉が入ってきたドアから数えて10個の棚の側面に付けられていた。奇跡など許さず確実に侵入者を葬るためだろう。
普段の悠哉なら、仕掛けた側が安全に通る為の方策を利用するのだろうが、今日の悠哉はそうではない。
力技で、真っ正面から突破する。
棚はおよそ奥行き1メートル、感覚はおよそ2メートル。つまり対人地雷エリアを抜けるには、30メートルを突破する必要がある。
悠哉は10メートルほど距離を取ると、それを助走距離として一気に対人地雷エリアへと突っ込んだ。
ガガガガガガガガガガンッッッッッッッッッッ!
と、爆音が連続する。
……悠哉っっ!?
[ちょっと待って、連続するー?]
対人地雷エリアを無傷で通り抜けた悠哉は、およそ5秒間の全力疾走で上がった息をなだめる。
……なっ! どうやったら生き延びられるん
だ、こんな状況でっ!?
バウンシング、という現象がある。
電子機器で入力するときに起こるこれは、入力される時にオンとオフが連続してやってきたと演算素子が誤認する現象だ。
これを防ぐデバウンシングというテクニックの代表的な物に、入力を一回受け付けてから0.1秒ほど何もしない時間をプログラムする、というものがある。
つまり、0.1秒で有効攻撃範囲、1メートルを抜けられればたとえ反応されたとしても攻撃は当たらない。その速度、秒速10メートル。
……そんな速度普通考えて無理だろ……。50メートルを5秒で走るようなもんだろ?
そして、100メートルを11.5秒で走ることが出来れば、平均約秒速8.6956秒。その最高速度が1.2倍と仮定すれば、それは約10.4348秒まで跳ね上がる。
よって、悠哉は対人地雷エリアを無傷で突破した。
……ウソ、だろ……?
のこのこと死亡確認に来た一人をさっさと殴り倒して、悠哉は敵に生死をうやむやにさせて他の面子をも誘う。
右横の棚の向こうからやってきたMMの一員は、なにか追加装備を背中に背負っていたが、見つけた瞬間踏み込みによって一瞬で距離を詰められ当て身を喰らって崩れ落ちる。
--『剣道』の踏み込み、『柔道』の当て身。
次に左に見つけた敵は背中の装備からマニピュレータが出て拳銃を握るが、金属製の棚に隠れて一度やり過ごす。
「(BMIを使って三本目の手を操作してるのか……)」
そう正確に看破した悠哉は、敵が被っていたヘルメットが妙に大きかったことを思い出す。
--『BMI技術』による予想。
敵が撃つことを辞めてからおよそ10秒後、丁度しびれを切らして接近しかけてきた不意を突いて、速やかに昏倒させる。
--『行動心理学』による敵の行動予測。
……良いぞー、もっとやれー!
悠哉は、【探偵】の専門家に成るための全ての学問を修めた訳ではない。
『不正解錠』『軍用品取扱』『軍用品解析』『電子工学』『情報工学』『体術』『護身術』『護衛術』『剣道』『柔道』『BMI技術』『行動心理学』。
今使ったものを数えるだけでも大量の技術を修めた悠哉が分類出来る職業が、【探偵】という物しかなかった、というだけの話だ。
つまりは、悠哉が【探偵】と名乗ること自体間違っているのではないか、と悠哉をよく知る巧は思っている。
では葛城悠哉とはどんな人間なのかという問いに対して、座頭巧はいつだってこう答えるだろう。
【万能家】の専門家だと。
瞬く間に積み上がる屍(死んではいない)に、ついに今見える範囲で敵はいなくなった。
「はぁぁぁああ」
悠哉は大きく息を吐いて呼吸を整える。
……悠哉、ヤベェ……。『誇張表現』と『曖昧表現』使っても勝てる気がしねぇぞ本当に……。
そして束の間得た安全に、悠哉の感情が爆発した。
……? 悠哉? ちょ待て、ダメだってっ!
「っっぁぁぁぁああああ!」
生存本能が危機感で押さえ付けていた衝動が、溢れ出す。
一番近くで倒れている男に馬乗りになり、その辺に落ちていたなにかの破片を掴んで振り上げる。
それでも気絶したままの男の顔を見て、悠哉は復讐心を再確認した。
心の奥から憎しみが溢れ出る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっっっっ!」
日向子とは違う、12年もの復讐心の集合体。
それは半分以上この状況を作り出すだけのために大量の学問を学んだほどの純度を未だ保っているのだ。
両親を、殺された。
その経験が無いものには絶対に分からない、身を焦がすほどのどす黒い感情。
それを晴らすべく破片を振り下ろそうとして
――――――
トゥルルルル、と悠哉の電話が鳴った。
「……はい、葛城です」
敵の首を押さえていた左手で電話に出ると、そこからは思いがけない人物の言葉が聞こえた。
「悠哉、さん……」
「日向子さんっ!?」




