葛城悠哉という人間
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……なんでだよーっ!
「うるさいわね、男ならグダグダ言わずに結果を受け入れなさいよ」
[見事な負けっぷりだったねー]
……いやおかしいって、なんで普通の人間が地の文に勝てるんだよっ? 『誇張表現』と『曖昧表現』使ってどうして勝てないんだよっっ!
「あんたも薄々気付いてたんじゃないの? そうじゃなければそんなにわたしにへりくだった態度とらなかっただろうし」
……あいつが帰ったあとで良かった……。
「こんな情けない姿見せたくないもんね?」
……美香ぁ、終わった後でもお前は俺を煽るのかぁあああ?
「なに、本当のこと言っただけでしょ? それとももう一回やる? もう一度返り討ちにしてやるわよ」
……美香、知ってるか? 男には、負けると分かっていてもヤらなきゃいけない時があるんだよっ!
[はいー、美香さん無自覚の煽りやめてー、地の文もそこまでにしてー?]
……止めるな謎の力、美香を殺して俺も死ぬっ!
「そうよ、こいつにいい加減自分の立場っていう物を教えてあげないと」
[はいはい本編続けるよー?]
……ちょ待っ……。
その日の夜。
美香、日向子、巧を前に悠哉は再びホワイトボードの前に立っていた。
「すみません……、この人は誰ですか?」
悠哉が説明を始める前に、日向子は知らない人のことを訊いた。
「俺は座頭巧。まぁ悠哉の友達だと思ってくれ」
「巧にはちょっと調査を頼まれてもらったから、分かったことを教えておこうかな、と思ってね」
……あぁそうか、日向子さんにとっては巧は初対面なのか。
「は、はい…………」
日向子と巧の顔合わせができたところで、悠哉はペンを片手に説明を始めた。
「まず今日の収穫は、『我々』がマッセカーメイトだと分かったことだ」
悠哉は少し冷たさの残る声でそう言って、ホワイトボードの『我々』を二重線で消して、代わりに『マッセカーメイト』と書き込んだ。
「そして画像式のBMIを使って『鍵』が分からなかったことから、『鍵』とは何かのパスワードということも判明した」
『鍵を狙っている』という所の『鍵』へ矢印で『パスワード』と付け加える。
「問題は何のパスワードかということだが、それもマッセカーメイが干渉したということと、向井家の内情からおおまかに推測できた」
「えっ!? 悠哉、もう分かったの?」
そこで美香が声を上げた。……俺も分からん。
「あぁ」
悠哉は短くそう答えると、ちらっと巧の方を見た。
それを何か間違えたら教えてくれ、という意味だと正しく理解した巧は、その証に一つ頷き返す。
[こういう男同士の関係って良いよねー]
「えっ謎の力、あなた腐ってたの?」
[ち、違うよーっ!? ただあの信頼してる感じがかっこいいなって思ってるだけーっ!?]
……腐ってる?
[「もうこいつはいいや」ー]
「まず、マッセカーメイトをして力技の突破をせずパスワードを知りたいほどの厳戒体制下、つまりは公的施設等のなにかのパスワードということになる。そんな所で向井家に関係するのはどこか、となるとそれは一つしかない」
紡がれる優哉の言葉に答えることが出来るのは、推理した悠哉と巧を除けば一人しかいない。
「日向子さんはお父さんから聞いてないかな? 日向子さんの祖父、大宮宗太郎が何をしてきたのか」
「お、大宮宗太郎っ!? 何代か前の総理大臣のっ!?」
もう一度、しかしさっきより大きな美香の驚愕が漏れる中、その一人の答えが小さく放たれた。
「『専門家の街』計画……」
「えっ!」
さっきから驚くことしか出来ていない美香が、『嘘でしょ?』と言わんばかりに悠哉を見るが、美香のその希望を悠哉の言葉が打ち砕いた。
「そう。この特森町だ」
……ばあさんや。わしはもう話についていけないのじゃが。
[誰がばあさんだってーっ! ちゃんと話聞こうよじいさんやー]
「でも、お父さんがお祖父さんの所から出てきたのは、私が生まれるずっと前……。10年前に出来た『専門家の街』に関係なんて出来るはず無いわ……」
「それが本当に10年前に提唱されたのであれば、ね」
日向子から生まれたその疑問さえ、悠哉の推理を論破する足掛かりにもならなかった。
「大宮宗太郎は、目的のためなら感情面でさえ切り捨てられる冷酷な性格だった。そのためなら敵対していた議員を丸め込むために、その娘と結婚してしまう位には」
「ちょっと待ってよ悠哉。じゃあ、大宮宗太郎の計画は……」
美香がなにかに気付き、それを肯定するように悠哉はさらに言葉を重ねる。
「そう、ならその目的はいつからあった物なんだ? 『専門家の街』を作って総理大臣になることが目的なら、国会議員になる遥か前から骨組みを作っていたとしても不思議ではない。むしろ、その骨組み作りを手伝わされていた優しい性格の岳明さんが、その冷酷な計画に嫌気がさして結婚を理由に逃げ出した、というのが正しいのではないかな」
「…………」
もう静かに聞いていることしか出来ない日向子に、悠哉の推理の仕上げが襲い掛かる。
「そして、『専門家の街』の特徴は、完全電子化行政ということだ。つまりは、プログラムに干渉できればどんな事でも出来る。例えば大量の個人情報を参照できたり、税率の計算に干渉し、かすかに多く徴税して永遠に裏金を作り出したり、といったことを」
「その裏プログラムの参照パスワードこそが『鍵』って訳ね。そのプログラムが何をしているかは分からないけれど、それを狙って何かしたいマッセカーメイトが『鍵』を手に入れるために、日向子さん宅を襲ったって訳ね」
「その通り」
最後の締めを悠哉から奪った美香の言葉を肯定すると、悠哉は巧の方を一度見る。
それに対して最初と同じように頷き返した巧は、この説明の中では初めて口を開いた。
「順にまとめると、大宮宗太郎が完全電子化行政プログラムに、向井岳明の作った裏プログラムを割り込ませて裏金の無限生成を行っていた。それを知ったマッセカーメイトが利用するために『鍵』を必要として、それを知るために向井さん宅を襲った、てぇ事だな」
明かされた事件の全貌に、しかし日向子は何も言うことは出来なかった。
言うなれば、当然の結末。
世間の闇に中途半端に手を突っ込んだ故の、どうしようもない程の自業自得。
これでは救われない、と日向子は思う。
真っ白な家族が突然殺されたと思っていたのに、本当は当然の帰結だった。
ただ、親の負債を背負わされているだけだったのだ。
こんな自分は、他人に相談する資格なんて無かったんだ、と日向子は思う。
きっと、悠哉でも『これは手に負えない。自業自得だし』、と言うに違いない、と日向子は確信する。
それなのに。
「さて、この状況で日向子さんを日常に帰すには、やっぱりマッセカーメイトにこれを諦めてもらうしかない」
悠哉の声が、日向子の耳に届いた。
「だがどうするんだ? 俺と八草組の調査結果が違っただろう、これではどっちが正しいか分からない。最悪両方ともハズレという可能性もあるんだ、特定しなければ突撃も出来ないだろう」
「ちょっ、待ってくださいっ!」
「どうした、依頼人」
既に『スイッチ』が入っている悠哉の不思議そうな顔に、日向子は質問を投げかけた。
「ここで、私を見捨てないんですか? こんなの、私が背負わなきゃいけない事じゃないですか……っ! 本当なら、葛城さんが代わりにやらなくても良いことじゃないですか……」
「……?」
悠哉は日向子の言葉を聞いて、何を言っているか分からないみたいな顔をした。
それから、なんとか答えを搾り出したかのように、
「最初に言ったよね? 日向子さんの日常に返して、って依頼に対して、承りました、って」
そう、答えた。
その答えで日向子はついに理解した。病院で、美香に言われた事を完全に分かってしまった。
悠哉は、ただ約束した相手のために全力を尽くしているだけなのだ。約束を、契約を、最速の手段で果たそうと努力しているだけ。
悠哉の根本は、それしかない。
ただ、探偵という職業に持ち込まれる案件の解決策が、悠哉を怖く見せているだけなのだ。
それが分かって、日向子はもう一度、悠哉と初めて出会った時とは違う信頼感を載せて、悠哉に依頼した。
「葛城……悠哉さん」
「……? はい」
「私を……日常に帰してください」
対する悠哉の答えは、一つしか存在しない。
「承りました」




