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やってきて、逃げる依頼

   3



 『葛城探偵事務所』の所長、というか唯一所属している17歳の少年、葛城悠哉は襲われていた。


 インターホンが鳴ったので対応してみたら、大家が突然飛び込んできたのだ。慌てて逃げ出したが、数メートル進む事も出来ずに後ろから飛び掛かられて、馬乗りに動きを封じられている。


 「わ、分かった、分かったからやめてくれブゴゥッ! 叩かないでくれよきちんと払うブヘャ」


 相手はスキンヘッドにムキムキの筋肉を従えたマフィア……


 「何言ってるの? 可憐な私のことをそんな風に描写したらたとえ地の文でも殺すわよ?」


 のように悠哉は一瞬見間違えたが、よくよく見れば御歳17、少し短めの茶髪を持った可愛いらしい少女だった。


 「……まあ良いわ。 それより悠哉、さっさと家賃払いなさいよ! あんた何ヶ月家賃滞納してると思ってるの!?」


 店子である悠哉に家賃を請求する、とだけ見れば大家らしいが、人に馬乗りになって叩いている所を見ると、これは大家に相応しいのか疑問を覚え……


 「ああん?」


 その品格に相応しい大家です。


 「ほらいつ払うの? いーつーはーらーうーのー?」


 一文字ごとに悠哉の顔目掛けて降ってくる手の平は、床と激突して凄まじい轟音を発生させる。


 ……というか仰向けになって寝転がっている悠哉に馬乗りになっているのは、見方によっては別の事をしているように見える、かもしれない。……良かった聞こえなかったみたいだ。


 しかし、そんな事を考えている余裕は悠哉には無いようだ。


 必死に降ってくる手の平を首を左右に避けつつ、なんとかこの場を切り抜けられる言葉を探す。


 といっても今『葛城探偵事務所』にそんな金額は無い。あるならとっくに支払っている。


 更に滞納した家賃は数ヶ月というレベルを超えている。確かもうそろそろ10に届くのでは無いだろうか? そんな量、よほど大きく収入が無いと払える訳が無い。


 (これは探偵としての交渉スキルを使うときだ……。何とか待ってもらわないと間違いなく殺される……!)

 かくして、悠哉の交渉が始まった。



 「ええと、大家さん?」

 「美香。美香で良いって言ってるよね?」

 「ヒィっ! す、すみません……」

 「で、何の話? 家賃払ってくれるの?」

 「ええと、世の中には家賃を払いたくても払えなくて、夜逃げする人もいる訳ではないですか」

 「……そうね」

 「それに比べたら逃げずに何とか返そうとしている僕はまだ良い方ではないかなぁ、と……」

 「そうね、だから?」


 論破。


 悠哉の交渉スキルは美香には効かなかったようだ。

 

 そしてその代償として、美香が牙を剥く。


 「で、夜逃げってどういうこと? まさかもう9ヶ月分も滞納してるから払わずに逃げようって言う訳じゃないわよね?……それから地の文。乙女に牙を剥くはないんじゃない?」


 いや、それ以外には見えな……


 「何か言った?」


 優しく語りかけました!


 「そそそそそ、そんなつもりは全くないって! そもそも美香から逃げ切れる訳ないって分かってるからっ!」

 「それはどういう意味よ」

 悠哉の言葉に美香は一度溜息をつくと、諦めたように悠哉へ言った。


 「あー、もう良いわ。とりあえず今月分の家賃、半分でも払いなさい。それで延滞はもうちょっと待ってあげるから」

 「それはありがたいけど……。でも今そのお金もない気がする。なぜなら明日の晩御飯にも困ってるから」

 「とにかく払いなさいよ? とりあえず今月分の半分払わないと追い出すことになるわよ?」

 「ちょ、ちょっと待って……!」


 必死に頭を回転させてなんとか調達する方法を探る悠哉。でもやっぱり現金はない。手持ちは387円、口座にあるのは水道ガス電気電話のライフラインをギリギリ維持出来る額しか残っていないはず。


 つまり残された道は一つ!


 美香へ直接労働で支払うのだ。


 「……分かった、体で支払うよ」

 「お願いします、私を助けて下さいっ!」


 悠哉がそれを言うと同時、ドアがバタンと開いて少女の声が飛び込んできて、それから……

 


 ……沈黙が満ちた。



 さて、状況を確認してみよう。


 依頼人が扉を開けて、そこで目撃したのは馬乗りになる女子、仰向けに横たわり、体で支払うとか言ってる男子。


 依頼人から見れば、何をしている最中に見えるでしょう☆


 日向子はそっと扉を閉めて、正反対の方向に駆け出した。


 「あっ、えっ悠哉への依頼人!?」


 美香がそう把握した瞬間には、悠哉は既に美香の下から抜けだし、扉を開け放っていた。


 しかし、もうそこには誰もいない。


 「ゴメン、なんか邪魔しちゃっわね」

 「まあいいよ、目的がここだったのなら、確実にまた来るだろうし」

 扉を閉めた悠哉への謝罪に、悠哉は何も考えずに答えて、


 「ああっっ!」


 まるで何か致命的な失敗をしたかのように、悲痛そうに大きな声をあげた。


 「っどうしたの! 何かあった!?」

 「美香が謝ったんだから、滞納した分割り引いて貰えばよかった……。……もう無効?」

 「バカじゃないの」


 心配して損した、とばかりに美香の拳が悠哉の腹に突き刺さった。





……なあ、そもそも思うんだがなんでこの女は普通聞こえないはずの地の文の声が聞こえてるんだ? おかしいだろうこんな状況。


「聞こえてるわよ」

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