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悲しみを乗り越えて、挑む

   32



 葛城悠哉。


 特森町風に言えば【探偵】の専門家(エキスパート)で、『葛城探偵事務所』を営む17才の少年。


 【探偵】の専門家(エキスパート)と言うだけあって、悠哉の修めた学問は多岐に渡り、探偵と呼べるだけの学問を悠哉が修めたのではなく、悠哉を納めることのできる器を持った職業が探偵しかなかったのだ、と座頭巧は語る。


 その名前は特森町の中ではある程度知られているが、それは半分物珍しさが原因だろう。


 両親も同じく探偵だったが、中山事件で死亡。中山事件での生き残りは彼一人である。……ちょっと待て、どういうことだよっ? 生き残り、中山事件っ? 何が関わってくるんだっ?


 …………あなたの不倫は結局どうなってるの?

 ……ちょっと待てよっっ!

 中山事件。


 12年前に現特森町、旧中山町で起こった、集団殺人テロ。


 そう断定されたのは、普通日本では有り得ない銃器、手榴弾等が集団的に使われた痕跡が見つかったからだが、なぜこんな小さな街に来てそんな行為をしたかどうかはまだ分かっていない。ネットでは、探偵である葛城夫妻がその組織--マッセカーメイトのことを深く知りすぎたため、粛正に向かったなどと言われている。


 犯人グループは中山第四テナントに侵入し、中にいた人間を皆殺しにした。銃器には減音器(サプレッサー)が装着されていたらしく、異常に気づいたのは3時間後に来訪者が来た時だった。


 死者、134名。生存者1、葛城悠哉。


 これにより中山町に対する風評が悪くなり、主に観光業を営んでいた中山町は致命的きなダメージを受ける。


 その再生のために、日本初の完全行政電子化計画『専門家の街(エキスパーツタウン)』の候補地として立候補し、白羽の矢が立つことになる。……へー、特森町って行政が完全電子化されているのかー。確かにそれは実験的な都市にならざるを得ないよなー……。


 「そうやって地の文は現実逃避を続けていた」

 ……美香……、地の文らしいナレーションありがとよ……。

 「なぜなら」

 …………この泥棒猫……っ! たぶらかしたのはあなたよね……?

 [なんでわたしが標的になってるのーっ!?]

 ……カオスだ……。



   33



 「なんでって……? 恐怖を煽るためじゃないの?」


 悠哉の疑問に対して、美香はそれまで自明と思っていたことを悠哉に返した。


 「依頼人の母の方はそれで説明がつくにしても、父の方は意味が無い。美香、肉し……知り合いが無残な姿になったとして、顔が残っている状態とそうでない時ではどっちが恐ろしい? 顔がないと『もしかしたら生きているのでは無いか』と考えてしまわないか? だから、殺した疑問を横におけば、それだけに意味はない。普通に考えればな」


 「確かに……」


 美香が納得するような声を上げるのを、少しおいてけぼり感のある日向子は眺めていた。


 「だが、あの組織がそんな意味の無いことなんてしない。するような組織だったら、とっくに尻尾を掴んでいる。だから依頼人の父の脳を破壊したのには、絶対に理由があるはずだ。……依頼人、どう思う?」


 そんな日向子がきちんと会話に入れるように、ちゃんと話を振る悠哉。


 「えっ……」

 そんな悠哉を想像していなかったのか、日向子は小さく声を上げる。

 (分かってないわね……)


 美香はそう思う。


 (今の悠哉が一番気にかけているのは、依頼人であるヒナなのよ?)


 「ええっと……入れ代わり、とかですか……?」

 「確かに推理小説とかだと、それが鉄板だ。だけど、今回は推理小説と同じ首無し死体と言うことは出来ない。なぜなら……」


 悠哉はそこで一度言葉を区切ると、死体が転がっていた(今は転がっていない)部屋を一度ぐるりと見回す。


 「脳の欠片が転がっていただろう」

 「…………」


 日向子の沈黙に、しかし悠哉は気付いた上でそのまま押し通す。


 両親の死を示唆されることにも慣れる必要があるのだと。


 「つまりは、もし脳を持ち帰って代わりの脳漿をここにぶちまけたとしても、両方をDNA鑑定に掛けられれば不一致でばれる。だから別の理由がある。こうまでして隠滅しなければならなかった証拠が脳に残っている、とかね」


 日向子の思考が。真っ白に染まった。


 悠哉はこう言ったのだ。『脳に細工をして、それがばれないように脳を破壊した』と。


 ただ死ぬだけでは許さず、その身を弄ったのだと。


 悪夢のような言葉は、まだ続く。


 「現在公表されているだけでも、人が直前に見たものをコンピュータ上で解析出来ることは分かっている。それが拡張されて、考えて頭に浮かんだ映像が解析できるようになっていても不思議じゃない。訊く事で強くその映像を想起させて、その映像を解析しようとしたんだろう」

 「ちょっと、悠哉っ!」


 美香から見て明らかにデリカシーの足りていない言葉の群れに、文句を言わないと気が済まなくなった美香。しかし、それでも悠哉の言葉は止まらなかった。


 「それでも、『我々』には『鍵』を見つけられなかった。だから『我々』は日向子さんが『鍵』を知っている可能性に賭けてなんとかして聞き出すしか無い訳だ」

 「え……?」


 その言葉に、日向子の意識に色が戻った。


 (お父さんは、それだけの目にあいながら……、守った?)


 『我々』の暗い暴虐に真っ白に飛んだ気持ちが、お父さんの勇気に引き戻された。


 決して伝えるまいと。自分が言いさえしなければ、何も知らない娘と妻には迷惑はかからないと、振り絞った勇気に。


 例えそれが裏目に出たとしても、その愛情だけは、伝わった。


 「日向子さん」


 悠哉は意図的にギアを下げて言う。


 「これから日向子さんの、その……、御両親の死に関する事を言われるかもしれない。その時に乗り越えていなければ、周りの人を心配させるだけだ。どんな方法でも良い、乗り越えるんだ」


 悪夢の言葉は、悠哉の日向子のことを考えての上だった。


 日向子の目から透明な雫が生まれて、頬を伝って地面に落ちた。


 静かな嗚咽にが部屋の中に響く。


 「それで、今日は随分と大人しいわね」


 ……分かって言ってるだろ、美香……。あっちはカオスだぞ…?


 …………約束して……? あなたがもう近づかないって……

 [だから、違うってー!]

 …………約束、出来ない……? ……この泥棒猫め、わたしからあの人を奪わないで……?

 [なにおー、だから謎の力としてはあの地の文を見てないといけない訳でー]


 「地の文は、心の扉を閉めた」

 ……美香、地の文の地の文をしなくていいから……。

 …………ぎちぎちぎちぎち。

 「なんの音よ」

 …………扉を……こじ開ける音。

 ……扉って俺の心の扉かっ?

 …………この人は、渡さないっ…………

 「彼女は、地の文の右手を抱きしめたっ!」

 [よかったねー、独占欲も生まれて来てるよー。元々人に対して疑心暗鬼だったのなら良い傾向だねー]

 「なんでわたしの前で見せ付けるようにやるのかしら」

 ……(これは夢か……? こいつが自分からこんな事して来るなんて……)

 [収拾がつかないから一度本編に戻すよー?]

 ……うがっ、ちょっと待てっ! こんな状…………


 「やっと、『鍵』の正体のヒントが掴めてきたな……」

 「え、なにかヒントあった?」

 「コンピュータ上で解析出来なかったということは、映像がはっきりしなかったということだ。つまりは、実体を持ったものじゃない。例えるなら、パスワードに近いものなのかもしれないな。文字列だから、想起したとしてもその物体の映像が浮かび上がることは無いからね」

 「なるほど……。やったわね、悠哉っ! これで『我々』に近づけるわね」


 その言葉に喜ぶ美香。


 しかし。


 「いや、既に確定している」


 悠哉は、底冷えがするような声に戻って宣言する。


 「あの手紙の書式、内容、『我々』はあいつらだ。両親を殺して、そして僕が全力で探って分からなかった組織の尻尾をやっと掴んだぞ」


 日向子の道と、悠哉の道が重なった。


 共通の敵に、悠哉が躊躇する必要は無い。……態そうは無いのにってもう終わってるっ!?

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