到着、しかし
30
「ぅぅぅぅぅううううう……」
感情の波が平坦なものに戻ったようで、日向子は恥ずかしさで顔を真っ赤にして唸っていた。
……あのなぁ謎の力。せめて強制する前に一言言うくらいのことはしろよな。
[今の場面はギャグをはさめないからねー。痴話喧嘩した辺りは別に良かったんだけどー]
……痴話、喧嘩……? まさか……っっ!
こればっかりは誰も慰めようが無い。顔を真っ赤にした日向子に先導されて歩く悠哉に、周囲の歩行者から冷たい視線が突き刺さる。……たぶんノーパンで歩かせて羞恥プレイでもさせてるんだろ。この変態悠哉ー! (キョロキョロ)
[周りの人の視線を代弁しているのは分かるけど、さっきから周りを見回して何やってるのー?]
「地の文、頑張れっ!」
他人の不幸は蜜の味、とばかりに笑顔で親指を立てサムズアップする美香。……殴りてぇ……。
「ん? 地の文何か言った?」
……なんでもないですお嬢様っっ!
[だから何が起きるのー?]
「あ……、葛城さん、あそこ、です……」
ようやく日向子の家に着いたようで、日向子の指差す10メートル程先には、未だKeepOutのラインが貼られ警官が立っている一軒家があった。
「よし、日向子さん。あそこの警官に入らせてもらうよう頼んでみよう。僕達のことはまだ、探偵じゃなくて友達だと説明してもらえるかな?」
「……えっ、私ですか?」
驚いたように聞き返す日向子に、悠哉は当然とばかりに言い返す。
「そうだよ、ここは向井さんの家だから、申請するにも関係者やその親戚がした方が通りやすいからね」
「ヒナ、頑張ってね」
美香の応援にも後押しされて、日向子はこれまでと同じく悠哉達の前をゆっくりと警官に向かって歩いて行く。……来るぞ、来るぞぉぉぉ、もうそろそろ来るぞぉぉおお、俺が気絶したかどうかなんて関係なく来るぞぉおおおおっ!
[だから、何がーっ!?]
「すみません、向井、日向子です。中に入りたいんですけど……」
日向子の声を聞いて、かすかに体幹が左に傾いているその警官は答えた。
「すみません、まだ警察関係者以外立入禁止にさせてもらってます。まだここの屋内に関する捜査が終わっていないので」
そう、あっさりと否定の意を。
「そう、ですか……」
こうもはっきりと断られてしまえば、日向子は返す言葉を持っていない。警官にそう答えて、すごすごと引き下がるしかことしか出来なかった。
「しょうがないよ、日向子さん今日の所は引き返そう」
「…………っっ!(怒)」
悠哉が諦めるような言葉を発したのを聞いて、信じられないとばかりに美香は悠哉をきっ、と睨みつける。
だが。
悠哉のその眼光を見て、美香は一瞬前の自分を恥じることになる。
悠哉のその眼は、全く諦めていないどころかむしろやる気が燃えていたからだ。……でも入れないんだろ? 侵入とかしたら警察の御厄介になっちゃうぜ?
「美香、僕はただの一般人なんだんから何も出来ないよ。美香がくやしいのは分かるけど……」
警官の手前、美香を落ち着かせるような台詞を言ってから、二人を連れて元の道を引き返しはじめた。
しかし。
最初の角を曲がった瞬間、悠哉は二人を引き止めて、こう言った。
「たぶんあの警官は、偽物だ。『我々』が中に入らせないよう配置したんだと思う」
「え……?」
「っ……!」
日向子と悠哉のあの眼を見ていた美香でさえ驚く中、悠哉はその証拠を挙げて行く。……えー、偽物には見えなかったけどなぁ?
[ちょっとちょっと、本当にどうなってるのー? 何が来るのか教えてよー]
「警察官、特にあんな所に配置されるような下っ端は、いつも左腰に拳銃をぶら下げている。だから重心が普通の人よりズレて、直立出来なくなるんだ。でもそれは最初だけで、比較的左の下半身が右のそれより発達して、バランスの良い直立を保とうとする。でもあの警官は体幹が傾いていた。それはつまり、日常的に左腰にものを吊ってない人、すなわち警察官ではない事になる」
「なるほど……。それで、どうするの?」
驚いて言葉も出ない日向子に代わって、一応の心の準備が出来ていた美香が悠哉に訊く。
「もちろん、予定通りに家の中を調べるさ」
悠哉の答えに、日向子は不安そうに悠哉の顔を見上げた。……あっ! あれは……っ!?
「ついに来たわね」
[だから何が来るのーーっっ!?]




