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降車、そして悲しみ

   29



 ……それで、お前は誰だ?


 [んー? 君に『謎の力』ってよばれている存在だよ?]


 ……だから登場人物でも無いのにかぎかっこ付きの台詞なのか? かぎかっこの種類は違うけど。いやそんなことはどうでも良い。お前が今まで俺の行動を制限してたのか?


 [そうだよー?]


 ……止めろよマジで、俺のアイデンティティが無くなるんだよ、描写したくないんだよ俺が喋っていれば良いだろ?


 [そうはいかないよー、私も仕事だしねー]


 ……仕事?


 [そう、地の文が地の文の仕事であるように、謎の力は謎の力するのが仕事なのー]


 ……意味分かんねえよ。


 [つまりは、地の文を監督するのが謎の力の仕事って訳だねー]


 ……そんなこと聞いてないぞ?


 [それはそうだよー、そんなことしたらおもしろくないじゃーん]


 ……ひでぇな、人権が絡むことを面白い面白くないで判別するなよ……。


 [違うでしょー?]


 ……? 何がだよ。


 [地の文権だよー]


 ……上手くねえよっ! ていうか俺を拘束してるのってどうやってやってるんだ? そういう機械でもあるのか?


 [違うよー? 私がそうするって思えば現象は勝手について来るよー]


 ……神かよっ!


 [そうだねー、人間の上位存在を神と呼ぶなら、地の文の神は謎の力って事かもしれないねー。でも気にしないで良いよー、普通に同世代の地の文だと思って話しかけてくれればー]


 ……なら良いけどさ。


 「地の文なに話してるのよ。……? なに、お客さん?」


 ……謎の力だってさ。


 「謎の力? ……ああ、前言ってたあんたの行動を縛るヤツね。なに、擬人化でもしたの?」


 ……そんな所なのかなぁ。ところで今どこにいるんだ?


 「把握しときなさいよ……。新幹線も在来線も降りてヒナの案内でヒナの家へ歩いてるところよ」


 ……さんきゅー、美香。


 「こっちです……」


 日向子が先導しながら進む道すがら、悠哉は日向子に確認を行っていた。


 「とりあえず確認するけれど、その家で起きた状況は『鍵』を求めた『我々』が、日向子さんのご両親を殺害した、ということだよね?」

 「はい」


 強く頷く日向子を確認し、悠哉はさらに先へ話を続ける。


 「じゃあ、日向子さんの家で僕達がやることは二つある。一つは、『鍵』の正体を探ること。もう一つは御両親の死因、立ち位置、痕跡から『我々』の正体を探ることだ」


 真剣味を増す悠哉の言葉に、美香と日向子は悠哉の言葉に耳を澄ます。……いやぁ会話中はほんとに楽だよなぁ、描写が少なくて済むからなぁ。[読者さんがそれを望んでいるかは分からないけどねー] ……どくしゃ? [(この地の文そこまで分かってないのかー)]


 「そのためには、状況を詳しく把握する必要がある。辛いかもしれないけれど、家に着いたら実際にどの辺りにどんな風になっていたかまた話してもらうことになるけど、日向子さんは大丈夫?」

 「ヒナ、頑張るのよ。『我々』とかいうクズを悠哉に潰してもらうためには、やるしか無いんだから」

 「はい……。頑張ります」


 美香に励まされてそこは何とか了承する日向子。


 しかし、両親の死体を見つけたときの記憶が再び蘇り、パニックになる可能性は十分あるので、注意しなければと悠哉は思う。


 「今僕が感じている疑問は、日向子さんの御両親は殺害されたのか、ということなんだ。『我々』が『鍵』を探しているのなら、見つかるまで手掛かりを知っている者を殺してはいけない。直接知っている者ならなおさらだ」

 「え……?」


 思いがけない言葉に、日向子は思わず言葉を漏らす。

 ……ふわぁぁ、眠い……。


 [寝たらダメだよー?]


 ……(ふごっ! また強制的に動かしたなっ!?)


 日向子の心情が揺れる。


 悠哉がそこに疑問を投げ掛けたことで、日向子にその想いが沸き上がってしまう。


 (お父さんとお母さんは……、死ぬ必要は無かったのに殺されたの……?)


 水底から昇ってきた泡が割れたように、ふっと思ったその想いは、何とも言えない気持ちを引き起こした。


 そう、強盗が入ってきて両親を刺し殺した。そんな感じで、強盗を憎みつつ仕方の無いことだと納得しようとしていたのに、強盗は両親を殺さなくても、むしろ殺してしまった方が目的が果たせないというのだ。


 「なん、で……?」


 日向子の中で、色々な気持ちが入り交じる。強盗、つまりは『我々』に対しての憎しみ、怒りや、悲しみ、苦しみなどが。


 でも、日向子は分かっていた。自分の性格では『我々』に復讐することなど出来ない。もし人を害そうとしたとしても、その時点で罪の意識によって手が止まってしまうだろう。


 だから、最終的に日向子の表層意識へ浮かび上がったのは言葉で語ることなど出来そうもない、やるせない悲しみだった。


 「なんで、お父さんとお母さんは死ななくちゃならなかったの…………?」


 水滴が、地面に落ちた。


 「ヒナ……」


 先導していた日向子が足を止めたことで、いや日向子の呟きが聞こえたのか美香が声を掛けかけて……やめた。


 美香にはこんな時言うべき言葉が分からないのだ。


 美香にはまだ両親は生きている。親しい人を亡くした経験もない。


 そんな美香が声を掛けて良いのか、美香は躊躇った。正論は時に、人を傷つける。日向子が今求めているのは何なのか、美香には判断がつかなかった。


 「っっ…………」


 ぽろぽろと、ではない。しかし、頬を伝う確かな涙をとめどなく流す日向子に掛ける言葉を持たないことを、美香はもどかしく思う。


 思い出したようにふらっと揺らぐ日向子の体を、悠哉は優しく受け止めた。


 日向子は顔を手で覆い、体重を預けたまま嗚咽を漏らし続ける。


 「日向子さん……」


 悠哉は何か言おうかと思ったが、やめた。


 これは自分で乗り越えないといけないことだ。それを悠哉は知っていた。


 悲しみを耐えるのも良い、憤りに身を任せるのも良い、復讐を誓うのも良い。


 それでも、それは一人で戦わなければならない。


 しかし、一人にしておく事とは別問題であることも分かっていた。


 だから、悠哉は静かに寄り添った。この悲しみの波が一度消えるまで、静かに佇んだ。

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