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鎮圧の襲撃者

   28



 特森町は、表の専門家(エキスパート)だけが集まっているのではなく、八草組のような裏の業界の専門家(エキスパート)も集まっている。


 彼らは役場の斡旋所を通してではなく、八草組のような全国にパイプラインのある大きな組織に所属する形で、仕事を依頼される。八草組が悠哉の依頼を受けてMK3の出所を探させているのも、そういった下請けというか子飼いの専門家(エキスパート)ということになる。


 そんな(所属は八草組ではない)【列車内強襲】の専門家(エキスパート)の一人、篠宮奪殴(しのみや うばう)は、依頼を受けて準備をしていた。……範囲せっま……。


 今回の目標は、一人の女の殺害(・・)、しかも一般人だ。簡単な、失敗するはずのない依頼。しかしボディーガードや護衛がいる可能性を考えて、考えうる限り最善手を打つというプロ意識を持って行っていた依頼。


 本命の強襲前に万一にも邪魔されない環境を整備し、抵抗もさせずに一瞬で終わらせる予定だった。


 そう、そのはずだったのに。

 車両の自動ドアが開く。


 地均しに向かった三人が地に伏せている状態で、専門家(エキスパート)の計画を真正面から潰しにかかる、専門家(エキスパート)が現れた。


 「【列車内強襲】の専門家(エキスパート)、篠宮だな?」


 悠哉は既に『スイッチ』が入っているようで、いつもとは違う口調で尋ねた。


 同時に、ガシャガシャガシャガシャッッッッ! 、と客車の中にいる六人のうち五人が、座席から立ち上がり悠哉に向けて拳銃を構える。


 よく見れば、その五人の男達はいまさっき悠哉が叩き伏せた三人とは異なる装備を纏っていた。


 (不規則に揺れる新幹線のなかでも、銃口がぶれない。こっちが【列車内強襲】の専門家(エキスパート)の部隊という事か。)


 悠哉は今朝調べた【列車内強襲】の専門家(エキスパート)の情報を思い出す。


 悠哉は今朝、新幹線で日向子の自宅に向かうことを決めてから、調査を行っていた。といっても、巧に頼めばお金はいらないと言われるレベルの簡単な事だ。


 まずは、完全会員制の裏の専門家(エキスパート)斡旋所にアクセスし、新幹線のなかで悠哉達を襲える専門家を捜し、さらに即日受付をしている者に絞る。


 そうすることで、数時間後にあるであろう襲撃者を絞り込もうとしたのだ。


 席から立ち上がり、わざわざ悠哉の正面に立つように通路へ立った篠宮は、活きのいい馬鹿がやって来たとばかりに質問を質問で返す。


 「そちらさんは、【護衛】の専門家(エキスパート)か何かか? 見たこと無いってことは新人かな。悪いことは言わない、ここで依頼を止めて引き下がれ。こっちだって無駄な殺傷をしたい訳じゃあないんだ」

 「残念ながら、僕は依頼人に護衛を頼まれた訳じゃない。あくまで、依頼人の依頼は、『依頼人をこの非日常からいつもの普通へ帰す』ということだ」

 「……? 仕事熱心な事で。とりあえず、名前だけは聞いといてやるよ、冥土の土産に欲しいものはあるか? 渡す時間があるとは思えないがな」


 あくまでも優位に立った口調の篠宮へ、悠哉は冷酷に自分の名を告げる。


 「葛城悠哉。特森町で【探偵】の専門家(エキスパート)を営んでいる者だ」


 反応は迅速だった。


 「……っ!?」


 あれだけ上から目線だった篠原が息を飲む。揺らぐ。驚愕で、恐怖で思考能力が一瞬の間に低下する。あたかも魔王にでも出会ったような反応を、しかし篠宮と【列車内強襲】の専門家(エキスパート)の計六人は、矜恃と共に不完全にでも押し殺す。


 (葛城、悠哉だって……っ!? ふざけんじゃねぇ、化物じゃねぇかっ! 特森町ただ一人の探偵で、なにより八草組にどういう繋がりか知らねぇが、ある程度影響を及ぼせる男……! そして、あの事件の唯一の生き残り……っ!)


 それだけで十分だった。


 驚愕による微かな思考停止と、身体の硬直。


 【列車内強襲】の専門家(エキスパート)の逡巡の隙間を縫い、悠哉は爆発的な速度を以って一歩で5メートルほど踏み込む。


 踏み込み。


 剣道において、一足一刀の間合より相手を打ち込むための高速歩法。


 達人レベルなら一足一刀およそ3メートルの距離を0.1秒未満で移動するそれは、もし【列車内強襲】の専門家(エキスパート)が思考停止していなくとも、反応することなど不可能だっただろう。


 新幹線一車両の長さは、長く見積もっても15メートル程度。


 【列車内強襲】の専門家(エキスパート)はその真ん中に陣取っていたため、悠哉の踏み込みによって残る距離は2メートル程しかない。


 そしてその距離は、すでに拳銃の間合ではない。


 生身の肉体の間合だ。


 拳銃の有効射程は種類にもよるが、おおよそ5メートルから50メートルと言ったところだ。


 ある一定の距離以下では拳銃よりナイフの方が速い、というのは最早アクション映画の世界で常識になっているだろう。


 それには、銃はあくまで一次元的にしか攻撃できないとか、発砲の衝撃を吸収するために腕をある程度伸ばしておく必要があるとかいろいろな理由があるのだが、それをここで説明することに意味は無い。


 そんな一定距離内に、近接戦闘術に優れた悠哉を招き入れてしまった時点で、勝敗はすでに決している。


 ゆえに、起こった現象だけを描写しよう。


 「ッッ!」


 スガガガガガッッッ!


 一瞬の気迫の後、、肉打つ音が暴風のように響いたかと思うと、五人の【列車内強襲】の専門家(エキスパート)は戦闘不能になって強引に地に伏せさせられる。彼らは最後まで何が起きたか分からないに違いない。彼らの目には瞬間移動でもしたようにしか見えなかったはずだ。


 「わ、分かった、手を引こう……」


 その暴威を間近で見せられた篠宮は、あっさりと白旗を上げる。


 【探偵】の専門家(エキスパート)を相手取るには自分では役不足だと感じたのだろう。または支払われた契約金では割に合わないと思ったのか。


 「あっちにいる四人はこっちが引き取るから、次の駅で降りろ」


 【列車内強襲】の専門家(エキスパート)以外にいた四人は、恐らく依頼主から派遣された見届け人兼予備戦力だ。つまりは『我々』と直接繋がっている可能性が高い。


 悠哉は篠原が頷くのを確かめると、スマホを取り出して、八草組に連絡する。


 「あ、鞘介さん? たぶん構成員の一員を捕獲したので回収をして欲しいんですが。……はい。新幹線の中です」


 悠哉はそのまま無防備に背中を晒したまま客車を出て行った。それを後ろから撃つことは、篠宮には不可能だった。……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっっ! やっと喋れるようになった……。このあたりで俺が喋ったところ一つも無いじゃんか……っ! ほんとにふざけんなよ謎の力っ、出てこいやぁぁあああああああっっっっ!


 [よんだー?]


 ……っっ!?



 「悠哉、トイレ長かったわね」

 「葛城さん……、大丈夫、ですか?」

 「もう大丈夫。全部終わった(・・・・)から」

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