移動中 女子の会話は姦しい
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『八時五十五分発東脇行き、間もなく三番ホームに入ります』
「えーと、席は一番後ろの車両みたいですね……」
「席は三席続いてる? それとも二席と一つ?」
「……」
特森町の新幹線ホームに三人は立っていた。
平日の八時など在来線なら通勤ラッシュの暴風がビュンビュン吹いているだろうが、新幹線なら関係ない。新幹線通勤の通勤ラッシュは一時間ほど前の話だ。
という訳でガラガラの新幹線の、続きの三席を取ることに成功した悠哉は、美香と日向子にばれないように、警戒していた。
(美香さんと日向子さんの手前黙っていたけれど、この時間の乗車人数の少ない新幹線の中なら、襲われる可能性は無いとは言えない。例えば、僕達以外の席を全て買い占めて、一車両を完全に密室にするとかすれば目撃者を最低限に抑えて襲撃できる。たぶん『我々』はそれが出来る組織だ。二度の『警告』をくぐり抜けた僕は『我々』に直接的な手に出られる可能性が高い。そして僕が受けた感じだと、『我々』は人を殺すことを何とも思っていない。邪魔だから、障害だから、という理由だけで簡単に手を下せる、そういう人種だ。)
悠哉はこの思考がばれてないか、美香と日向子の方をちらっと確認する。
(でも)
「ヒナ、髪ぼさぼさになってない? ちょっと急いだから心配で……」
「美香……さん、大丈夫ですよ? 確かに美香さん短めだから目立つかもしれないですけど、今はそこまで崩れてないです」
悠哉の思考は美香と日向子の会話をBGMにして、悠哉の思考は続き、そして決断する。
(日向子さんの依頼を達成するためには、何にせよ『我々』の実態をつかまなければいけない。そのためには、命を狙われる程度のリスクは負わないと。)
体が揺れそうなくらいの風圧を伴って、新幹線がホームに入ってきた。
(とりあえず手っ取り早く一人捕獲して実態を掴むっ!)
悠哉は新幹線に乗り込みながら、そう覚悟した。
「ねぇ、美香……さん」
「なに? どうしたの?」
新幹線の中、悠哉が『ちょっとトイレに』と言って車両から出ていって、この車両の中には二人と少しの他の乗客しか見えない状態になって少し経った頃、日向子がそう切り出した。
「美香さんは、葛城さんのことをどう思っているんですか?」
「んー? わたしは悠哉のこ……」
「…………」
「ななっ、なに言ってるのヒナっ! わたしが悠哉と付き合ってるなんて、そそ、そんなことあるわけないじゃないっ!」
「そ、そこまで言ってないですよ?」
あからさまなまでの美香の動揺に、日向子はちょっとした悪戯のつもりが興味までに膨れ上がる。
「それで、葛城さんとは実際どうなんですかっ? 葛城さんは美香さんのそれを知ってるんですかっ?」
食い入るように美香に訊く日向子。一応はこんな事に興味を持てるくらいには心の余裕を持ち直してきたのだろうか。それとも余裕が無いことを無理矢理ごまかそうとしているのか。どちらが正解にせよ、やはり女の子という生き物は、恋バナには目が無いようだった。
「ゆ、悠哉にはまだ言ってないわよ。何て言うか、その……恥ずかしいし……」
「え? ということは、美香さんの好きは友達レベルなんですか?」
「ヒナっ、分かって言ってるでしょっ!?」
美香は顔を赤くして叫ぶ。もうすぐ美香の心の許容範囲を超えちゃいそうだ。
「も、もちろん異性としてよ?」
早口で付け足すように口から出た小声は、しかししっかり日向子に届く。
「葛城さんのどこが好きなんですか?」
興味を隠しきれない、といった様子で訊く日向子に、今度こそ美香の顔が真っ赤に染まった。
美香の中でなにを言おうか考えようとして、恥ずかしいやらなんやらで思考が空回ってしまう。
(わたしが悠哉のどこが好きかなんてもちろん悠哉が好きな所はあるからというか全部好きだけどそれだけじゃ納得してくれないだろうしでもあの出会いを言うのもヒナにはアレだし本当にどうしよういっそ全部って言っちゃうかいやでももっと詳しくって言われたらあぁどうしよう)
……ドガバンッッッッ!
「(……? なんの音よ?)」
……あぁっ! 『TINOBUN』が爆発したぞっ!
……オーバーヒートかっ? まずい、冷却剤が機能してないっ!
……当たり前だ、なんで爆発したと思ってるっ!? 熱暴走で冷却剤が瞬間的に気化したからだ、冷却出来ている訳が無いだろうっ! さっさと電源を切れ馬鹿野郎っ!
……ダメだっ、もう周辺に火が飛んじゃってるっ! 燃えるぞ……っ!
……わしの集大成が……。『TINOBUN』が……っ!
……っ! おい、だれか教授を止めろっ! 火の中に飛び込もうとしてるぞっ!
……まさか、恋愛描写でオーバーヒートを起こすとは……。単語選択プログラムをもっと限定するべきだったか?
……おいそこの奴っ! 考えてないで消火を手伝うか教授を押さえるかしてくれっっ!
……『TINOBUN』っ! わしの『TINOBUN』がっっ! はなせ、離すのじゃっ、わしは『TINOBUN』を助けに行くっ!
……止めてください教授っ! 『TINOBUN』なら作り直せますが、教授の代わりはいないんです、ここは耐えてくださいっ!
……おい、だれが消防に通報しろっ! それまではバケツリレーだ、なんとか食い止めるぞっ! 『TINOBUN』を犠牲には出来ない!
……消防の高圧水流なんて浴びせたら、『TINOBUN』の基幹構造がバラバラにならないかっ!
……大丈夫だ、ハードディスクなら濡れてもなんとか復旧できるっ! 確かメインはSSDだったがバックアップはハードディスクだろうっ? データが吸い出せればこの『TINOBUN』も無駄じゃなくなる、なんとしても消火するんだ、ハードディスクが熱で変形したら微かな磁気も消えちまうからなっ!
……来たぞー、消防だっ!
……よかった、通行人か誰かが先に通報してくれていたかっ! 助かったぞっ!
……離せっ! わしの『TINOBUN』を……っ!
……教授(以下略)
……放水車にホース接続っ! 水圧最大っ! 火の元目視確認、発射せよっ!
……あっ! 教授が逃げ出したぞっ!
……『TINOBUN』っ、今助けるぞっ!
……あっ、教授が水の射線上にっ!
……教授の頭が水を分断しているぞっ!
……放水車の水圧だぞ、教授どんな体をしているんだっ!
……まずいっ、教授のせいで『TINOBUN』に水がかかってないっ!
……でも火の手は右の方に行ってる、なんとかなるんじゃないか?
……ちょっと待て、向こうは第二、第三サブバッテリーがある所じゃないか?
……まさかっ!
……やっぱりそうだ、やばい! バッテリーの電解質が爆発するぞっ!
ドガッパーンッッッッッ!
……『TINOBUN』っっ!
「なにやってんのよっ!?」
……もうダメだ、『TINOBUN』の運用はここで止めるしかない……。
……しょうがない、元々担当だった地の文を叩き起こせっ!
……うわ、なんだよおまえらっ!
……お前がまた気絶したから派遣されたつなぎの地の文だよ、こっちは『TINOBUN』を早くどうにかしたいんだよ、さっさとバトンタッチしてくれっ!
……あ、なに俺また気絶してたのか……。そらスマンな、ありがとさん。って何だよ、いつの間に新幹線の中にっ? てか特森町って新幹線通ってたのか、始めて知ったぜ。
……えーと、それでこれはどういう状況なんだ? ヒナがワクワクした顔で美香を見つめてて、美香はちょっと顔を赤くして俯いてる? どんな羞恥プレイしてたんだ、女の子二人で?
「違うわよっ!」
地の文の言った様子を想像してしまったのか、さらに赤面して振った拳ではなく掌は、恥ずかしさでいつも以上の力が入ってしまい、地の文を気絶させる事も許さず吹き飛ばした。




