朝寝坊と新しい地の文
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……地の文って結構ブラック企業だと俺は思う。
「何の話よ朝っぱらから」
……だってみんなが起きる前から描写準備し始めて、みんなが寝静まっても描写し続けないといけないんだぜ? 昼型人間と夜型人間を順番に描写したら寝る時間すら無いんだぜ? これをブラックと言わずに何をブラックって言うんだよっ!
「ってまだ五時半じゃない、なんでこんな時間に起こすのよ」
……おい無視するなよ美香……俺の苦労を聞いてくれ……。
「嫌よ、まだ三十分は寝れるじゃない。寝不足は乙女の肌の天敵なのよ、知らないの?」
……美香、お前は俺をポンポン殴るけど、俺も俺で大変なんだぜ? 今言ったのだけじゃなくて、人権無視して謎の力が喋らせるし、途中で嫌になっても止められないし、ったく本当良いい加減にして欲しいぜ……
「うっさいわね、寝るって言ってるのが聞こえないのっ? あんたの話も聞かないわよっ!」
……ボガベッッ! 痛ぇ…、あ美香、二度寝すると起きれ……
「黙れって言ってるでしょ?」
……ババゴボッッ!
「はっ!」
美香は目を覚まして飛び起きた。
場所は変わらず美香の部屋。六時前に地の文に叩き起こされた時と違うのはただ一つ、時計が示す時刻だけ。
美香が見ている前で、時計の秒針は58、59、と増えて行き。
ちょうど八時を示したのだった。
「寝過ごしたーーーーーっ!」
美香の絶叫が部屋に反響した。
「早く準備しないと……!」
美香は急いで掛け布団から脱出すると、意外にピンクを基調とした可愛らしいパジャマを脱ぎ捨てようと……して失敗。温かい布団の中との温度差に体を震わせると、先に洋箪笥から服を取り出し布団の中に押し入れる。布団の中に残った熱が着替えを温めている間にお花摘みへ一直線。起床後の欲求を満たすと部屋に戻り、とりあえずマシな位に温まった服を布団の中から出して着替えて、鏡の前でショートの髪を整える。
それから、昨日から三人でご飯を食べるときに使っているダイニングに急いだ。
「美香さ……美香、おそよう」
「うるさいわね……。今は言い返せないけど」
「美香……さん、おはようございます」
「ヒナ、おはー。何時に起きたの?」
「七時頃です……。だから美香……さんも気にしないでください」
そんな話をしている間にも、悠哉はダイニングに繋がっているキッチンで料理を温め直している。今日の献立は白いご飯、卵焼き、味噌汁。卵焼きの味付けは醤油と鳥ガラスープの元。醤油の量をほとほどにするのがポイントだ。
「はい」
「ん、ありがと」
短い応酬の後に食べはじめる美香。それを見て、悠哉は今日の予定を話しはじめた。
「とりあえず、今日は日向子さんの家に行って、日向子さんの親御さんが襲われた時の状況を確認してみよう。もしかしたら証拠が残っているかもしれないし、家に戻ることで日向子さんが『鍵』のことを思い出すかもしれない」
「葛城さん、家にどうやって行くんですか? またあの人達が襲ってくるかもしれないのに……」
不安そうな日向子だが、一応悠哉に解決策を求めている。美香の言葉がよほど劇的に日向子の心情を変えたのだろうか?
「(なーんか調子がおかしいのよね……地の文。いつもは適当に話し掛けてくるのに)」
美香が一度朝食を食べる手を止めて、すこし考えている間に悠哉は日向子に日向子の家に行く方法について説明した。
「日向子さんの住んでいた東脇市はここから新幹線で1時間、在来線で30分ほど行ったところにある。だから普通に電車を使って行こうと思う。公衆の面前で堂々と誘拐なんて出来ないから、逆にタクシーや自家用車で行くよりも安全なはずだからね」
「八草組の人に頼んだ調査はどうするんですか?」
「今日ここに帰ってきてから聞くよ。たぶんその方がより情報の集まった状態で報告を聞けるから、判断できる可能性が高くなるはずだから」
美香は、悠哉が日向子の細々とした質問に答えている、つまり大筋の話しが終わったことを確認して、話し掛けてみた。
「おーい地の文、どうした? 調子でも悪い?」
……単語解析……文脈解析……複合句解析……完了。
「……? 頭おかしくなった?」
……わたしのシステム稼動状況に問題はありません。
「……システム稼動状況? どういう事よ……ていうかあんた何よ……」
……単語解析……文脈解析……複合句解析……完了。
「……また? それいちいちやるの?」
……私は地の文AI、『TINOBUN』です。
「えーあい? なんでそんなもんがここで地の文やってるのよ……」
……単語解析……文脈解析……
「答えはいらないわよっ! どうせ地の文が気絶してあんたが派遣されたって話でしょ?」
……単語解析……文脈解析…
「だから良いってばっ!」
……単語解析…
「……なるほど、反応し終えるまで無限ループで続く訳ね……。会話は終了。描写に戻って……」
……単語解析……文脈解析……複合句解析……完了。
「…………」
……了解しました。
「(なんか面倒なやつが来たわね……)」
「美香さ……美香、さっさと食べて出よう?」
日向子との会話は終わったようで、手を止めたことを不思議に思った悠哉の言葉に、美香は急いで食事を再開させる。
「分かったわ、すぐ食べちゃうから」
そんな美香を脇に、悠哉は『謎の爆発事故多発!? 愉快犯の可能性有りと警察報道』と第一面に報じられた新聞を手に取り、読み始めた。




