夜の会議
23
「……悠哉、遅いわよ」
「あ、葛城さんっ!」
家、というか事務所に戻った悠哉は美香と日向子に迎えられた。高濃度麻酔を吸い込んだ後遺症は分かる範囲では無かったようで、薬ももらって来てはいないらしい。唯一変わっているのは、美香の頬に大きなガーゼがついている事ぐらいだろうか。……うわぁぁああーん美香ぁぁぁあああっ!
「なんだ地の文気持ち悪い」
……めちゃくちゃ詰まらなかったよぉぉおおお、美香がいないと会話が出来なくて窒息しそうなんだよぉぉおおおおっ!
「良いから離れろ、泣いて鼻水出しながら縋り付いてくるなっ、気持ち悪いっ」
……だって悠哉と巧の所、全然喋れなかったんだもん……めちゃくちゃ退屈でやばかったよっぉぉぉぉぉおおおお……!
「幼児退行するなっ、ひっつくなっっ! 殴るわよっ! ……えっ、なんで殴っても離れないのよこの変態っ!」
……うわぁぁぁぁぁぁあああああああああーんっっっ!
「ちょっ、ヒナ、こいつの写真とってっ、あとでわたしに縋り付いてる所をこいつの彼女に送ってやるっ! ってヒナっ?」
……退屈だよ詰まらないよ本当に相手がいないってさみしんだよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
「葛城さん、葛城さんっ」
「日向子さん、なに?」
「ちょっと、悠哉と話しててわたしの声が聞こえてないっ? ああもう気持ち悪い、地の文の彼女さーん、彼氏があなた以外の女にくっついてますよー?」
……ごめんなさいはなれますからやめてくださいほんとにおねがいしますやめてくださいやめてください……
「そう言いながらわたしの服を掴んで懇願して来るなっ!とりあえず離れろっ! 話はまずそれからよっ!」
……(キョロキョロ)、よしあいつはいないみたいだな……。美香、冗談でもそういうこと言うの止めろよな、こっちの心臓バクバクいうだろ?
「あんたが引っ付いてきたからでしょこの変態」
ブゴバッッ!
さっき殴ったところと全く同じ所を殴られて、地の文の体(w)が空を飛んだ。……クソいってぇ……。
「あ、美香さ……美香返ってきた」
「何の話よ」
急に日向子から積極的に話し掛けられるようになった悠哉は、美香が自分の方に向き直ってきたのを見て言う。
「いや、なんかぶつぶつ言って自分の世界に浸ってたからさ」
「葛城さん、葛城さんの好きなものはなんですか?」
「それは……」
日向子のナチュラルな質問に答える悠哉の言葉に、それを聞くべく美香は耳を澄ました。
24
「さて、今日一日の確認をしておこう」
夜。八草組が完全に修復を終えた事務所で、悠哉はホワイトボードを前に呟いた。後ろには椅子やソファーに座った美香と日向子もいる。……ホンとに八草組の人凄かったぜっ!? あっという間にひび割れた外壁が修繕されて、ガラスがはめ込まれていった…! 修復した所は後から周りと違和感が無いように彩色されていったし、ヤクザの技術力すげえ……!
「ほんとどうでも良いところでうるさいわね、地の文。いつあんたに家の修繕風景描写しろって言ったのよ、地の文なんだから過去の回想場面でもないんだから過去の描写するんじゃないわよ」
……えー、べつに良いだろ? これが地の文特有の癖となって厚みが生まれて行くんだからさ。
「なんの厚みよ……」
悠哉はホワイトボードマーカーを手に、二人に向けて話し出した。……おいっ、無理矢理喋らせるなっ! 人権侵害だぞっ!
「今日は僕が立てた計画では、『鍵』の正体を探るつもりだった。でも、『我々』がここを襲撃して来たおかげで、『我々』の手掛かりを得るチャンスが生まれ、その手掛かりを探しに行った。その帰り、それに気付かれた『我々』に誘拐されて、警告を受け殺されそうになった、という所かな」
「ぜんぜん情報が得られていない気がするわね」
美香の厳しい言葉にしかし、美香の言葉を完全に否定する。
「いいや、初日にしてはまあまあの情報が集まった」
「……? ……どういう事ですか?」
美香に悠哉を知り、悠哉を信じろと言われた日向子だが、流石にその言葉は信じられなかったようだ。美香と同じく今日の収穫はほとんど何もなかったと感じているようで、不思議そうに日向子は訊く。……なーに言ってんだ悠哉は。今日分かったのは、『我々』が俺の頭では理解できないって事だけだろう?
「それはあんただけよ」
呆れたように息を吐く美香。……うっ、うっさ……
日向子の疑問に悠哉は優しい声で答えた。……だ、か、ら、無理矢理喋らせるなよっっ!
「今日分かったのは、『我々』という組織の規模がかなり大きいということだ。これは、とても重要な情報になる。『我々』の規模を特定できれば、『我々』が打つ手、打てる手が予想できるようになって来る。それが出来れば、より安全に日向子さんを日常に帰すことが出来るし、手掛かりから組織が何を行ったか推測しやすくなる。この情報が初日に入手出来たのはこれから先大きなアドバンテージになる」
悠哉はホワイトボードの左端に『我々』と書いてそれを丸で囲み、その中に『大きめの組織?』という言葉を加えた。
さらに、真ん中に『向井日向子』と書いて同じように丸で囲むと、『我々』から矢印を引っ張って来て、『鍵を狙っている』と側に書き込む。
最後に右端に『葛城探偵事務所』と書き同じようにして、『向井日向子』から『解決を依頼』という矢印を、『我々』から『排除しようとした』という矢印を書く。この矢印には『MK3・誘拐脅迫』という文字も付け加えた。……なるほど、相関図か……。確かにこれなら俺でも分かるな。
「今回の依頼の最終到達点は、日向子さんを日常に帰すことだ。それを達成する方法はたくさんある。今の所は日向子さんが分からない『鍵』の正体を探ることで、穏便に済ます方向で考えているけれど、別に『我々』と『交渉』して諦めてもらっても良い。どちらをとる場合にも、『我々』の存在を知ることは重要になる。……確かに今日は探偵的な捜査手法を行った訳ではないから、僕の推理はほとんど進んでいない訳なんだけど」
「え……?」
「ん……?」
……へ……?
二人(+俺)が固まった。
「ねぇ悠哉……? もう一回確認するけれど、今日は悠哉の推理が進む手掛かりを得られたのよね……?」
美香が悠哉にそう訊く。その声は日向子にさえ怒りが込められていることが分かるほどで、長い付き合いの悠哉を震え上げらせるほどだった。……ヤベェ、今の美香ハンパねぇ……。矛先が向けられてない俺にでさえビンビン怒りが伝わってくる……。死んだな、悠哉。合掌……。
「いや、違うアプローチの手掛かりを得たというか……、全く成果が無い訳じゃないから……っ!」
悠哉の、避け得ぬ死をなんとかしてさけようと放った言葉も、美香を納得させる事はなかった。
ただ静かに殺意を乗せて、死神は、悠哉の元に訪れる。
「でも悠哉は、わたし達に嘘をついた訳よね? 推理が進んでないのに手掛かりを得たって言ったわよね?」
「だだだから、違うアプローチでは使える手掛かりだから……っ!」
「問答無用よ」
「美香さ、美香止めぶぎゃぁぁぁぁぁあああああっっ!」
や、やばい……。仮にも男の悠哉の体が数メートルは吹っ飛んだぞ、あれ……。
「おい地の文」
……ひゃいっっ!
「だーれが死神だって? まーさーかー、わたしのことじゃ無いわよね?」
……ももも、もちろんです、可憐な家主、美香さんをそんな風に呼ぶわけ無いじゃないですか……。
「じゃあ誰の事だったんだろうね? まさかヒナだとでも言うつもり? ……さっさと吐け」
……ごめんなさいっ! ブギャボギャッッ!




