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悠哉のいぬ間にて

   22



 ……おい、今度は誰視点だよ、悠哉すらいないじゃんか……。


 悠哉が去ってからおよそ30分、座頭巧は悠哉から預かったUSBメモりに入っていたデータを読み終えた。


 そこには、昨日の時点で分かっていた全ての事項、それに対する悠哉の推論が書かれており、読むだけで現在悠哉がおかれた状況が簡単に分かるようになっていた。


 だが、巧はただ30分悠哉のデータを読み漁っていた訳ではない。これでも巧は職業の系統的には悠哉と同じだ。これくらい予想できないとやっていけない。……何の話だよ全然分からねえよっ!


 例えば、そう……。


 「おらぁっ! こちとら指名手配中の強盗ブゴヘッ!」


 強盗が殴り込みに来ることを予想したり、だ。


 ご丁寧に扉から入ってきた強盗は、ちょうど膝下辺りに仕掛けられたピアノ線に足を引っ掛けて転倒、そして顔面強打。……ははっ、マンガみたいだなっ!


 「クソ野郎が……っ!」


 怒った(自称)強盗は、立ち上がろうとするが未だ足がピアノ線の上だ。なかなか立ち上がれずにもがいている。


 「親分、大丈夫ですかっ!?」


 ……親分っ?(笑) いつの時代だよ、今日日そんな言葉聞かないぞ?


 親分(笑)に続いて入ってきた子分(笑)は、親分が何もない空中に足を載せて立ち上がれずにいる様子を見て止まろうとするが、しかし勢いよく入ってきたことが仇になったか、勢い余ってピアノ線に足を引っ掛け親分の上に倒れ込む。


 ……コントかよ。ギャグが多いなぁ、おい謎の力ネタが切れてきたんじゃないのか?


 怨念を込めた視線を巧に向けながら立ち上がる強盗(仮)。しかし、彼等はまだ知らなかったのだ。




 ……本気で【調査】されるということの恐怖を。




 「身長178センチ体重68キロ座高90センチ長さ7.245センチ気性は激しく自己本位型。人並み以上に欲が強く特に所有欲が強い。結婚したとしても相手に逃げられるタイプ」

 「そんなに小さかったのか……」


 急にシュンとしだす親分(笑)。このままではガラでもなく床に「の」の字を書き出しそうな勢いだ。


 「なんで親分が結婚相手に逃げられたことや小さめなことを気にしていることが分かったんだ?」


 ……7センチ……。大きいとはとても言えないな(笑)


 衝撃を受けて軽く戦闘不能(・・)に陥った親分に変わって、子分が巧の方を睨みつける。


 だが内心では顔がひきつり、ダラダラと汗が流れていた。


 自分の全てを見透かされ、全て言い当てられる恐怖。普通に考えて分かるはずのない事まで見破られ、自分の全てを掌握されてしまうような感覚。子分は、目の前に立つ人間が本当に人間かどうかを、心の中で疑ってしまっていた。


 その内心をも見透かしたように、巧は薄く笑みを浮かべる。


 ここは既に(・・・・・)巧の術中だ(・・・・・)


 ピアノ線とは言うが、それが細く強い紐ということ以外を知っている人はどれだけいるだろうか。


 ピアノ線、で辞書を引くと、こういう定義が記されている。


 『もっとも品質の良い高炭素鋼硬線』、と。……こうたんそこうこうせん……言いにくいんだよっ!


 巨大な建物を構成する鉄筋コンクリートの鉄筋に使われる鋼と、なんら変わらない。正確に言えばあの鉄筋も、太いピアノ線の一種なのだ。


 つまり、ピアノ線はおよそ通常考え得る糸の中で、最高級の硬度と強度を持つと言える。


 「という訳で、強盗」

 「ああん?」


 自分達を前にして、怖がらずに毅然として声をかけてくる存在など初めてだったのだろう、怪訝そうな声をあげる。しかしそれは虚勢だ。自分は強盗であるという自意識というか、プライドが、このまま逃げ出すことを許さなかった。……情景描写も嫌いだけど心情描写はもっと嫌だっっ! 面倒臭いし、何で俺が他人の心まで説明しなくちゃならないんだよっ!


 「御退場頂こうか」


 巧のその言葉に、強盗二人はなにもすることが出来なかった。さっき自分が【調査】された時のように、何か恐ろしいことが起きるのではないかと、あの時の恐怖に縛られて、動くことが出来なくなったのだ。


 だが、相手に恐怖を持った程度で恫喝を止めていたら強盗という稼業は成り立たない。恐怖や不安といったネガティブな感情は、それだけ相手に与えるプレッシャーを軟化させる。


 「んだと、親分が帰るのは目的を達成した時だけだっ!」


 子分かっこわらがそういう事にも気付かず、巧は集中する。


 「身長168センチ体重68キロ重心心臓を基点に12コンマ22」


 目を見開いて集中していた巧は、そこで目を元に戻すと、無造作に子分に近づく。


 「なんだぁ、やられに来たのか?」


 そんな様子を見て心の中で安心して罵声を浴びせる子分だが、しかし体がほぼ動かないことに気づく。


 糸。


 いつの間にか、子分の体の周りに、ピアノ線が纏わり付いて、動きを封じていたのだ。


 「なっ!」


 驚く子分だが、その瞬間既に運命は決まっていた。


 目の前に巧が立っていたからだ。

 「せいっ!」


 巧は拳を振るう。それは寸分の狂い無く、子分の重心を打ち抜いた。


 重心は、物理学上で言うところの重力がかかっている質点ととることが出来る。


 つまりは、体重が一番乗っかっている場所。


 故に、重心に撃ち込まれた衝撃は受け流すことが出来ず、そのまま全身へとダメージを伝播させる。


 子分は、耐えることも出来ず白目を剥いて気絶した。


 「ひ、ひぃぃいっ」


 悲鳴を漏らす親分を片隅に捕らえ、巧は静かに呟いた。


 「さて……。お前達から情報は得られるかな?」


 巧の笑顔に、反抗する気をなくした親分は更に情けない声を垂れ流す。


 ……あかん、美香がいないと反応する人がいなくて会話が続かん……っ!


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