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友への依頼

   22



 座頭巧。


 葛城悠哉の友人で同じ中学に通っていたが、悠哉と同時に高校卒業資格試験に受かり、直接大学に通っていた。……はい?


 特森町風に言えば、【調査】の専門家(エキスパート)。調査の中でも、特に興信所がやるような、相手の信用調査、即ち身辺調査を得意とし、『座頭興信所』を営んでいる。


 悠哉に言わせれば探偵としての素質があるらしいが、本人はそれを否定している。互いの互いの職業への勧誘は、もはや二人の中で恒例行事になっている。


 ……ちょっと待てっ! 高校卒業資格試験っ? 大学? どういうことだよ、俺今までそんなこと言った覚えが無いぞ?


 あぁっ、ちょっと待てもうちょっとだけ時間を……


 地の文の動揺は置いておいて、話は続いていく。……くれよ、って無理矢理途中で言わせるなよっ!


 「うるさいわね、聞こえてないと思ってぎゃぁぎゃぁ騒いでんじゃ無いわよ」


 ……だって、謎の力が無理矢理喋らせるんだもん……。


 「子供みたいに言っても駄目よ。……謎の力? 地の文で自分で言ってるんじゃないの?」


 ……基本そうなんだけど、たまに謎の力で無理矢理喋らされることがあるのさ。これがなければサボりまくるのに……。どうせやるならきちんとやらないと気持ち悪くなるだろ? そのやるを無理矢理させる悪魔の力だよ本当。


 「そういうのを防ぐためにある訳ね」


 ……というか今悠哉サイドだろ? 美香なんで来れるの? てか俺の声聞こえてんの?


 「わたしにはあんたの声聞こえてるわよ。まああんたの体は悠哉サイドにあるみたいだから殴れないけど、別に悠哉と合流してから殴れば良いだけだしね。それに来てる訳じゃないわよ? 場面転換で話がまだ始まって無いから、わたしの声があんたに届きやすいだけじゃない…………」


 ……なるほど、美香の声が小さくなった。本編が始まるってことか。


 「……それで? 今日は何の用だったんだ悠哉」

 巧が冗談を止めて口を開いた。


 「うん、ちょっと仕事を頼みたくてね」


 悠哉のその言葉を聞いた瞬間、巧の雰囲気ががらっと変わった。


 ふざけた調子が消え、本気の表情が巧の顔を支配する。


 『スイッチ』。


 悠哉のそれに対して美香が名付けたこれは、別に悠哉に特有のものではない。それは人間なら誰でも持っている、自分が持つ知識と経験と技術を総動員して『本気を出す』という行為に他ならない。


 出す前と、出した後のギャップ差が雰囲気の違いとなって周りににじみ出すほど普段と隔絶した本気、つまりは実力。


 それを依頼を受けるときから発揮する、つまり制御があまり出来ていないのが巧で、必要なときにだけ出せるのが悠哉なのだ。……ねぇねぇ、それ俺にも出来る? 本気を出す瞬間雰囲気が変わるとかめっちゃカッコイイじゃん。


 「それで? どんな仕事だ?」


 気圧されそうな雰囲気を持つ巧の問いに、しかし悠哉はいつもと同じ表情で普通に述べる。


 「これを調べて欲しいんだよ」


 そう言って懐から取り出したのは、


 「なっ! ……悠哉、お前銃刀法って知ってるか?」


 弱装弾が装填された、拳銃だった。


 巧の驚愕した声にしかし、悠哉には冗談を言うことが出来るくらいの余裕があった。


 「正式名称は銃砲刀剣類所持等取締法、1958年制定だね」


 「そういうことを聞いてるんじゃねぇよ……」


 さっきの『スイッチ』はどこへ行ったのか、雰囲気が元に戻った巧は疲れたように言う。探偵ではなく興信所を営む巧には目にする機会が少ないのかもしれない。……拳銃か、それがあれば美香にも勝てるか……? 悠哉が美香と合流する前に美香を倒す手段を持たないと、殺られるからな……。


 「これを調べろって……? お前、久しぶりに仕事が来たからって張り切り過ぎだろ、こんなもん俺に頼んで性能を確かめるもんじゃねぇだろうよ」


 巧の言葉に悠哉は巧が勘違いしていることに気付き、訂正の言葉を口に出す。


 「巧、違うよ? これの出元を洗ってほしいんだよ」


 「はい? っもしかしてこれは……」


 何かに気付いた巧の言葉を先回りして、悠哉は満面の笑みで答えた。


 「うん、今回の敵さんの持ち物だね」

 「……やっぱりか。……他はどこだ?」

 「八草組。別の場所からでた手榴弾を頼んでる」

 巧は『定石通り別の組織にも調査依頼出してんだろ? どこに出したんだ?』という意味の疑問に対し返ってきた組織名に息を吐く。


 (いつのまにそんな所と仲良くなってんだよ……)


 これが悠哉と俺の実力差か、という嫌な考えを頭を振って追い出し、心から思ったことを悠哉に訊いた。


 「日本一のヤクザに依頼してるんなら、俺要らなくね? 正直、ヤクザよりも情報網が広い自信が無いぞ?」


 「まぁまぁ、信頼性がこの仕事は大切だから、僕のためと思ってさ」


 「まぁ構わないが……。悠哉が一人でやった方が良いんじゃねぇのか?」


 不思議そうに悠哉に訊く巧。巧は悠哉の実力を正しく把握していて、ただ依頼を受けただけなら悠哉が自分でやった方が良いと思ったのだ。


 「いや、今回の依頼は依頼人まで守る必要があるからね。調査に意識を裂くよりも、襲われない事に重点を置きたい」

 「あー、そりゃめんどくせぇな……」


 納得した巧は頷いた。


 「そういうことなら心置きなく任されてやるよ。【調査】の専門家(エキスパート)の名に賭けて、手掛かり無しなんて真似はナシだ」

 「あと、向井日向子に関しても、信用調査をお願いしていいかな?」


 悠哉の言葉に、巧は一度息を吐く。悠哉の苦労が何となく分かったのだ。


 「……依頼人か? まぁ分かった。依頼の前提内容が嘘じゃないかの確認だよな?」


 「そゆこと」


 悠哉は簡単に答えるが、それをするまでにはどれほどの事があったのか、と巧は思う。


 依頼人を一度疑わずにはいられないほどの経験。これは、これまでの『葛城探偵事務所』の進んできた道の険しさを示しているのだと巧は思う。……やばい、口を挟む余裕がない……このままだと窒息しちゃう……。


 「オーケー、そっちもやっとくよ」


 「どれくらいで出来る?」


 その悠哉の問いに、巧は驚異的な答えを返す。

 「明日の今くらいまでにはやっておくよ」


 ……はい? 八草組でさえMK3の流通調査に一日かかるって言ったのに、その上信用調査までやって一日? おかしいだろっ!


 「ごめん、仕事に割り込みさせて……」

 「良いって良いって、楽勝だ(・・・)


 悠哉は昨日の内にまとめておいたデータが入ったUSBメモりを巧に渡す。


 「じゃあよろしく」

 「おうよ」


 笑顔の巧に見送られて、悠哉は『座頭興信所』を出る。

 ……こんな話美香達に聞かせられないな……。

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