潜入、そして捜索
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「すみません、こちらテレビ特森の田中と申します。こちらで企画している番組に、Tamazon特森町配送センターを利用させて頂きたいと思いまして、その許可と事前取材をさせていただきに来たのですが、所長さんはございますでしょうか」
まず、悠哉はそう言って受付をクリアした。アポイント云々の話には、「こちらは極力そういったものも、訪れて取る方針ですので」との言葉でクリア。
丁度時間があったらしく、悠哉達はすぐに所長室に通された。
数分後。
「許可しましょう、Tamazonの宣伝にもつながる話ですから」
「ありがとうございます」
悠哉は交渉で許可を得ることが出来た。
……美香の時は上手く行かなかったのに。やーい、まぐれなんだろー。
「ではセンター内を案内しましょう。どこを撮る予定ですか?」
「今日は事前調査的な意味合いが強いですから、撮って良いところを全て回りたいです。どこを使うかは、帰って資料を見ながらこちらで決めますので。……あ、もちろん事前資料は送りますよ」
談笑する二人を後ろから見ながら、マスクをした美香と日向子はついていった。
「(葛城さん、凄いですね……。嘘なのにほとんど矛盾が無い……)」
「(ヒナ、悠哉はやるときはやるのよ。『スイッチ』はそれの最上級みたいな感じよ。)」
所長に気付かれないように小声で話しながら、二人はこの後やるはずの事を思い出していた。
◆ ◆
「とりあえず今は9時半。まだ一時間半しか経っていないけれど、まだ『我々』の関係者が残っている半々だと思う。ここの夜勤は6時までだから、朝勤だったらまだここにいる可能性は高い……はず」
「それでどうやってあぶり出すのよ?」
という美香の質問に、悠哉は少し考えてから答えた。
「……監視カメラ室をジャックしよう」
悠哉が立てた計画はこうだ。
「朝勤の場合、仕込みをするのと仕事をするのは同じ時間になる。ということは、見られるとまずいものはまだ隠せていない、はず。例えば、パッケージングに失敗した場合の予備のMK3と起爆装置のセットとか」
という予測に基づいて、センター内で一時センター外に避難する騒動――火事等を起こす。その避難の様子を監視カメラで観察して、怪しい動きをした者を特定する、という訳だ。……クソッ! 俺をこんな事に使いやがって……っ! 俺は気ままにしゃべりたいだけで、描写なんかしたくないんだよ!
◆ ◆
「ここがカメラ管理室です。なるほど、『Tamazonの即日配送を陰で支える配送センターの実態』ですか、素晴らしい企画ですなぁ」
そう言いながら所長が開けたのは、目的地の監視カメラ映像を確認する部屋だ。あまり広くない部屋の壁一杯に、大量のモニターがくっついていた。反射光でモニターが見えなくなることを防ぐためか、照明がほとんどない薄暗い部屋には二人の監視員が椅子に座っていて、所長に軽く会釈をすると仕事に目線をモニターに戻して行く。
「ええ、こちらとしても、このネット通販時代にこういった場所に焦点を向けるべきだと考えていますので……」
そう言いながら悠哉は後ろ手に、美香と日向子へハンドサインを送る。立てる指は親指以外の4本。
「(4本……ヒナっ!)」
「(はっ、はいっ!)」
美香と日向子はウェストポーチから、液体の入ったかなり大きい茶色のガラス瓶を取り出すと、その蓋を開けて周りにばらまく。
ガラス瓶に入っていた無色の液体は、重力に引かれて下に落ち、地面に当たる前に消え去った。
いや、蒸発したのだ。……えー、そんな簡単に気化するの?
二人はそれぞれ二本ずつ、二人で四本の液体を部屋に撒くと、役目は終わったとマスクがきちんと鼻までかかっているかを確認する。
ガラス瓶に入っていたのは、ハロタン。
揮発性無色無臭甘味の、吸入麻酔薬だ。
悠哉達三人は、既にハロタンを通さないフィルターを付けた超立体マスクを付けているため、ハロタンが効果を現すほどには吸い込むことはない。
「凄いですね、配送センターでもこれだけの監視システムを構築しているんですか」
そして、悠哉は監視カメラシステムに興味を示したふりをして、この部屋に留め続けた。
しかし、ハロタンにこれだけで人を気絶させる効果はない。クロロフォルムの2倍、ジエチルエーテルの4倍と言われる麻酔効果を持つハロタンだが、実際医療の現場でも他の麻酔を混合した高濃度気体を使って麻酔をしている。こんな低濃度ハロタンでは、人が気絶する事は絶対にない。せいぜい意識が朦朧として、記憶力、注意力が散漫になるだけだ。
だから悠哉はそれを後押しするように首を腕で挟んで締め、三人を気絶させてカメラ監視室を制圧した。
最後に、本来はカメラで不審者等を見つけた時用の機材なのであろう館内放送設備を使って、悠哉はセンター内職員に避難を呼び掛ける。
「火事が発生しました。センター内の職員は、避難経路1を使って避難してください。繰り返します……」
三人は壁一杯に貼付けられたモニターに目を凝らした。
結果は……?