ヘレナ・ダイスラー
お待たせしました。62話です。
10月31日追記:活動報告にも告知したとおりPC不調のため執筆活動が滞っております。皆様にはご迷惑をおかけしますがよろしければ待っていてくださると嬉しいです‼m(__)m
「……お聞きしたいのですが、スレイ君は、今のあなたはどうしたいんですか?今の現状から逃げ出したい、その一心なんですか?」
いつまでも続くかと思った静寂は少女の言葉によって破られた。
「そう、だな。俺は安全な場所で戦いとは無縁の場所で過ごしたい、ってのが本音だと思う」
……びっくりするぐらい腰抜けなセリフが出てしまった。でも、それが偽らざる俺の本心だ。日本で安全安心に暮らしたい。それが叶わないならこの世界で一番安全な場所で一番安全な職業を探すだけだ。
だが、少女は俺の弱気な言葉を聞くと何を言うでもなく、目を閉じてよく吟味するように考え込んだ。やがてその目はゆっくりと開かれた。
「……その、これはあなたを馬鹿にしているとかではなく、素朴な疑問なのですが、それはこの塀の向こうにあるのでしょうか?」
「え?そりゃ、王都や外国で戦闘職以外の職に就くなりなんなりいろいろとあると思うんだけど」
俺の言葉に少女は方眉を上げた後、得心がいったように無言でこくこくと頷いた。
「……えっと、あなたは数日前から記憶喪失になっているとおっしゃってましたね?それは今のこの国を、この世界の情勢をあまり知らないという認識でよろしいみたいですね?」
「……ああ、今の俺はほとんど喋って動ける赤ん坊と変わらないよ」
「……では、整備されてない街道などから魔獣が出てくることをご存知ですか?今のご時世で商売を営む人は自ら資本を求めて街や領土を出ることも少なくありません。……当然、不意の魔物との遭遇で戦闘を行うこともあります」
「……」
「これは他国でも同じことです。……ましてや国をまたぐとなるとその間に魔獣と遭遇することもありますし、各国が張っている結界も当然その国から離れるほど効果が落ちます。……つまり危険な魔物と遭遇戦、ということもあるわけです」
「…………」
「……そして結界内で、町中で引きこもっていたとしても結界が破られて国が滅ぼされたことも一度や二度ではありません。……このゼルヴィアス王国も建国後に一度だけ危うい時があったらしいですよ」
「………………っ」
そこまで言われて俺は彼女が言わんとすることがよくわかった。理解させられた。
ああ、そうか。この世界ではどこに行っても個人個人に自衛が手段を持たなければならないのだ。持っていない奴が真っ先に死ぬのだ、と。だから、俺の求める平穏はこの世界にはどうやらないらしい。
「……そうか。どこに逃げても、一緒なのか」
「……私たち学生や最前線で戦っている先人たちは、そんな魔物との戦いに一日でも早く終止符を打つために生きています。誰もがどこにいても安心して暮らせる世界を目指して。……その、偉そうなことを言ってますが大体はキャッシー様や他の方からの受け売りです。でも、私もそのみんなの夢に、少しでも貢献できればいいな、とは思っています」
そう口にする感情の乏しい印象にあった少女は表情を崩して微笑む。それはぎこちないものだったが、それ故かそれが俺をなんとか励まそうとするものだということが理解できた。
「……それに、あなたは先ほど自分が孤独だと仰ってましたね。それは今も変わりませんか?」
「そう、だな。こうして君と喋っているけど、俺はこの世界で一人ぼっちだと感じることは、変わらないかな」
「それはもし、今喋っている私が今日まであなたと親しくしてきた人たちの誰かだとしても変わりませんか?」
言われたとおりにここまで相談に乗ってくれた彼女を心の中でネーシャやフィーネ、ニアに置き換えてみる。しかしやはり心は空寒いままだった。
「……」
「…………そうですか」
無言となった俺を見て彼女は察したように目を伏せた。だがその目はすぐに開かれた。その瞳には静かながらも強い意志を感じる。
「……少し乱暴な言い方になりますが、それはあなたが心のどこかでその人たちと距離を置こうとしているからだと思います。ちゃんとその人たちと向き合っていないんじゃないですか?……私もそう指摘されたっことがあるので、そんな風に感じました」
冷や水を浴びせられた気分だった。思えば俺は『スレイ』という物語の主人公としての視点を俯瞰しすぎて、彼を取り巻く登場人物たちをどこか遠い世界の住人だと思っていたのかもしれない。
常日頃からあれだけ温かみをもらいながら、俺は彼ら彼女らの行動が『スレイ』という人物に向けられた他人事であると感じていたのかもしれない。
それは確かに、事実として彼ら彼女らは俺とは別世界の住人だ。だが、本当にそのすべての行動は俺に向いていなかったのだろうか?すべて『スレイ』に向けてのことだっただろうか?
……多分、それは違う。理由はないけど、その向けられた感情をすべて否定することは俺にはできない。何故かしたくない。それでは本当に孤独だということが確定してしまうから?
ああ、そうか。心細かったのは確かだ。逃げたかったのも確かだ。けど、きっと俺はこうして自分の中の鬱憤を吐き出せる誰かが欲しかったのだ。話を聞いてくれる、どこまでも希薄な自分の存在をこの世界で認識してくれる誰かが欲しかったのだ。
「なぁ。君には俺がどんな風に見える?俺は君から見て『スレイ・ベルフォード』なのかな?」
「……その、失礼なことを申し上げるかもしれませんが、噂で知っているスレイ・ベルフォードさんは容姿が優れていて常識外れに強い心を持っているけど女性には存外弱い方、と私は聞き及んでいたのですが、……正直今でもあなたがスレイ・ベルフォードさんなのか確信が持てません。……容姿は優れていると思いますが、その、他の面については疑問がですね……?」
少女が言いづらそうにそんなことをごにょごにょと言う。
「ぷっ………ははははは!だよなぁ!?どう見ても俺は『スレイ』じゃないよなぁ!?あっははははははは!何悩んでたんだ俺ぇ!?」
俺はアホみたいに笑いだす。少女は俺のそんな態度に驚いて目を見開いて身をすくめているが、構わず俺は笑い続ける。そりゃそうだ。俺はテンプレ主人公じゃないんだ。スレイの身体は借りてるけど俺は俺じゃないか。テンプレにわかオタクの鈴木康太郎だ。
視界が開けるような思いだ。体に重責していたものが一気に軽くなったかのようだ。そうとも。大多数の人間が俺に『スレイ』を求めたとしても俺は変わらず俺だ。そんな俺を俺として認識してくれる人はいる。少なくとも目の前にいる彼女はそうだ。
逃げても魔物の脅威は変わらないし、生きてれば痛い思いもする。そんで俺はスレイだけど鈴木康太郎だ。まぎれもなく俺は今この世界の登場人物ではあるのだから周囲の人々との交流に壁を感じる必要はない。作る必要もない。
簡単な話だ。これからもっとこの世界を楽しめばいいだけだ。
「ありがとう。話ができてよかったよ。痛い思いはごめんだけど、そういう風にしか生きる選択肢がないなら仕方がないや。もうしばらくは頑張ってみるよ」
「……そうですか。元気になったみたいなので、ほっとしました」
俺の言葉に本当にほっとした表情になる少女。それはまるで天使のような表情。メガネもかけているので俺的には天使より天使である。
やべぇ。今まで自分のことばっかり考えてたけど、俺ってばこんな美少女と話してたのか!?心が病んでいた時にはフィルターでもかかっていたのか!?好みすぎて身体が震えそうなんだですが!
「……えっと、お力になれたかはちょっと不安です。私の言葉は全部誰かからの受け売りですので、その……自信はないです」
「人間突き詰めればこうして言葉を話すことだって誰かからの受け売りじゃん?だからそんな気に病む必要はないよ。現にその受け売りでここに一人救われた男がいるぜ?」
「……いつの間にか励ましている側と励まされている側が逆転していませんか?」
「ははは、そういうこともあるってことよ」
「……なんでしょう、負けた気分になります」
拗ねたような表情になってそっぽを向くメガネ美少女。なんやこの天使。鈴木康太郎のメガネ女学生部門最萌対象に楽勝でノミネートしてるんですが。いかんいかん。自重せねば!
具体的にはいますぐ抱きしめて思いつく限りの愛の詩をとつとつと語らってやりたい衝動に駆られるが、立ち直った瞬間にその恩人にむけてとる態度としてそれは正しいのか?それは否である。だから自重だ。ジチョー。
大体そんなことしてみろ。あのマスケットで何されるかわからんですよ?というか今更なんだけどマスケットでゴム弾って撃てるの?
「……すっかり遅くなってしまいました。今日はもう帰りますね。……あなたももう寮へ帰った方がいいですよ。……もう逃げないでくださいね?」
語尾に少しだけ茶目っ気を含ませてメガネ美少女はそう言うと踵を返して去ろうとする。
「待ってくれ!そういや君の名前を聞いてなかった!」
俺がそう呼び止めると彼女は足を止めて振り向いてくれた。
「……ヘレナ・ダイスラーです。おやすみなさい」
そう言うと彼女は今度こそ振り返らずに去っていった。
これが俺とメガネが超絶似合うマスケット美少女、ヘレナダイスラーとの出会いであった。
これが俺とヘレナ・ダイスラーとの忘れがたい出会いであった。
難産でしたw遅刻投稿で申し訳ないです。m(__)m
一応ここで一区切りです。ここまでを一章にするかもしれません。……書きたいこと書いてたら一回も魔物と戦わずに終わってしまいましたw
二章は割と魔物と戦う予定です。よろしければこのままお付き合いください♪
あと、ブックマーク登録件数が一件増えました!またしても、圧倒的感謝っ……!
次話は明日10月30日の0時を予定しております。