マスケットなメガネヒロインとの邂逅
60話です。
せっかく逃走経路の近くまで来たというのに呆けてしまっていたせいで人に見つかってしまった。日を改めるか?でも明日、いつものスレイとしてみんなの前で振る舞える自信がない。
「……あの、すみません。……こちらを向いてはいただけないでしょうか?」
問いかけたのにもかかわらず、俺が返事をしないので声の主がもう一度俺に声をかけてくる。性別までそうなのかは俺には判断つかないが、それは女性の声だった。
だったら、逃げられるだろうか?ここは無理やりにでも押し通って逃げてしまえばいいのではないだろうか?それがいい。
楽になれる方へ向かいたいという切望は、俺に安易な決断をさせた。
俺は振り向かずに、魔力循環をかけて逃走を図る。初めての実演であるにも関わらず、魔術は俺の身体能力を向上させて普段の倍くらいの速さで足を動かしてくれる。
だがしかし、タターンッと軽く、短い連続音が耳に入ったかと思うと、俺の両足に激痛が走り、耐えられずに俺はその場に倒れ伏した。
「痛ァッ!?」
足元を見てみると何か丸くて小さいものがある。手に取ってみると独特の弾力があった。ゴムの塊、か?
「……その、逃げなくてもいいじゃないですか?」
困惑が織り交ざった静かな声に、俺は初めてその主の方を見た。足元から視線を上げていくとゼルヴィアス学園の女子用制服のスカートが見受けられた。やはり女性だったようだ。
続けて視線を上げるとその両手がきらびやかな装飾をされた何か棒状の、いや、筒状のものを抱えていた。俺の知識がただしければあれはマスケット銃という火器の類だったはずだ。
……うそん。俺ってあれに撃たれたの?いや、でも弾は状況的にゴムだったし、めっちゃ痛かったけど足には穴空いてないし大丈夫だ、と思いたい。
今まで木剣などの近接武器しか目にしてこなかったがためにマスケット銃の存在はやたらと威圧感を放っているような気がして、なかなか目が離せなかった。
不安定な精神と両足に残る痛みで意識が朦朧とする思いとなった。っていうかまた痛い思いかよ。そういえば敵前逃亡は死罪だとか聞いたことはあるが、軍学校から逃亡ってなるとどうなんだろう?これからもっと痛い折檻が待っているんだろうか?
あるいは見せしめに死を与えられるのだろうか?身震いをする思いではあるが、同時にこの現状から解放されるならいっそ死を受け入れるのも悪い手ではないかもしれないという刹那的な気持ちも湧いてきた。もうどうでもいいか、と自棄になった気分だ。
「……あの、大丈夫ですか?……そんなに痛かったですか?」
視界がどろどろに歪んでいるのを感じる。ああ、どうやら俺は泣いているらしい。これは撃たれた足の痛みだろうか。これまで鬱積していた感情の決壊か。これからの自分の未来を悲観してか。はたまた別の何かが原因か。あるいは全てか。
いずれにせよもう、俺はこれまでのようには振る舞えないだろう。今日、自分の孤独を、心の弱さをまざまざと自覚してしまい、どうにも明日をこの学園で迎える気力がなくなってしまった。途切れてしまった。だから逃げてきたのだがそれも終わりらしい。
「……ひどいお顔をなさってますよ?……何かあったのですか?……聞こえてますか?」
本当に短い逃亡劇だった。というか思い付きで行動するとろくなことにならないというお手本のような顛末だ。いい教訓になるかもしれない。これから先の人生があるのならばだが。
筆舌に尽くしがたい虚無感と望郷心が俺の心に満ちる。帰ってアニメが見たい。ゲームがしたい。サブカル作品に転移する妄想は人並みにやったがいざ実際に体験してみればこんなもんだ。これまで順応していったテンプレ主人公たちは大したもんだぜ。
「……あの!!」
不意に鬱屈とした精神状態でうずくまっていた俺にひと際大きな声がかけられた。ああ、そうだ。そういえばこの場には俺以外にもう一人登場人物がいたんだったか。
深淵のような思考の海に浸かっていた俺は、足の痛みも引いてきたことも手伝って、ようやく声の主の全身をフォーカスすべく涙をぬぐって顔を上げることにした。
そこには困惑の色が濃い表情の、テンプレ通りの美少女がいた。顔立ちは言わずもがな整っており、赤るい茶色の髪色に髪型はショートボブ。左右は編み込みおさげにしており、チャームポイントとなっている。
そして、メガネをかけていた。
「ぐっは!?」
不意に直視してしまった有終の美に両目を焼かれたかのような錯覚を覚えた俺は後ろに大きくのけぞった。
「えっ!?……ど、どうしましたか?」
どんな精神状態でもストライクゾーンど真ん中のメガネ異性を認識すると過剰反応してしまうのがメガネ使いのサガである。一時的にやさぐれた精神が回復する。
謎のメガネ美少女はさらに困惑顔を強める。やがて誤射の可能性に気づいたのか弾かれたようにマスケット銃の点検を始める。しかし当然ながら不備は見つからない。当然だ。マスケットの弾丸ではなく、彼女の魅力という弾丸に撃ち抜かれたのだから。
「いや、その……ごめん。君が、あんまりにも魅力的で驚いてしまっただけなんだ」
「……魅力的?……私が?」
さらに困惑顔を強める彼女に俺はそれ以上の言葉が紡げなくなってしまった。彼女も口数はそれほど多くないようで、周囲は静寂に包まれた。ただただ、夜風がそよぐばかりである。
……というかなんで口説きにかかるようなセリフを吐いてるんだ俺は?この期に及んでまだ主人公を気取ってるつもりか?そういうのはさっきかなぐり捨てたつもりでここまで逃げてきたんじゃなかったのか?
「……その、足は大丈夫なのでしょうか?……撃ち込んだ私が言うのもなんですが、その、とても辛そうなお顔をしていましたので」
沈黙に耐えられなくなったのは少女の方だった。非常に申し訳なさそうな顔をしていてやさぐれた精神がさらに軋むのを感じる。
「い、いや。もうなんともないよ。というかどうして攻撃を?怪しそうな動きをしたのは自分でも認めるけど」
「……私は生徒会執行部の一員でして。……夜に学園の敷地外へ出る生徒、及び不審者への注意、それが叶わなければ実力行使をもってそれを止めることを仰せつかっておりますので、その職務を全うすべく行動したにすぎません」
「ああ、納得がいったよ」
夜間も学生が警邏まがいの仕事をしてるのか。いよいよこの世界での人員不足感が浮き彫りになってきたな。やはり隙を見て逃げるべきか。
「……えっと、もう足はもう大丈夫なのですよね?」
さっきそう答えたと思ったのだが、彼女は納得いかないという表情をしている。
「ああ、もう痛くないから。君が気に病むようなことはないよ」
「……いえ、でしたら、……どうして、まだそんな辛そうなお顔をなされているんですか?」
「え……?」
ああ、ようやく合点がいった。表情に出てるのか。今の俺の弱い心がそのまま。一刻も早く逃げ出したいというあさましい思いが。だから彼女はずっと困惑顔なのだ。
「……その、私は、あまり喋るのは得意ではありませんが……お話を聞くくらいはできると思います。……その、アドバイスまではできないかもしれませんが、話して楽になることもあると、キャッシー様も仰っておりましたので。……一体、何があったんですか?」
見ず知らずの女子に、しかも自分でも自覚するほど会話に自身のない女子にここまで気を使われるほどに俺は傍から見て弱って見えるのだろうか?実際今、俺は人生で一番弱っていることを自覚しているが。
そう、自覚しているにもかかわらず、俺の口は胸のうちの不安を吐露し始めた。
風邪気味なのが原因か思ったように筆が進まない……。
皆さんも気を付けてね!
次話は10月25日0時投稿予定だけど体調如何では見送らせていただきます。m(__)m